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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
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060:古代からの贈り物

 たきぎを拾いに来た山で、まだ新しい地すべりの跡を見つけた。こないだの大雨でできたものだろう。そして、崩れた地面の下から出てきたらしい、一軒の古い古い家。ぼくは興奮のあまり息をするのも忘れてその家を見上げた。だって、これはもしかしたら最後の大戦争より古い時代のものかもしれない。家の中に大昔の品物でも残っていれば、物好きな金持ちに売りつけてひともうけできる。女手ひとつで兄弟四人を育ててくれているおふくろに、少しは楽をさせてあげられるかもしれない。

 とにかく中を見なくちゃ始まらない。ぼくは泥に足をとられながら家に歩み寄った。長いこと地面に埋まっていて壁や屋根はよごれているけれど、見たところ骨組みはしっかりしている。そういえば、大昔は建物の壁の中に鉄の棒を入れて補強していたと聞いたことがある。ぜいたくな話だ。

 入口の扉の取っ手をひっぱると、金属の取っ手はすっかりさびていて、扉からぽろりと取れてしまった。どうしたもんだろう。力づくでぶちやぶってもいいものだろうか? 困っていると、扉がいきなりこちらに倒れかかってきた! おおっと!

 とっさにとびのいたぼくの前に、扉はばたりと横たわる。蝶つがいの金具もさびていて、ひっぱったはずみに壊れてしまったようだ。ともかく入口はあいた。さっそく中に入ってみることにしよう。おじゃまします。ぼくは誰にともなくことわって足を踏み入れる。

 中に入ったぼくは少々落胆した。中央に通路、その左右に部屋というつくりだったのだが、どの部屋もほとんど泥が流れ込んで埋まってしまっていたのだ。なんとか歩けるのは通路だけ。里に戻って大人たちに声をかければ、泥を掘り返して古代の遺物を探すこともできるだろうけれど、そういうことになったらぼくの分け前など雀の涙だろう。それではおもしろくもなんともない。えっ、二階に行くといいって? そうか、この建物は二階建てなのか。だったらどこかに階段があるはずだ。通路の奥だろうか。

 そこでぼくはハッとして、あたりをきょろきょろ見回した。いま話しかけてきたのはいったい誰だ? だが、いくら目と耳をこらしても、それっきり何の気配もしなかった。かといって、だれもいないとも言いきれない。ぼくが見つける前にだれかが見つけて入り込んでいたかもしれない。いや、しかし入口の扉は相当傷んでいて、軽くひっぱっただけで壊れてしまったぐらいだから、だれかが先に入ったとは考えにくい。でも、もしかしたらほかにも入口があったのかも……。

 あれこれ考えまどいながら、通路の奥に足を進める。思ったとおりそこには上へのぼる階段があった。さっきの声のことは気になるが、行ってみない手はない。

 腐りかけた階段を慎重にのぼっていく。二階建ての建物なんていまどきめったにないので、なんだかわくわくする。うん、そうだよ、うちは平屋なんだ。しかもせまくてきたない。おふくろ一人の稼ぎで子供四人を育ててるんだから、貧乏なのはしかたないんだけど。

 ぼくは階段の途中で足を止めた。またしても誰もいないのに誰かが話しかけてきたのだ。空耳だろうか。古代の遺跡を見つけたことで神経が興奮しているのかもしれない。それとも、考えたくもないことだけれど、もしかして幽霊でもいるのか。じつはぼくは怖い話が大の苦手だ。兄貴がよく怖い話を聞かせようとしてくるのだが、そんなときぼくは耳をふさいで絶対に聞かないのだ。もし本物の幽霊に出会いでもしたら、三日間は寝込んでしまう自信がある。

 気を取り直して上がった二階は、さいわい泥が入り込んでいなかった。短い通路の片側に部屋が二つ並んでいる。手前の部屋に入ってみた。なにもない。二つめの部屋に移る。こちらももぬけのからだ。ぼくはがっかりして部屋の真ん中に立ち尽くした。この部屋の床は草を編んで作られていた。大昔の家でよく使われたタタミというものにちがいない。残念ながら腐りかけているので、これをはがして持ち帰っても買い手はつかないだろう。一方の壁には壁画がかいてある。黄色いネズミとか青いタヌキといったありえない色をした生きものなのだが、何か隠された意味があるのだろうか。あるいは昔はこういう生きものも存在したのかもしれない。なに、子供の落書きだって? いや、まさか。こんな色あざやかな絵をかくにはものすごく値の張る材料が必要なはずだ。そんなものを子供が使わせてもらえるとは思えない。

 まただ。いままた何か話しかけてきたような気がする。つい返事してしまうぼくもぼくだが、それにしてもだんだん怖くなってきた。これ以上の家捜しは無駄のようだし、さっさとここを出よう……あっ?

 ぼくはおもわず飛び上がった。いまの音は何だ? 気のせいなんかじゃない。ゴツンというかガツンというか、そんな感じの音。壁画のむこうあたりから聞こえた。やっぱり何かいるのか? いや、まてよ、壁画のむこうに別の部屋なんてないはず。もしかして壁のなかに秘密の宝物庫でもあるのか?

 そう思ってよくよく見ると、壁画のかいてある壁は横に滑らせて動かすことができるようになっていた。壁ではなくて引き戸だったのだ。ネズミとタヌキは宝物の番人として描かれたのかもしれない。

 よいしょ! よいしょ! 何百年ものあいだ開け立てされていないであろうその戸を、ぼくはがたぴしさせながらどうにか引き開けた。そこは上下二段にわかれた物置だった。宝物がぎっしりというのを期待したのだが、残念ながらほとんどがらんどうで、ただ上の段にひとつだけ何かころがっていた。てのひらぐらいの大きさで四角くて平らですこし厚みがあってほどよく重い。この材質はあれだ、プラスチックとかいうやつだ。どうやって作るのかいまではわからなくなっているけれど、古代の品物にはよく使われている材料だ。

 しばらくいじくりまわしてみて、ぼくは、おお、と声をあげた。そのプラスチックの四角形が二枚貝のようにぱかりとひらいたのだ。内側には黒くて四角い鏡のようなものが上下に一枚ずつ埋め込まれていた。下のほうの鏡の左右にははめ込み細工がいくつかしてあって、左は十字の形、右は四つの丸いのが菱形に並んでいる。

 これは前に骨董屋に並んでいるのを見たことがある。古代の遺跡からたまに見つかる化粧道具だとかで、目の玉が飛び出るほどの値段がついていた。二つにひらいた四角形のうち下のほうにはペンらしきものが差し込んであって、これは眉を描くためのものだという。

 それはそうと、さっき音を立てたのはこのプラスチック製化粧道具なのだろうが、なぜあんな音がしたのだろう。ぼくは物置の中をのぞきこんだ。すると、天井の板がずれて隙間があいているのがわかった。どうやらあそこから落ちてきたものらしい。ぼくが歩き回って建物が揺れたせいで落ちたのだろうか。そうでもなければこの宝物を見つけることはできなかっただろうから、じつに運がよかった。え、ちがう? きみが天井裏から落としたって? というか、きみ……、だれ?

 振り向けばそこにいたのは、ぼくと同じぐらいの年ごろの男の子。ずいぶん仕立てのよい服を着ている……のはいいとして、後ろの景色がうっすらと透けて見えるここここれはゆゆゆゆゆゆうれ


 そ れ あ げ る よ


 こんどこそ空耳でも気のせいでもなかった。ぼくは部屋を飛び出し階段を転がり落ちて建物の外にまろび出ると全速力で家に逃げ帰って三日三晩寝込んだ。例の化粧道具をなくさずにちゃんと家まで持ち帰ったのは、われながらたいしたものだと思う。


 今回イメージしたのは、『ナップルテール』(セガ、2000年)から、

 「ワイルドウィンド」(菅野よう子作曲)です。


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