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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
62/100

062:太陽殺し

 日が東から出て西に沈む。毎日毎日。

 これは、一匹の巨大な蛇が天空を横切っているのであるという。太陽は、この蛇の目玉なのだ。

 言い伝えによれば、むかしこの蛇は空の上から一人の人間の乙女を見そめた。恋に狂った蛇は、片目で乙女の姿を見ていることに飽き足らなくなり、ついに顔の向きを変えて、両方の目で乙女を見た。太陽が二つになったせいでたちまち地上は焼けただれ、人々はあっというまに黒焦げになって死んでしまった。かの乙女も例外ではなかった。蛇はおのれのしたことを深く悔いて顔をもとの向きに戻し、二度と両方の目を大地に向けないと誓った。たまたま地下にもぐっていて難をのがれた人々によって、国々が立て直された。燃え尽きた木々や草花もふたたび生い茂り、地上は繁栄を取り戻した。


 だが私は安心できなかった。

 世間の人々はのんきに仕事をしたり遊んだりして日々を送っているが、いつまた蛇があらたな美女を見つけてわれを忘れるかわかったものではないのである。

 私は蛇の片目をつぶそうと思い立った。

 蛇のねぐらは深い地の底にあるといわれている。天空をゆく蛇を襲うよりも、地の底に下りていって寝こみを襲うほうがまだしも簡単であろうと思われた。私は世界中さがしまわって、蛇のねぐらに通じているとされる洞穴を見つけ出した。

 蛇の目玉をつぶすための特別あつらえの武器も必要だった。なにしろ相手は太陽なのだ。ふつうの青銅や鉄の武器では、熱で溶けてしまって役に立たないかもしれない。私ははるか北の地におもむいて氷河の下から一塊の水晶を掘り出し、それを腕のいい職人のところに持ち込んで鋭い槍に削り出してもらった。

 その職人に私の目的を話したところ、防具はいらないのかと言いだした。なるほど、私は武器のことにばかり気をとられて、自分の身を守ることに考えが及んでいなかった。いくら武器が熱に耐えても、それをふるう人間が暑さで倒れてしまっては何にもならない。私はふたたび水晶を採ってきて、全身を覆うひんやりしたよろいかぶとを作ってもらった。かぶとの顔のところには、別のところから採ってきた黒い水晶をはめ込んだ。これで蛇の目がはなつ強い光をまのあたりにしても、目がくらむことはないだろう。


 いよいよ準備がととのった。よろいかぶとを身に着け、槍をたずさえて、私は蛇のねぐらに通じるという洞穴にもぐりこんだ。暗闇の中、私の水晶の装備一式がかすかな光をただよわせてあたりを照らした。穴は下り坂になっており、どこまでもどこまでもつづいていた。

 私はひたすら穴を下りつづけた。最初のころはもぐるにつれて寒くなっていったが、さらにもぐってゆくと逆にだんだん暑くなってきた。穴の底には蛇のねぐらがあるのだから、地面のなかは蛇のはなつ熱がこもっているのである。

 地下のこととて何日のあいだ歩きつづけたかはわからない。用意した食糧は着実に減り、ついには残り半分ほどになった。これ以上進むと帰れなくなる。私はもとより命をおしむものではないが、蛇のねぐらにたどりつけずに飢え死にするなどというのは好ましくないので、一度引き返して計画を練りなおすべきかと考えはじめた。そんなときに、私はこの穴にもぐってから初めてほかの人間に出会った。

 それまでずっと暗闇の中を歩いていた私は、穴の底のほうからぼんやりした光が近づいてくるのを見て、不審に思った。警戒しつつ歩きつづけるうちに、それが一人の人間であることがわかった。かすかな光をはなつのは、その人物が全身にまとった水晶のよろいだった。つまり、私のよろいと同じような。

 その人物が水晶でできた剣を手にしているのを見て、私は自分より先に同じことを考えた人間がいることを知った。この勇士もさだめし蛇の片目をつぶすためにここまでやってきたものであろう。

 私は丁寧にその人物に呼びかけた。勇士よ、私は貴殿と同じ目的をいだいて参った者です。首尾はいかがでしたか。

 相手は答えず、ふらふらした足どりで私の横を通り過ぎようとした。これはどうしたことかと相手の顔をのぞきこんで、私は理由を知った。かぶとの奥のその顔は、すでに白骨となっていた。よく見れば、よろいもひどくひしゃげていた。察するにこの勇士は、蛇のところにたどりついて一戦まじえたのであろう。だが武運つたなく敗れ去り、死したのちも無念をいだいてこのように地の底をさまよい歩いているのである。

 私は勇士の魂に安らぎあれと祈りつつその姿を見送り、ふたたび穴を下へと歩きだした。おそらく蛇のねぐらは遠くはあるまい。

 しばらく行くと、下のほうで何か重いものが動くような、ずしん、という音がした。耳をすますと、ゆっくりとふいごを押すような空気のうなりも聞こえる。蛇の寝息に違いない。一日かけて天空を横断した蛇が、ねぐらに戻って体を休めているのだ。

 私は足音をしのばせて進んだ。ほどなく、あたりが明るくなってきた。蛇は眠るときも目をあけているものであるから、その目の輝きが洞穴の壁に照り返してあたりを明るくしているのだ。明るくなるにつれて、ひどく暑くもなってきた。

 そしてついに私は蛇をこの目で見た。

 洞穴の底が広くひらけており、そこに蛇は見上げるほどのとぐろを巻いていた。頭はとぐろの外にはみだして、地面に横たわっている。顔の右側がこちらに向いており、爛々とした巨大な目玉があたりを真夏の昼下がりよりもなお明るく照らしていた。暑さはまるで火にかけた鍋の中だ。

 私は岩かげから蛇をしばらく観察し、たしかに眠っていると見さだめた。そして蛇の気をひかぬよう静かにゆっくりと近づくと、水晶の槍を蛇の右目に力いっぱい突き入れた。槍は目玉の真ん中に根元まで埋まり、蛇は目をさまして暴れ狂った。私は槍を手放してもと来た穴のほうに逃れながら、勝利のおたけびをあげた。やったぞ! これで世界がふたたび蛇に焼き尽くされることはない!

 しかし、最後にひと目だけ蛇のようすをうかがおうと振り返った私は、おかしなことに気がついた。あたりがどんどん暗くなってゆくのだ。もちろんいま私が目玉をひとつつぶしたからなのだが、それにしては暗くなりすぎるようだ。まだ無事な左目があるはずではないか。

 暴れまわる蛇の顔の左側がこちらに向いたとき、私はすべてをさとった。左の目もとっくの昔につぶされていたのだ。つぶれた目の上をまっすぐに走る傷痕は、さきほどすれちがった勇士が切り裂いたものにちがいない。あの勇士は倒れながらも目的は果たしていたのだ。

 光はどんどん弱まり、ついにあたりは暗闇につつまれた。蛇ののたうつ音を聞きながら、私は震えて立ち上がることができなかった。

 世界は永遠の夜に閉ざされたのだ。


 今回イメージしたのは、『カルドセプトセカンド』(大宮ソフト、2001年)から、

 「運命の巫女(後半)」(伊藤賢治作曲)です。


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