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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
87/100

087:炎上する闇

 そして世界は闇にとざされた。


 「とにかく火だ。火を焚かなくちゃ始まらねえ」

 町の人々を前にして、男はそうぶちあげた。みな闇におびえ寒さにふるえていた。火こそ救いのはずだった。だが居並ぶ老若男女からはかぼそい否定の声が上がるばかりだった。

 「そんなのは言われなくてもわかってるよ。だけど、その火がつかないんじゃないか」

 「薪にも炭にも火がつかないんだぜ。それどころか紙とか布も燃えやしねえ」

 「火打ち石からは火花が出るけどよう、その火花がほくちに移らねえんだよ」

 男はいらいらと声をはりあげる。

 「油とかろうそくはどうだ。だれか試してみたか」

 「とっくにやってみたよ。だめだった」

 沈黙が力なくあたりを覆う。そのときひとりの子供がさけんだ。

 「そういえば、さっき神殿の壁にさわったら、なんか油みたいにぬるっとしたよ。あれ何だったのかな」

 子供がしゃしゃりでるんじゃない、と誰かがしかりつけた。だが男ははっと目を見ひらいた。

 「神殿に行ってみよう。もしかしたらもしかするかもしれん」

 一同はぞろぞろと町の中央に移動した。そこに座を占めているのは、太陽の神の神殿である。人々から篤く信仰されていたこの神は、しかし先ごろ起こった天上の戦いにおいてほかの多くの神々ともども強大な闇の神の手によって殺された。大勢いた僧侶たちも逃げうせ、いまや神殿は大きな空き家にすぎない。

 「なるほど、たしかにぬるぬるしてやがる。それになんだかやわらかくなってねえか」

 壮麗な石造りの建物の壁をなでて、男はつぶやいた。ほかの者たちも言う。

 「かたちが歪んでるっていうか、崩れてきてる気がするな」

 「天井の梁、曲がって垂れ下がってきてないか」

 「おうい、みんな。ちょっと屋根の上に来てくれや」

 だれかが上のほうから呼んだ。男を含む何人かがぐらぐらする梯子をのぼって行ってみると、切妻屋根の尾根に人だかりができており、そのまんなかで屋根瓦から太い綱のようなものがにょっきり生えていた。

 「なんだこりゃあ」

 「前に屋根の修理を手伝ったことがあるけど、そのときはこんなものなかったぞ」

 「こいつはたしかに妙だ」

 ぬるぬるする建物のてっぺんに綱が突き出ているそのありさまは、何かを連想させる。頭をひねっていた男は、はっと思いあたった。腰につけた袋から火打ち石を取り出す。

 「だめでもともとだ。みんなちょっと下がってろ」

 石を金に叩きつけて、火花を綱の上に落とす。するとあまりにあっけなく、ほくちを使う必要すらなく、綱に火がついた。赤い炎をあげてめらめら燃える。まわりの連中がわっと沸いたが、男は大声を出して押しとどめた。

 「みんなすぐ建物から離れろ! 燃え出すぞ!」

 一同半信半疑のまま梯子の下り口や屋根の端まで下がって様子をうかがった。はたして火は綱の根元から屋根に燃え移った。またたくまに屋根いっぱいに燃えひろがり、人々は悲鳴を上げて、あるいは梯子を駆けくだり、あるいは屋根から地面に飛び下りた。

 「火だ」

 「火だ」

 「あったけえ」

 「ありがてえこった」

 石造りだったはずの神殿は、まるで蝋でできているのかように燃えさかった。人々はそのまわりに集まって、手をかざし尻をあぶり、こころゆくまで炎のあたたかさを味わった。

 男もほかの者たちにまじって火にあたっていた。近くにいた者が声をかけた。

 「ようやくおれにもわかったよ。神殿の建物がろうそくになっちまってたんだね」

 「たぶんそんなところだ。こんな豪勢なろうそくは初めてだがな」

 神殿はひとしきり燃えつづけ、やがて燃え尽きた。

 そして世界は闇にとざされた。


 人々は血まなこになってほかのろうそくをさがした。たいしてむずかしいことではなかった。ろうそくとなった建物はぬるぬると油っぽくなり、屋根には綱が生えているはずだからだ。実際それはすぐ見つかった。

 知らせを受けて町はずれのその家に行った男は、言葉を失った。冷え込みは骨をも凍らせるほどであるのに、どっと体じゅうが汗をかいた。どうにかのどから声を押し出す。

 「おい、こりゃおれの家じゃねえか!」

 「そうだよ。さあ、屋根に上がって火をつけてくれや。みんな待ってたんだから」

 男はなんとかみなを説得しようとした。わかってもらおうとした。

 「いや、だが、この家はおれが必死で金をためて、材料をそろえて、職人も手配して、やっとのことで建てた家なんだ。見のがしちゃもらえねえか」

 「だめだよ、そんなこと言ったって。みんなもうこごえそうなんだ」

 「いや、さがせばきっとろうそくになってる建物がほかにも」

 「ねえよ。町じゅうさがしたけどここだけだ」

 「ほら、はやく」

 「うちの子なんかもうさっきから寒くてふるえが止まらないんだから」

 「さあ、さあ」

 男はなかば無理やりに屋根の上へ追い上げられ、綱に火をつけさせられた。

 男の家はひとしきりあかあかと燃えつづけた。神殿よりだいぶ小さかったので、燃え尽きるのもいくぶんか早かった。

 そして世界は闇にとざされた。


 燃え尽きた家のまわりに集まって余燼のあたたかみをむさぼっていた人々の中から、ふと女の不思議そうな声があがった。

 「あれ、うちの赤ちゃんどうしちゃったんだろう。なんだか急にぬるぬるしてきたんだけど。おや、頭にもなにか生えてる」

 それを聞くなり、すわりこんでうなだれていた男はその女のところへ突進し、赤ん坊を奪い取って火打ち石を打った。

 赤ん坊はごく短いあいだ燃え、すぐに燃え尽きた。

 そして世界は闇にとざされた。


 今回イメージした曲は、『影牢~刻命館真章~』(テクモ、1998年)から、

 ヴォーグス戦BGM(曲名不明、作曲者不明)です。


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