075:遺物
百人あまりの謀反人が宮殿の広間になだれ込んできたのを見て、王は玉座から立ち上がった。古い文献によれば、王の身の丈は並の者の十二倍もあったといい、そのときのいでたちは牛の革を幾重にもかさねて絹糸で縫い合わせた上着とズボン、腰に銀の留め金のついた革帯を締め、足元をかためる長靴は向こうずねを銅の板で補強したもの、頭には黄金の冠をいただき、その下には赤茶色の髪とひげが豊かに波打っていた。玉座のわきに立てかけてあるのは特別あつらえの銅の剣、かつて家来たちが百二十人がかりでようやく持ち上げることができたという巨大なしろものだが、これを王はかるがると取り上げて鞘から抜き、右手に下げた。その巨体、さらにはその威厳におそれをなして、謀反人たちはしばらく声を出すこともできなかった。
「おぬしらは余に用件があってここへ来たのだろう。いつまでそうして突っ立っているつもりだ」
王ははるかな高みから問いただした。石造りの宮殿は王の体格に合わせて造営されており、湿った日には天井の近くに雲が出たと伝えられているが、これはさすがに誇張であろう。しかしこのとき、天井に雲こそなかったが、その近くから放たれた王の声はまるで雷鳴のようだった。
謀反人の首領であるらしい壮年の男が、ようやくわれに返って答えた。王の声にくらべれば小鳥のさえずりのようなものだったが、張りがあってよく通る声だった。
「王よ、あなたはすでに二百年の長きにわたって玉座にすわりつづけている。そしてそれにもかかわらず、いまだ若く壮健だ。このままゆけば今後さらに二百年、あるいはもっと長いあいだこの国を牛耳ることになるだろう。あなたにはもう退いていただきたいというのがわれらの望みだ」
王は男の顔をしげしげと見た。
「おぬしの顔にはおぼえがあるぞ。たしか二十年ほど前、国じゅうの貧しい民を助けるために余が遣わした金を、下役人であったおぬしが着服したのだったな」
「おかげでずいぶん長いこと牢獄暮らしをさせられた。だが貧乏人に金をばらまくなど、底の抜けたたらいに水をそそぐようなもの。それよりももっと有意義な方面に金を使うべきだという私の考えは変わらない。そして、あなたは決して貧乏人どもを見捨てようとはしないだろう。だからわれらはあなたに背いたのだ」
男は剣をふりかざした。
「もはや革命は九分どおり成った。あなたの臣下の多くはわれらの仲間となり、残りはほとんど討たれた。あなたが最後だ」
謀反人たちが手に手に投げ槍や弓矢を構えた。王は深く息をついて剣を持ち上げた。
「放て!」
何十もの矢が、槍が、雨あられと王の上に降りそそいだ。その大半は王が体を隠すように構えた剣にさえぎられた。王の体に当たったものも、ほとんどは分厚い服を貫くことができなかった。ほんの二本か三本だけが王の手や頬に当たって、ごく浅い傷をつけた。
王にとっては矢も槍も爪楊枝のようなものだった。かまわず踏み込んで、謀反人の首領に真上から巨大な剣を打ち下ろした。相手は横に飛んでかわし、剣は石でできた床を深々とうがった。
王は剣を床から引き抜き、構えなおそうとした。だが、急によろめいて片膝をついた。剣が手から落ちて地響きをあげた。
「毒が回ってきたぞ!」
「いまだ、仕留めろ!」
最初に王を傷つけた武器には、わずかな量で象すら気絶させることのできる猛毒が塗ってあったのだ。勢いづいた謀反人たちはわらわらと王を取り囲み、相手が満足に動けぬのをいいことに、あるいは足の指に剣や槍を突き刺し、あるいはくるぶしの骨をなぐりつけ、あるいは体によじのぼって髪をひっぱる、ひげをむしるなどの狼藉を働きだした。王はどうしてたまろうか。ついに横ざまに倒れてのびてしまった。
首領が王の顔の前に進み出た。
「これで終わりだ。あなたは慈悲ぶかい君主だったから、地獄に落ちて苦しめとは言わない。あの世で安らかに暮らしていただきたい」
言い終えるや手にした剣で王の首すじをひとなで。血潮が噴水のように上がった。それは半刻の間とどまらず、広間の床に大きな赤い湖をつくった。
こうして王は倒された。新たに国を治めることになったのは、平凡な、体の小さな、寿命の短い人間たち。その統治はあわただしくめまぐるしいものだった。造反、野合、政変、粛清、きのうは甲の利益になる政策をとるかと思えば、きょうは乙に有利な改革をした。
かつての宮殿は大統領官邸へと衣替えした。ただ、王の最期の場所となった広間だけは再び使われることがなかった。床が石でできているのにもかかわらず、王の血がすっかりしみこんでしまって、洗っても洗っても落ちなかったからである。床を張り替える計画も何度か立てられたが、そのつど政情不安定のためにお流れになった。やがて大きな内戦が起こって宮殿の大半が崩れ落ちたあと、奇跡的に残った広間はそのまま保存されることになった。いまでは毎日多くの観光客が訪れて見物している。王の剣の跡がきざまれ、王の血に染まった床を。
今回イメージした曲は、『グラナド・エスパダ』(IMC Games、2006年7月)から、
「Barracks」(Kim Junsung作曲)です。




