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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
79/100

079:おばあさんと雨降り男

 おばあさんは森のはずれの小さな家で目をさますと、窓の外を見ました。その朝、空には雲ひとつありませんでした。おばあさんは起き上がって背伸びをしました。

 「いいお天気だこと。今日はシーツの洗濯をしようかね」

 朝食を手早くすませると、おばあさんはさっそく仕事にかかりました。ベッドからシーツをはがして、ふとんカバーと枕カバーもはがして、ぜんぶまとめて大きなたらいに入れ、近くの川に運びます。たらいに水をくんでせっけんを泡立て、洗い物をほうりこんではだしで踏んづけ踏んづけ、よごれが落ちたら水をかえてぬめりがなくなるまですすいで、ひととおり終わったら絞って水気を切って、家にもどって庭先の物干しざおに掛けました。

 「これでよし」

 おばあさんはにこにこ笑いました。青い空の下に白いシーツとふとんカバーと枕カバーがならんではためいているところは、いつ見てもいいものです。

 ところが、急にさっとつめたい風が吹きました。おばあさんが振り返ると、後ろの森の上に黒々とした雲がうごめいており、しかもその雲はだんだんこちらに向かってきているようです。

 「ありゃりゃ。しょうがないね」

 洗濯物はそのままにして、おばあさんはいったん家に入りました。やがて、森のほうからぱたぱたという音が聞こえてきました。雨つぶが木々の葉にぶつかって立てる音です。それを聞くとおばあさんは外に出てきて、かわきかけの洗濯物を物干しざおから下ろし、家の中に入れました。それから森のほうにむかって大きな声で言いました。

 「ちょいと、この雨はいつまで降るんだい。あんまり長く降られちゃ洗濯物がかわかないじゃないのさ」

 すると森のなかから男の声で答えがありました。

 「すぐに通りすぎるよ。今日はあっちの山のむこうまで雨を降らしに行かにゃならんのでな」

 森のなかの小道をえっちらおっちら歩いてくる人がいます。それは雨がっぱにゴム長靴をはいた年寄りの男でした。両手で長い長いさおを立てて持っています。どのぐらい長いかというと、森のいちばん高い杉の木よりまだずっと高いほどで、その先は雨雲の中に消えていました。男がさおの根もとを持ってひっぱると、雨雲もそれにつれてずるずると空を動きます。

 この男は雨降り男といって、お天道さまの指図にしたがってあちこち雨を降らせてまわるのが仕事です。男の持っているさおの先には、雨雲がゆわえつけてあるのです。

 男は雨雲をひっぱって、おばあさんの家の前にさしかかりました。おばあさんは軒下でそのようすを眺めていましたが、やおら雨の中に出てゆくと、持っていた包みを手渡しました。雲を見つけたあと急いで作ったサンドイッチです。

 「どうせろくなものを食べていないんだろ。持っていって、昼にでも食べな」

 「おお、こりゃすまんね。ありがたくいただくよ」

 男は包みをかっぱのポケットに入れて、家のまえを通りすぎていきました。おばあさんはさっさと家のなかに入って、雨のやむのを待ちました。男が去ってしばらくすると雨はやみ、ふたたび日がさしてきました。おばあさんはあらためて洗濯物を干しました。


 もう何十年も前のことですが、おばあさんは雨降り男といっしょの家で暮らしていたことがあります。まだ若者だった雨降り男がまだ若い娘だったおばあさんに、いっしょに暮らしてくれと頼み、おばあさんもそれを承知したのでした。

 ですが、二人の暮らしはあまりうまくいきませんでした。男は毎日雨を降らしに出かけ、帰ってくると雨雲を空から下ろしてたたんで家の中に入れます。二人の家はあまり大きくはなく、雨雲を入れるとたいへん窮屈になりました。おまけに家のなかがひどくじめじめします。いたるところカビが生えますし、たんすのなかに水たまりができたり、マッチがしけってなかなか火がつかなかったりと、不便なことこのうえありません。そしてなにより、気がめいります。

 おばあさんは男に、雨雲を家のなかに入れるのをやめて、外の物置にしまってくれと頼みました。ですが、男はそれはできないと言うのです。雨雲はお天道さまからあずかった大切なものなので、なくしたりしないよういつも目の届くところに置いておかなくてはならないと言うのでした。

 とうとう我慢が限界にきて、おばあさんは雨降り男の家を飛び出し、この森のはずれの家に移りました。二人がいっしょに暮らしはじめてから一年とたっていませんでした。


 その日の夜、おばあさんがランプのあかりで刺繍をしていると、また雨の音がしはじめました。窓をあけたおばあさんは、雨降り男が雨雲をひっぱりながら真っ暗な道を帰ってくるところを見ました。

 「いま帰りかい。ずいぶん遅かったね」

 「雨を降らせないといけない場所があちこちたまっててね。そうだ、サンドイッチごちそうさま。うまかったよ」

 「どういたしまして。こんな夜おそくに帰って、あしたの朝起きられるのかい」

 「まあ、慣れてるからな。年だし、しんどいと言えばしんどいがね」

 男は森のなかに姿を消し、おばあさんは窓を閉めました。明かりを消してベッドに入りながら、おばあさんは考えました。

 いっしょに暮らすのは金輪際ごめんだけれど、もうすこし近くに引っ越して、雨雲をたたんだりひろげたりするのを手伝うとか、ときどき食事を作るとかしてやろうかしら。


 今回イメージした曲は、『グラディウス』(コナミ、1985年)から、

 「Challenger 1985」(東野美紀作曲)です。


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