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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
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008:いかだ

 川が森のなかを流れているのである。

 すると当然、切り倒した木をいかだに組んでそのまま川を下れば便利に運ぶことができるではないか、ということになる。月明かりに照らされた川にはいま、そうやって作られたいかだが十枚、数珠つなぎになって浮かべられていた。夜が明けたらこれを流して、川下の材木問屋に持ち込むのである。

 川岸の土手の上に建てられた小屋では、板敷きの床にむしろを引いて、三人の男が休んでいた。囲炉裏の火はすでに暗い。ふと、一人が起き上がって入口に向かった。寝ていた二人のうち年かさのほうが声をかける。

 「親方、どうしました」

 「小便だ。年のせいか近くなってかなわん」

 若いほうも言った。

 「足もと気をつけてくださいよ」

 「おう。おまえらもさっさと寝ろ」

 親方が出てゆき、足音が遠ざかる。と、不意にその足音が乱れた。あらたな足音がいくつかひびき、親方の声が上がる。

 「なんだ、あんたらは。こんな夜中に……」

 うっ、とくぐもったうめきを発して、それきり声は途絶えた。何事かと、小屋のなかで二人が跳ね起きる。だが入口をくぐって表に出たところで立ちすくんだ。

 「親方!」

 親方は地面に倒れていた。そのかたわらには胴鎧を着け、髪をざんばらに散らした人影がふたつある。手には抜き身の大刀、うち一人のものは真新しい血をぽたぽたと地面に垂らしていた。年かさの男はつぶやく。

 「落ち武者か」

 しばらく前に、山を越えたむこうの国でいくさが起こりそうだという噂を耳にしたことがあった。目の前のこの連中は、そのいくさに敗れ、山を越えて落ち延びてきたのにちがいあるまい。見るからに気が立っており、話が通じそうには思えなかった。

 小屋から出てきた二人を見て、落ち武者の一方が倒れた親方をぶすぶすと突いてとどめを刺した。それからおもむろに近づいてくる。男はかたわらでふるえている若い仲間に告げた。

 「逃げるぞ。いかだまで走れ!」

 言うやいなや軒先に立てかけてあった棹を取り、一目散に走りだす。仲間がこけつまろびつついてくるのを背中でたしかめつつ、川岸の柳の幹に藤蔓で結わえたいかだのもとにたどりついた。当然落ち武者どもも追って来るが、向こうは重い鎧を着ているし、疲れはてているだろうから、少しは引き離せるはず。追いついてこないうちに、いかだに乗って川下へおさらばだ。男は柳の根元にかがんで、藤蔓を解こうとする。が、あせっているせいか解けない。

 「おやっさん、どいてくれ!」

 若者が追いついてきた。ひと声さけんで男の前に割り込み、手にした鉈をひとふり、蔓はあっけなく断ち切れた。漂いだしたいかだを追って走りながら、男はたずねる。

 「鉈なんぞいつのまに取ってきたんだ」

 若者は、へへへと笑う。

 「片づけるのを忘れて軒下にほっぽってあったんだ」

 男はあきれて若者をにらんだ。ふだんならここから小半時は説教をかましてやるところだ。だが、今回はその不整頓のおかげで命拾いしたわけだし、そもそもまだそんなことをしている場合ではない。落ち武者どもの足音は背後に間近い。

 いかだは夜の川の上を滑ってゆく。二人は十枚つなぎのいかだの先頭の一枚に追いつくと、岸から飛び乗った。どうやら逃げ切ったと思い、後ろを振り返る。そしてあっと声をあげた。一番うしろのいかだに落ち武者どもが飛び乗ろうとしている。男はとっさに棹で川底を突いた。いかだがわずかに速さを増し、まさに飛び乗りかけていた落ち武者の一人が川に落ちて盛大にしぶきをあげた。だがもう一人はどうにかいかだの上に位置を占めた。そのまま抜き身をかざしていかだを渡ってくる。

 「後ろを切り離せ!」

 「もうやってる!」

 言葉どおり、若者は先頭のいかだと二枚めをつないだ蔓の上にかがみこみ、鉈をふるっていた。だがさきほど岸に結わえてあった蔓を切断したときとは異なり、揺れるいかだどうしをつなぐ蔓は打ち下ろされる鉈の勢いを逃がして、なかなか切れない。落ち武者は八枚め、七枚めと着実に間を詰めてくる。

 男は棹を操っていかだを川の端に寄せた。このあたりでは川の片側に切り立った崖がおおいかぶさっている。いかだはしだいにその崖に近づいていった。落ち武者はとうとう三枚めのいかだに乗り移った。男は若者に声をかける。

 「しっかりつかまってろ!」

 落ち武者が二枚めのいかだへと飛んだ瞬間、男は狙いすまして棹を川底に突き立て、いかだの向きをむりやり変えた。二人の乗っている先頭のいかだが尻を振り、後ろのいかだが次々に崖にぶつかる。落ち武者は足場を失い、ひとたまりもなく水に落ちた。先頭のいかだもあおられて激しく揺れ、男と若者はいかだにしがみついてこらえた。

 「切れた!」

 若者がさけぶ。二人の乗ったいかだが、後ろのいかだから解き放たれて流れを下りはじめる。後ろを振り返ると、落ち武者はたがいにぶつかりあういかだのなかでもみくちゃにされていた。さすがにもう追っては来れまい。

 男は立ち上がり、棹を握りなおした。このまま取引先の材木問屋に向かうとしよう。夜中ではあったが月は明るく、川面はうそのように穏やかだった。


 今回イメージした曲は、『がんばれゴエモン~でろでろ道中おばけてんこ盛り~』(コナミ、1998年)から。

 「熱烈ホーニーマン」(作曲者不明)です。


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