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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
83/100

083:最後の悪

 百番目は人里離れた岩山の洞窟に住んでいた。この洞窟には大きな入口が一つ、そのほかに人が出入りできるぐらいの小さな入口が無数にある。作戦はこうだ。まず大きな入口を爆破して埋める。そのあと小さな入口のすべてに部隊が突入して、中で薬品を焚く。盛大に焚く。大量の煙が出て洞窟の中に充満する。この煙は爬虫類に対する顕著な毒性がある。

 「人間には無害だって上の連中は言うけど、本当かね」

 「知るか」

 くだんの薬品は粉末を固めて直方体にしたもので、耐熱皿に乗せて端に火をつけて消すと不完全燃焼して煙が出るという仕組みだ。燃え尽きたらまた新しいのをくべる。もうもうたる煙のために頭痛はするし、咳と痰と涙と鼻水がとめどなく出る。とうてい無害とは思えないので、おれたちは口と鼻のまわりにタオルを巻いて煙をなるたけ吸わないようにしているが、ただの気休めである。

 洞窟の奥のほうからは、ズシン、ズシンという低い音がたえず響いていた。合間合間におそろしげな吠え声も聞こえる。

 「いいかげんくたばってくれねえかな」

 仲間の一人が痰を吐きながらぼやいた。おれも同じ気持ちだった。ここで薬品を燃やしつづけるのは煙くてかなわない。だが、そう簡単に死にはすまい。なにしろ敵は百番目にして最後の悪なのだ。


 なんでも、神がこの世界を作ったときに、つごう百の悪を各地に配置したのだという。それはいずれもまがまがしい強大な怪物であり、神の思惑では人はそれを倒すために力と知恵と勇気をはぐくむはずだった。そして、だいたいにおいてそのようになった。

 長い年月のあいだに悪はひとつまたひとつと倒されていった。その数すでに九十九、最後にただひとつ残ったのが、いま洞窟の奥で煙にいぶされてドッタンバッタンのたうちまわっているやつである。


 ところが急に静かになった。

 「お?」

 「死んだか?」

 おれたちは顔を見合わせる。ついで誰からともなく立ち上がった。

 「見に行くか」

 「そうだな。ちゃんと確認してから報告しないとな」

 ただの建前である。ここに配置されたのはおれを含めて五人、いずれもそんな殊勝な心ばえの人間ではない。おれたちは煙で痛む目をぎらぎらと血走らせて洞窟の奥に進んだ。

 懐中電灯の光が煙をとおして洞窟の暗闇を照らす。しばらく進むと、なにやら歓声が聞こえてきた。何があったのか、見なくてもわかる。ほかの入口を担当していたやつらが突入しやがったのだ。

 「ちっ、先を越された」

 「急ぐぞ、おれたちのぶんがなくなっちまう」

 だが結果からいえば、出おくれたのが逆に幸いした。突如ものすごい雄たけびと二三の悲鳴があがったかと思うと、もとのように静まり返ったのだ。おそらく悪は死んだふりでもしていたのだろう。そこへうかつな連中がホイホイ乗り込んでゆき、満を持した悪の攻撃によって全滅させられた。たぶんそんなところだ。

 「警戒をおこたるなんてバカなやつらだ」

 「兵士たるもの、おれたちみたいに慎重に行動しないとな」

 自分たちを棚にあげて論評したものの、さすがに今のを耳にしてはこれ以上進む気になれない。おれたちは戦闘に参加することにはなっていないので、拳銃すら持たないまったくの丸腰である。残念だが命あっての物種、ここは引き返すべきだ。

 全員が同じ結論に達したらしく、おれたちは誰からともなくきびすを返しかけた。そのとき、なにがなんだかわからないような腹にひびく音と揺れが洞窟の奥から伝わってきた。おれたちは一人残らず転倒し、その場で頭をかかえた。音も揺れもすぐおさまった。

 「なんだいまの」

 「さあ」

 洞窟の中に風が吹いた。充満していた煙がいきおいよく奥のほうへ吸いだされてゆき、おれたちはつられるようにふたたび奥をめざした。ほどなくひろびろとして天井の高いところに出た。ここがおそらく悪のねぐらだろう。天井には大穴があき、そこから煙が渦を巻いて外へと流れ出ていた。見たところ悪の姿はない。仲間の一人がつぶやいた。

 「こんな穴があるなんて話だったっけか」

 「たぶんたった今あいたんだよ。ほれ」

 おれは上を指さす。穴の向こうの大空に一頭の竜が舞っているのが小さく見えた。あれこそ最後の悪にほかならない。煙にいぶされたのにたまりかね、天井をぶち破って逃げ出したのだろう。

 見上げる空を幾本ものオレンジ色の破線が横切った。近くの洋上に展開している艦隊からの機関砲の砲撃だ。そのあとから轟音とともに飛来するのは空母から発艦した戦闘機の群れ。悪はそれらの攻撃をあぶなっかしくかわし、口から炎を吐いて反撃している。戦闘機のうちひとつが炎に巻かれ、錐もみしながら落下した。おれたちが見上げている穴のそばに落ちて、おそらく大破したようす。それでおれたちはようやくわれに返った。

 「おい、のんきに見物してる場合じゃねえぞ」

 「そうだったそうだった」

 壁ぎわのほうが、光が十分届かないにもかかわらずやたらまばゆく輝いている。それこそおれたちが危険をおかしてここまでやってきた理由。長い年月のあいだに悪が人間から奪ってためこんだ金銀財宝である。つまりおれたちはちょっぴり特別手当をいただこうというわけだ。

 ほかの入口で薬品を焚いていた連中もちらほらと姿を現しつつあった。おれたちは財宝の山に駆け寄る。どうせ後で身体検査をされて没収されるに決まっているので、ポケットにしまうようなまぬけはいない。大口をあけて宝石を飲み込むやつ、ズボンをおろして指輪や首飾りを尻の穴に押し込むやつ。おれはそこまで思い切りがよくないので、あらかじめヘルメットに細工をして二重底を作ってきた。

 「うっひょー、こりゃひと財産だぜ」

 「ちげえねえ」

 「うひひひひ」

 「ひゃひゃひゃひゃひゃ」

 このうれしい時間は、戦闘機と戦艦の攻撃で悪がすこしずつ傷ついてゆき、ついに力尽きて墜落するまでつづいた。


 今回イメージしたのは、『アークザラッド 精霊の黄昏』(キャトルコール、2003年)から、

 「淘汰」(福島祐子作曲)です。


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