063:国道バイパス問わず語り
まあまずは落ち着いて、おれの話を聞いてくれよ。道路が話しかけてくるなんてあんたにとっちゃ初めての経験だろうから驚くのも当然だが、そう震え上がったまんまじゃこっちも話がしづらい。
そう、深呼吸深呼吸。今夜はよく晴れてるし、あったかくて気持ちがいいよな。星もきれいだ。
ちょっとは落ち着いたかい。それじゃ順を追って話そうか。
あんたも車を運転するんだから、おれのことは知ってるだろう。そう、あっちを走ってる国道の交通量を分散するために作られたバイパスだ。見てのとおり片側二車線で、歩道もあるけど歩行者はほとんどいない。こんな夜中ならなおさらだ。道路沿いにあるのは田んぼだけだしな。
で、その話はおれが開通してすぐのころのことなんだ。夜な夜な変なバイクがおれの上を走るようになった。それがなんというか、乗り物はごくふつうのバイクなんだが、運転手がふつうじゃないんだな。どこがおかしいって、首から上がないんだ。要するに幽霊だ。
これが時速二百キロを超えようかというものすごいスピードで道路をぶっとばす。目撃した人間がパニックになって運転をミスってほかの車にぶつかるなんてことも起こって、ある夜ついに退治人がやってきた。
変ということではこいつのいでたちも幽霊バイクとどっこいどっこいだった。なんといまどき狩衣に指貫という格好で、烏帽子までかぶってるんだ。衣装を着ている中身のほうは、なんでもない中年男だったがね。
そいつはそこの、そう、ちょうどいまあんたが立ってるあたりで車を下りて、いきなりおれに話しかけてきた。
『あー、きみきみ。わたしは国土交通省から悪霊退治を依頼された陰陽師だ。協力を要請する』
『なるほど、陰陽師の先生でしたか。そんな時代錯誤な格好をしなきゃいけないなんて大変ですね』
『いや、この服装はわたしの趣味だ。この格好がしたくて陰陽の道に入ったんだ』
とんだコスプレ野郎だった。ともかくあのバイクを退治してくれるのであれば、趣味や格好はどうでもいい。おれとしてもあんなものに走り回られるのはぞっとしないのだ。
あいさつが終わるか終わらないかのうちに、陰陽師の後ろのほうから聞きおぼえのあるエンジン音が響いてきた。例のバイクの音だ。毎晩聞かされているのだからまちがいっこない。
『先生、ちょうどやつがやってきました。よろしくお願いします』
おれはそう言ったのだが、この陰陽師、あたふたするばかりで要領を得ない。幽霊バイクはあっというまにそばを通り過ぎ、おれの上を端から端まで駆け抜けてそのままどこかに行ってしまった。おれは非難した。
『せっかく退治するチャンスだったのに、どうして見逃しちまったんですか』
『いや、あんな速いの無理だし』
くわしく聞いてみると、やつを退治するには目の前でたっぷり一分間呪文を唱えつづけなければならないのだという。そして、そんなわけだからやつの動きを一分間止めてくれないか、というのだった。無茶を言ってくれる。
『だいたい先生、あなた何かの術でぴゅーっと空を飛んでやつを追いかけられないんですか。役小角なんかもびゅんびゅん飛んでたそうじゃないですか』
『役小角は修験者。われわれ陰陽師をあんな山奥でごそごそやってる連中といっしょにしないでくれたまえ』
『それはすみませんね。で、飛べないんですか』
『馬鹿言っちゃいかん。飛べるとも』
『それなら……』
『ただね、きみ。飛ぶというのは非常に高度の研鑽の末に会得できる術であって、しかも人間というものはもともと飛ぶようにはできていないものであるからして、飛行の術をおぼえたからといってテレビアニメかなにかのようにスイスイとはなかなかいかないものなのだ』
『要するに飛べることは飛べるけど、やつを追いかけられるほど速くは飛べないってことですか』
『まわりくどく言えばそうだ』
まわりくどいのはあんたのほうだよ、と言いたいのをこらえて、おれは知恵をしぼった。赤信号で止まってくれるようなかわいげのあるやつではないから、足止めしようとするといきおい乱暴な方法にならざるをえない。
『やつが通るときにあそこの橋を落としちゃうのはどうですかね』
『きみねえ、そんなことしたら橋をかけなおすのに何億円かかると思ってるんだ。却下だ。あと、ほかの人間に被害が出るような案も認めない』
ますます無理難題になってきた。そのあともいくつもの案を没にされたすえに、どうにかいけそうな作戦を一つだけひねりだして、さて次の夜となった。
前の夜とおなじぐらいの時間に、やつはまた現れた。いつものようにバイクをかっとばしてあっちの国道のほうからおれの上に乗り込んでくる。その瞬間、おれは全速力でやつの進行方向とは逆の向きに走り出した!
人間のやる運動に、ウォーキングマシンというのがあるだろう? おれはちょうどその装置になったような感じだ。やつが時速二百キロで走ったとしても、やつの下の道路であるこのおれがやはり時速二百キロで逆方向に動けば、やつは止まっているも同然というわけだ。おれは叫んだ。
『先生、やつを捕まえました!』
陰陽師の先生はというと、やつの頭上をふわふわ飛びながら必死に呪文を唱えていた。おれの上にじかに立っていたのでは、時速二百キロでやつから離れてしまうからね。やつのほうも自分が退治されそうになっていることがわかるのか、エンジン全開で逃れようとする。もしふつうに走っていたら時速三百キロ近く出ていたのではなかろうか。だがこっちだって必死だ。自分の長い体をたぐり、ひきずり、のたうたせて、なんとかやつを同じ場所にとどめようとする。ふだん体を動かす必要などないもので、あんなはげしい運動は開通して以来初めてだった。
やがて、ふっとあたりが静かになった。見れば、やつがバイクごと煙のように消えてゆくところだった。成仏したのか地獄に落ちたのか知らないが、とにかく行くべきところへ行ったらしい。おれが動きを止めると、陰陽師がひょろひょろと下りてきて地面にへたりこんだ。
『先生、おつかれさまでした』
『きみもおつかれさま。なかなかの走りっぷりだったよ』
これにて一件落着というわけだ。
ところがこの話には続きがある。
どうしたことか、あの夜以来おれは体を動かすのがすっかりやみつきになってしまったんだ。しかしむやみに走ったりしては騒ぎになるだろうし、へたをすれば今度はおれが悪霊として退治されることにならないともかぎらない。そんなわけで夜中、おれの上に誰もいないときを選んで走っているんだ。つまり、さっきみたいにさ。
もちろん走るときは周囲への注意をおこたってはいない。でも、脇道からいきなり飛び込んで来られたら、やっぱり止まりきれないよ。そう、さっきのあんたのことだよ。あんた、一時停止しなかったろう。
なあ、おれの夜中の運動のことはあんた一人の胸にしまっておいてはくれないか。おれもあんたの交通違反のことはだまっていてやるからさ。
今回イメージした曲は『pop'n music 13 カーニバル』(コナミ、2005年)から、
「fffff」(村井聖夜作曲)です。




