067:美しき者たち
一回戦の相手は見るからに弱そうだった。
使用している麗力アーマーは僕のものと同じ型の製品で、多少のチューニングはしているかもしれないが、それだって大会規定の範囲内だ。つまり性能にはほとんど差はないと言っていい。ところが、相手の起動した麗力ソードと麗力バリアーは、よくよく目をこらさないと見えないほどの力場しか形成できていなかった。多めに見積もっても出力は僕の四分の一ぐらいだろう。機体の性能が同じなのだから、これはパイロットの麗力の差だ。
僕はこの地区予選では麗力が一番高く、優勝候補筆頭と言われているが、ほかの出場者も総じて麗力に恵まれており、実際のところさほどの差はない。そのなかで、この一回戦の相手の麗力の低さはずば抜けていた。麗力とはひらたくいえば美しさだから、相手は見るも無惨なご面相だということになる。
僕はせまいコックピットのなかで、正面のスクリーンに映る相手の麗力アーマーを見つめた。相手もコックピットの中だから顔は見えないが、名前から察するに女性と思われる。どんな顔なのか俄然興味がわいてきて、僕はさっさと勝負をつけようという気になった。試合後には双方コックピットから出てあいさつをすることになっている。
麗力アーマーは、二本の腕と二本の脚、胴体と頭、というおおよそ人間に近い形をした機械だ。胴体のコックピットにパイロットが乗り込んで操縦するようになっている。各国の軍隊や警察で兵器として、また民間企業で作業用機械として広く用いられ、そのほかにアーマーで格闘をしたり精密な操作をしたりといった競技がスポーツとして親しまれている。いま僕が出場しているのは、学生向けの格闘大会の地区予選だ。
試合開始のブザーが鳴ると、僕はレバーとペダルを操作して、全高四メートルのアーマーをしずしずと前に歩かせた。麗力コンバーターの運転音が高まる。僕の持つ美のエネルギーがコンバーターを通してアーマーに流れ込んでいるのだ。人間が乗り込んで操縦する人型の機械というアイデアは昔からあったが、それが実現したのはこの麗力コンバーターのおかげだ。パイロットの美しさを動力に変換するこの装置は、重い電池や燃料を積む必要がなく、有害な廃棄物も出さない。軽量かつ安全なすぐれものである。
「みにくくて弱いものをいたぶる趣味はないんだ。手早く決着をつけてあげよう」
またたくまに間合いを詰め、僕のアーマーは右手に持った麗力ソードを振り下ろす。銀色の力場でできた刀身を、相手は体を開いて紙一重でかわした。これだけの出力差があっては攻撃を見てからかわすことなどできないはずだから、運まかせでまえもって回避行動をとっていたのだろう。
「そんなツキがいつまでも続くものか!」
僕は相手に反撃のひまを与えず、つづけざまに斬撃を送った。相手は麗力が足りないためか、麗力バリアーも機体全体を覆うのではなく、盾のように左前腕部に形成している。しかもそれですらほとんど視認できないほど薄い。もしこちらの攻撃がクリーンヒットすれば、バリアーの上からでも一撃で試合が決まるほどのダメージポイントが算定されるはずだ。ところが、僕の連続攻撃はクリーンヒットどころかかすりもしなかった。相手はすべての攻撃をかわしきったのである。
「なんだ、このアーマーは……。世界チャンピオンでもこれほどの操縦技術はないぞ」
麗力はソードとバリアーの威力のみならず機体のパワーやスピードにも影響するから、相手のアーマーは僕よりはるかに鈍重なのだ。それでいてこちらの攻撃をよけつづけることができるのは、相手の操縦の技術が途方もなく優れているということにほかならない。
僕だって麗力アーマーの操縦に関してズブのしろうとではない。自らの美をみがくかたわら、操縦訓練も人一倍熱心にこなしてきたのだ。過去に出場した大会でも僕より操縦が上手だと感じた相手はほとんどいなかったし、麗力の大幅な差を埋められるほどの技術を持つ相手など想像したこともなかった。
「いいかげんに斬られろっ」
叫びながら横ざまに振りぬいたソードを、相手は初めてかわさずに受け止めた。しめた、ついによけきれなくなったのだ、と僕は喜んだが、一瞬あとにはそれがぬかよろこびであることを思い知らされた。相手は障子紙のようにうすっぺらな左腕の麗力バリアーで、僕のソードを斜め上方向に受け流したのだった。
完全に空振りして上体が泳いだ僕のアーマー、そのふところに相手のアーマーがもぐりこんで麗力ソードを突き立ててくる。だがあわてることはない。こちらの麗力バリアーは相手とはちがって機体全体をくまなく覆っているうえ、格段に分厚いのだ。エネルギー不足で力場がふにゃふにゃしているような麗力ソードで貫かれるおそれはない。僕はそう判断し、振り切ったソードを強引に引き戻して相手を仕留めようとした。
ビーッという電子音がコックピット内に鳴り響き、ダメージをこうむったことを知らせるログがスクリーンに流れた。相手の貧弱な麗力ソードが、どうやってか僕のバリアーを貫いたのだ。それは、量としてはごくごくわずかなダメージポイントでしかなかった。試合の決着をつけるための量の十分の一にも満たない。だが、驚きのあまり僕は一瞬動きを止めてしまい、そのすきに相手は悠々とこちらのソードをかいくぐって間合いを取りなおした。
「ありえない! いったいどういうことだ?」
コックピットのなかで僕はダメージが入った理由を求めて計器類に目を走らせ、麗力計に目をとめた。僕の麗力が落ちている!
ハッと気づいてポケットから手鏡を取り出す。ひどい顔だった。額には汗がびっしりと浮かび、髪も乱れている。いそいでハンカチと櫛を出して、汗をぬぐい髪をなでつけた。
「だいじょうぶだ、僕は美しい。あんなやつに負けやしない」
そう自分に言い聞かせるが、麗力計の針は戻らないどころか、じわじわと下がっていく。なぜだと手鏡を見れば、そこに映るのはあせりのためにみにくくゆがんだ僕の顔。ガツンとコックピットが揺れ、再びダメージが入る。棒立ちになっているのだから打たれるのは当たりまえだ。僕はふるえる手でレバーを操作して機体を動かす。麗力は下がりつづける。
そして僕はなすすべもなく敗れた。
コックピットから出てきた相手パイロットは、ありていに言って顔立ちも体つきも人間よりゴリラに近かった。握手したら握力がものすごくて手を握りつぶされるかと思った。
「ありがとう、楽しい試合だったよ」
ゴリラはそう言って汗にぬれた顔に満面の笑みを咲かせ、僕は不覚にも見とれた。
それはもちろん、ただの条件反射だ。試合に勝った者は麗力が高い、つまり美しい、という先入観が僕のなかにあるせいで、ゴリラの笑顔も美しく見えてしまっただけなのだ。
その日、僕は勝ちあがっていくゴリラの試合をすべて観戦し、優勝して表彰されるところまで見届けた。
今回のイメージ元は、『旋光の輪舞』(グレフ、2005年)から、
「Grey Lips」(渡部恭久作曲)です。
2020年4月10日、相手の麗力バリアーの位置を「左上腕部」から「左前腕部」に訂正。




