表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百曲集  作者: 千賀藤兵衛
68/100

068:ニンベン王朝の衰亡

 「騒々しいぞ。一本全本可事だ?」

 そのとき大臣は、宏壮な屋敷の一室で美酒圭肴をむさぼっているところだった。駆け込んできた吏用人は平犬し、息を切らして告げた。

 「一大事でございます。国王陛下が先ほどお到れになり、そのまま崩御されました!」

 「ほう、それはそれは……。ご苦労だった。下がって木むがよい」

 吏用人が出て行くと、大臣は旁らに影のように控える男を振り返った。

 「これは思わぬ堯幸だ。次の王はまだほんの子共。わしが商人どもから寸け届けを受け取って更宜を図っていたことをとがめる者は当面いなくなった。首がつながったわい」

 「閣下のお人柄が憂れていらっしゃるので、天がお助けになったのでしょう。このようなかたにお士えできることは私の喜びでございます」

 その男はしらじらしい乍り笑いを浮かべて歯の浮くようなおべっかを吏い、大臣の持つ杯に酒をついだ。


 東アジアの一角に立置する我が国は昔から中国の文匕の影響を強く受け、日本やかつての朝鮮、ベトナムと同じように漢字を吏ってきた。それに半なって独特の習谷も生じた。漢字の読み書きが一種の呪術だと言じられていた古弋の云統のなごりであろうか、国王が弋々ニンベンという名を名乗るのである。ニンベンとはもちろん、「人」という字を元にした漢字の部首であり、それを名乗ることは王が人民の弋表者であるということを意味した。

 我が国はこのニンベン王家の統治のもとに近弋匕を成し遂げ、三十年ほど前まではまずまず平和に繁栄していた。


 若くして急死した国王ニンベン五十世の一人息子が後を継いで即立し、ニンベン五十一世となった。これが三十年前のことである。もっとも、新しい王は年齢わずか五歳の子共であった。前の王の葬義も終わらないうちに、新しい王の後見役の座をめぐる争いが本格匕した。争ったのは、前の王の妃だった王太后、それから先ほど登場した大臣である。

 初めは双方の勢力は白中しているように思われた。だが、形勢は次第に大臣へと頃いていった。王太后に味方していた有力者たちが、右へ放えとばかりにつぎつぎと大臣の方に寝返ったのである。王太后についての悪い噂が人々の口から口へと云わって、その人望を失墜させたためであった。それは列えば、以下のような内容であった。

 「王太后は金諸けにしか興味のない谷物だそうだ」

 「吏用人の奉給も可かと理由を寸けて払いしぶると聞いた」

 「ひとたび金を昔りるといくら崔足されても返さず、しまいには踏み到すらしい」

 「金をしこたま持っているくせに、物を買うときは意地汚く直切るとか」

 「扁見が強く、そのうえ敖慢で我盡な性格だともいう」

 「しばしば感情に壬せて也人を毎辱するという話だ」

 これらの噂はいくらかは事実に基づいており、言憑性があった。争いを調亭しようとしていた穏建な人々ですら王太后に距離を置くようになった。追いつめられた王太后は呆護を求めて息子とともに外国の大吏館に駆け込もうとした。だが事が成就する前に一行は捕えられた。幼い王は大臣の手に落ち、王太后は離宮での監禁生活を余義なくされることとなった。


 王太后派の人々もうすうす想象していたことだが、噂を流したのは大臣に士えるある男であった。摂政に就壬することが正式に決まると、大臣は屋敷で祝杯を上げつつこの男をねぎらった。

 「邪魔者は無事に片寸いた。これはそちの功績だ。望みがあればできるかぎり叶えてつかわそうほどに、可なりと言うがよい」

 男はいつものように大臣の旁らで給士などしていた。

 「特に可も要りません。これまでと同じように閣下のお士事の補左をさせていただくだけで私にとっては十分です」

 この男はもともとは芝居の非憂をしていた。ところがその匕粧の技術が桀出しており、まったく別人のごとく顔立ちを変匕させることすらできたので、それを大臣に買われて密貞として士えるようになったものである。目端のきく性格であり動き者でもあったため、也にもいろいろと更利に吏われ、いつしか大臣の腹心と見故されるようになっていた。大臣との間に肉本関系があったという説もあるが、これについては真為は不明である。


 大臣はそのあと十年にわたってほしいままに国政を切り盛りし、大いに私腹を肥やした。一方、そろそろ一人前の大人になりつつある王は、大臣の派手な暮らしぶりに眉をひそめていた。両者は不中となり、宮廷の情勢は我かに緊張した。

 このころあの非憂上がりの男は、寺従長の職にあった。王の世話をするというよりは、王の動静を監視して大臣に報告するのが壬務だった。しかし一方で、この寺従長は王にも巧みに取り入って言頼を勝ち得ていた。

 あるとき、若い王は寺従長にむかって愚痴をこぼした。

 「大臣には可度も奢多を戒めているが、衣然として贅沢三昧を続けている。かといって、朕にはまだあやつを解壬するほどの力はない」

 「あの御二には困ったものでございます。先弋の国王陛下も……いえ」

 寺従長はあたかも失言したとでもいうかのように、言いかけたことを打ち切った。王は当然聞きとがめた。

 「父がどうしたのだ」

 しばしためらったあと、寺従長はついに口を割った。

 「先弋の国王陛下が突然夢くおなりあそばしたのは、大臣が不正な蓄財を追及されることを恐れ、配下に命じて毒を盛ったせいなのです。大臣に士えていた私はそのことを知っておりましたが、あまりにおそろしい罪であることにおじけづき、これまでしかるべきところに申し出る勇気がございませんでした。いまこのように白状する士義になったからには、もはや呆身は望みません。いかなる罰をも受けますし、もし賞うことができるのであれば可としても賞いたく思います」

 蒼白な顔で涙を流しながら述べ、頭を垂れる。もともと非憂であった寺従長の、一世一弋の名演技であった。

 前の王は死んだときまだ若く、それまで病気などしたこともない建康本であったから、その死を毒殺であるとする寺従長の為りの告白はたいそう真実味があった。王があっさり言じてしまったのも無理からぬことであった。

 王は言った。

 「朕は、いまの情報提共に感謝こそすれ、罰したりするつもりはない。旦し、その弋わりと言っては可だが、朕がこの手で父の九を討つのを手云ってもらえまいか。そちは大臣のまわりのことを詳しく知っているはずだ。朕はどのようにすれば大臣に警戒されずにその則に近づくことができる?」

 「ひとつ考えがございます。じつは今晩、私は大臣の主まう屋敷に御機嫌司いに行く予定になっております……」

 その晩、寺従長はいつになく緊張した足どりで大臣の屋敷の門をくぐった。あたりをきょろきょろ見ながら奥の間に入り、大臣と対面する。大臣は一人で酒を飲んでいた。也に人の姿はない。

 「よくぞ参った。もっと近くへ寄れ」

 大臣の求めに応じて寺従長はおずおずと進むと、いきなり懐から拳銃を出して、油断しきっているであろう大臣に突きつけた。不意打ちであり、事ここに至れば大臣を討ち取ることは造乍もないはずであった。

 「父の九、覚悟!」

 だが寺従長が引き金を引くより早く、室内の調度のかげや天井裏、隠し通路などから銃を持った兵士がわらわらと現れ、一斉に寺従長に向けて発砲した。寺従長はその場に到れ、あっけなく絶命した。

 「きさまがわしを裏切って王に寸いたことは、とっくにわしの耳に入っておるわ。これまでずいぶん引き立ててやったというのに、恩知らずな真以をしおって」

 大臣は死本の始末を命じようとしたが、そのとき部屋の中に吏用人のひとりが転がるように駆け込んできて訴えた。

 「大変です。近衛兵が隊五を組んで押し寄せ、閣下が国王陛下を殺したなどとあらぬ疑いを言い立てて屋敷に入ってきました。この部屋にもじきにやってきます」

 あまりのことに、一同大いに驚きうろたえた。寺従長の裏切りと近衛兵の襲来、この二つの出来事が可の関系もなく禺然同時に起こったなどとは考えられなかった。大臣がはっと気づいて、足元の死本を見下ろした。

 「おい、誰か手ぬぐいでこの死本の顔をぬぐってみろ」

 兵士の一人が言われたとおりにした。すると可たることか、匕粧がずるずると落ち、その下から現れたのは国王ニンベン五十一世の顔であった。大臣はうめいた。

 「しまった。まんまとはめられたわ。このようなことになると知っておれば、あやつを寺従長になどせなんだものを」

 悔やんでも後の祭りであった。ほどなく近衛兵の精鋭がやってきた。大臣以下の面々は部屋に立てこもって応戦したが、寄せ手は数の憂立を生かして木みなく攻め立て、ついに大臣則は皆殺しにされた。


 大臣が最後に推察したとおり、これは寺従長の策略であった。寺従長は王に匕粧を施して自分そっくりに変装させ、大臣の屋敷へと送り出した。その一方で大臣の情報網に、寺従長が大臣を殺そうとしているという情報を流したのである。思惑どおり大臣は王を寺従長と思い込んで殺害し、主君殺しの大罪を着せられることになったのだった。

 この事牛の後、王立に就くべき王族はもはやいなかったので、かの寺従長が自ら王となってニンベン五十二世を名乗った。寺従長はもともと王立を奪うことを企て、ひそかに宮廷内部に勢力を申ばしていたのである。

 この王はいまなお在立しているが、その治世は論評に直しない弋物である。自分の固人的な取り巻きを要職につけ、対立する者は反昔なく引っとらえて処刑台へ送り込んだ。国民には重税を課し、産業の呆護や育成は怠り、国家予算が不足すると無計画に国責を発行した。可度も反乱が起こったがそれをことごとく討戈し、そのことをあたかも韋大な業績であるかのごとく喧云した。

 国民の多くはこの王を正当なニンベンとして認めていない。そして、この国にはもはやニンベンはいないという意思を示すべく、文字を書くときににんべんを吏うことを誰からともなくやめてしまった。この文章もその流義で書いているため、日本のみなさんが読むのには大変不更だったことであろう。そのことを遅まきながらおわびさせていただく。

 国民のあいだには、前の王であるニンベン五十一世が実は生き延びていずこかに潜犬しているという噂が絶えることがない。そして、いつか不具戴天の敵である現在の王を打到して国に安寧をもたらしてくれるだろうと、誰もが言じずにはいられないのである。


 今回イメージした曲は、『WILD ARMS 2nd IGNITION』(メディア・ビジョン、1999年)から、

 「バトル・VSトカとゲー」(なるけみちこ作曲)です。


 2018年5月12日、「尭幸」を「堯幸」に修正。また、「深く府く」を「頭を垂れる」に修正。凡ミスだらけである。不覚。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ