095:影踊り
井桁に組んだたきぎが広場の真ん中で炎をあげていた。子供も大人も男も女も、たき火のまわりを延々と果てしなく踊りまわっている。すでにとっぷりと日は落ち、スピーカーから流れ出た祭りばやしは黒い山々に跳ね返って幾重にも響き合いながら闇の中に溶けてゆく。
少年は曲の切れ目を狙って踊りの輪から抜け出すと、広場を囲む土手の根元にすわりこんだ。汗だくになった体が夜の風に冷まされる。ズボンのポケットからすっかりぬるくなった缶ジュースを出して一気飲みし、空になった缶を手持ちぶさたにもてあそんでいると、隣に誰かが腰をおろした。
「よう、ひさしぶり」
「叔父さんじゃないか。来てたんだ」
「ついさっきな。おっと、ひっぱるんじゃない」
男は急に体をのめらせ、足元の地面をげんこつでゴツンゴツンとたたいて姿勢を立て直した。少年は苦笑いする。
「今年の人出はすごいよ。そういえば叔父さんも、こっちに帰ってくるの何年ぶりだっけ」
「五年ぶりぐらいだ。金も暇もないからなあ。でも今年はさすがに休暇もぎとってきたけどな」
「うん。今年で最後だもんね。みんななんとか都合つけて集まって……おい、もうちょっと休ませろって」
少年はいきなり前に二三歩たたらを踏み、足元の地面に空き缶をたたきつけて踏みとどまった。男の横に戻ってきてあらためて腰を下ろし、ぼやく。
「人だけじゃなくて、連中もすごい数あつまってきてる。あいつらも知ってるのかな、来年の今ごろにはここはダムの底だって」
「どうだろうな。あいつらが何かんがえてるかなんてわからん」
二人はすこしのあいだ口を閉じて、踊りのありさまを眺めた。いま焚き火のまわりで踊っている人間の数だけで、この村のいつもの人口と同じぐらいはある。そしてその足元には人間の三倍か四倍ぐらいの数の影がおり、人間以上に激しく踊り狂っていた。それが目の錯覚でも光の具合のせいでもないことを、この村の者はみな知っている。
「あいつらって結局何なのかな。ほかの土地にはいないんだろ、ああいうの」
「さあな。日本中くまなくさがせば案外いるかもしれんぜ。海外にもいるかもな」
「ここが湖になったら、あいつらもどっかよそに引っ越すのかな」
「だから、あいつらが何かんがえてるかなんてわからないってばよ」
そんな話をしながら見ているうちに、踊っていた人々のうちひとりがにわかによろけ、ばたりと地面に倒れた。少年が腰を浮かす。
「あ、前の自治会長さんだ」
「ああ、あの爺さんか。もうずいぶんな歳じゃないのか」
「八十過ぎてるよ。健康が服を着てるみたいな人だけど、さすがに今日はきつかったか」
後ろの建物から腕章をつけた人々が飛び出してきた。倒れた老人の脈を取り、息をたしかめ、てきぱきと担架に乗せて運び去る。あとには老人の足元で踊り狂っていた影が三つばかり地面に取り残されて、所在なげにうろうろしていた。
「ははは、あいつら、はぐれちまってる」
少年と男はそれを指さして笑ったが、右往左往していた影が二人に気づいてこちらに向かってくるので、あわてて立ち上がった。
「やべえ、こっちきた」
逃げる間もあらばこそ、三つの影は少年に一つ、男に二つ取りついて、それぞれの足元にもぐりこんだ。すでにくっついていたいくつかの影といっしょになって二人をぐいぐい踊りの輪へと押しやる。二人はあらがえず、しぶしぶ焚き火のほうへ向かった。
「しょうがない、休憩は終わりだ」
「やれやれ、五年ぶりか。ちゃんと踊れるかな」
夜はまだはじまったばかり。
今回イメージした曲は、『ラグナロクバトルオフライン』(フランスパン/春風亭工房、2004年)から、
「エキゾチック AMATSU」(来兎作曲)です。




