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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
89/100

089:水の巨人

 夜、突如として湖の水が盛り上がった。はてしなく高く伸び上がり、ついには天を突くような巨人の姿を取る。水でできた巨人である。岸に足を踏み出した。一歩。また一歩。

 湖のほとりには大きな町があった。町の中には宮殿があり、宮殿の一角には高い塔があって、そのいただきで王が水の巨人の一挙一動をけわしい顔で見据えていた。巨人がすっかり陸に上がると、湖の水はもとの半分ほどの量になっていた。王はうなった。

 「ついにこのときが来てしまったか」

 「陛下、ご命令を。全軍すでにあやつの進路に布陣しております」

 「うむ。水源が半分なくなってしまっては、わが国の産業は大打撃をこうむる。なんとしてもあれを湖に戻すのだ。総力をもって当たれ」

 大臣の求めに応じて、王は命令した。ラッパが高々と吹き鳴らされて、攻撃の開始を告げた。

 水の巨人は町はずれの青々とした野原を歩いていた。二本の腕と二本の足を持ち、体の色と大きさを別にすれば人間と同じといってよい姿だが、ただひとつ長い長い尾を引いているところが違った。尾もまた水でできており、その先はといえば、地面をうねうねと這った末にはるか行く手の山脈にまで伸びていた。湖に流れ込んでいた二つの川のうちの一つ。それがこの尾の正体である。

 水の巨人がめざす土地は山脈の向こうにあった。その道行きを阻まんとするのは、数千名の兵士。堀をつくり逆茂木を据え、百門もの大砲を構えて待ち受けている。ラッパの音が聞こえた瞬間、百門の大砲は百発の弾を撃ち出した。相手は湖の水の半分とあって、外しようのない大きさ。脛に、腿に、つぎつぎ着弾して水しぶきを上げた。

 「いけるか?」

 塔の上で王が望遠鏡をのぞいてつぶやく。だが水の巨人は少しよろめきはしたものの、すぐにまた変わらぬ足どりで前進した。大臣が言う。

 「体が水ですから砲弾がたやすく貫通してしまい、かえって痛手を与えられないのですな」

 「やはりだめか。人の力をもって水を制することはかなわぬのか」

 「いえ、第一陣は小手調べでございます。第二陣こそ本命です」

 水の巨人はさしたる痛痒をも感じることなく布陣している砲兵の群れを突っ切った。体の中を泳いでいた魚や虫が着弾の衝撃で少なからず傷ついたり死んだりしたが、それも巨人が足を止めるほどのことではない。逃げ惑う兵士たちを追うような無駄なまねはせず、ただその場所を通り抜けた。やがて行く手に見えてくるのは新たな軍勢。

 塔からの眺めでは、水の巨人の足元はそろそろ地平線の下に隠れつつあった。その地平線が突然赤く光り出した。

 「第二陣が攻撃を開始しましたぞ」

 「新式の焼夷砲を備えた部隊だな。うまくいくかどうか……む、やつめ、もだえておる」

 水の巨人の膝ほどの高さまで火がまとわりついているのである。ねばりつくように加工した油脂が体の表面で燃え続け、巨人はその熱にあぶられて苦悶しているのであった。

 「よし、いけるぞ。攻撃の手をゆるめるな。あれを湖に追い返せ」

 王は望遠鏡ごしにおのれの軍に発破をかけた。ところがどうしたことであろう、しばらくすると炎はしだいに勢いを弱め、水の巨人はふたたび前進をはじめてしまった。王は胸壁をたたいてどなった。

 「なにをしている。ここで攻撃をやめるなど、将兵どもは気でも違ったのか」

 「いえ、ごらんください。信号弾が上がりました。あの信号は『敵襲アリ至急来援ヲ請ウ』です」

 「敵だと? さては隣国の兵が入り込んでいたか。国境警備の兵どもは何をしておったのだ」

 夜空にいくつか浮かぶ色とりどりの信号弾の光を見やって、王はうめいた。山脈の向こうの国の者たちがひそかに国境を越えて侵入し、戦場の近くにひそんでいて、この時いっせいに襲いかかったのだ。もとよりさほどの数ではあるまいし、近くで待機していた騎兵や歩兵の部隊が駆けつければ、ほどなく掃滅できるはずである。だがそのあいだに水の巨人は第二陣を突破してしまい、おそらくもう止める手立てはない。

 「山脈地帯に軍を動かして、もう一度あれを攻撃できぬか」

 「間に合いますまい。かりに間に合ったとしても、湖まで押し返すことは至難です」

 王は怒りにまかせて胸壁を蹴りつける。

 「むざむざ水源を隣国に奪われてしまうのか。そして余は、水の巨人が去るのを止めそこなった無能な王として歴史に名を残すわけだ。かくなるうえは、隣国が力をつけぬうちに攻め滅ぼすしかあるまい」


 山脈の向こうの国は乾ききっていた。かつてはこちらにも雨がよく降り、湖もあったのだが、いつのころからか気候が変わり、国土の大部分が砂漠と化したのである。

 水の巨人は後ろに川を引きずりながら山脈を越え、国の中央のかつて湖であった窪地に身を横たえた。乾いた地を潤すことが水の巨人の務めであり、望みでもあった。元いた国の人間に引っ越すつもりだと前もって告げたところ、協力してくれるどころか妨害しようとしてきたのには閉口したが、ともかくも無事にこちらに移ることができた。水の巨人は満足だった。

 遠からず二つの国のあいだに激しい戦争が起こることになるのだが、そこまでは水の巨人の知ったことではなかった。


 今回イメージしたのは、『シルヴァ・サーガ2』(セタ、1993年)から

 村BGM(曲名不明、作曲者不明)です。


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