006:夜、橋の上で
夜はとうに更けて、橋の上は静まり返っていた。細い月の光だけが世界を照らすすべてである。
「いい夜だ。今夜こそ大願成就といきたいもんだな」
欄干によりかかって、おれはうそぶいた。都のほうぼうを荒らしまわって悪名を立てるのももう終わりかと思うと、少々さびしい気持ちすらする。
だが、近ごろでは夜に刀を持って出歩こうという物好きもめっきり減った。おかげで獲物をみつけるまでがひと苦労である。今夜もあちこち歩いてみたが、人どおりはまるでない。なにしろ、このごろは衛士府の連中でさえ刀を置いて警邏に出るという噂がまことしやかに人の口にのぼるほどなのだ。
ぼちぼち夜風をたのしむのもあきてきた。また獲物をさがして足を棒にするかと、おれは腰を浮かせる。ひとすじの笛の音が風に乗って流れてきたのはそのときだった。
見れば、市女笠をかぶった人影がひとつ、横笛を吹きながら通りをやってくる。狩衣をまとったその姿に目をこらしたおれは、思わず息をのんだ。その腰に、月あかりにもはっきりと見事なこしらえの太刀がさげてあったのだ。最後の獲物にふさわしい逸品である。
そいつは悠々と橋を渡ってきた。近くでよくよく見るに、体つきは小柄で、腕が立ちそうには見えない。おおかたどこかの公家のお坊ちゃんであろう。おれは橋のまんなかに躍り出て、そいつのまえに立ちふさがった。
「そこの男、ここを通りたければ関銭がわりにその刀を置いていけ」
そいつは笛を吹くのをやめて立ち止まり、笠の下からおれを見た。
「ちかごろ夜な夜な通行人を襲って刀を奪ってゆく荒法師ってのは、おまえのことか」
声は若い男のものだ。そしてずいぶん落ち着いている。こいつは意外に食わせものかもしれない。おれは気をひきしめた。
「そうとも。いままで奪った刀が九百と九十九本。きさまのその刀でちょうど千本だ。刀さえ渡せば無事通してやる」
「いやだと言ったら?」
「知れたこと。力づくでいただくまでだ!」
どうやらおとなしく刀を差しだすつもりはないと見て、おれは相手の答えを待たずに行動を起こした。
右腕をぐいと前方に突き出す。前腕部がぱっくりと二つに割れて、中から三つの砲身をもつガトリング砲が現れた。胸板も観音開きに開いて、奥のマイクロミサイルポッドが顔を出す。さらに左足を上げて、足の裏のグレネードの発射孔を相手に向ける。片足立ちの体勢でも安定して射撃が行えるように、左ふくらはぎ内部に折り畳まれていた二脚が展開して橋板を噛む。すべての兵器が笠をかぶった男を照準した。彼我の距離は十間ばかり。男は驚いたかそれとも理解が追いついていないのか、ぼんやりとたたずんでいる。
「安心して成仏しろよ。おれも坊主のはしくれ、経ぐらいは上げてやる」
言いざま、左足裏からスタングレネードを発射、爆発を待たずに右腕ガトリングを発砲し、胸部のミサイルを全弾ばらまいた。そして、目を疑った。
スタングレネードが爆発しない。ただの質量弾となったグレネードを敵は笛ではらいのけ、ガトリングの弾幕をかいくぐってこちらの懐ふかくもぐりこむ。ミサイル群は素早い動きのため目標を見失い、あさっての方向へ飛び去った。やつはにやりと笑って言う。
「この笛から発する音波で、信管を破壊できるのさ」
「なんだと……」
「周波数いかんではおまえの脳ミソをオシャカにすることもできるが、試してみるか?」
言いながら笛をおれの喉にあて、歌口に唇を寄せる。不覚にもおれはぞっとしてしまい、強いて大声をあげた。
「ぬかしやがれ!」
左足の二脚を収納しつつ体をひるがえす。左ひじに仕込んだショットガンをやつに向けて発砲、だがやつはもうそこにおらず後ろから声が、
「むやみにぶっぱなすと近所迷惑だぜ」
とっさに背中のバーニアを噴射して前方宙返りし距離をとる。あわよくばバーニアの噴気でこんがり焼いてやるつもりだったが、もちろんそんな甘い相手ではなく、それどころか距離を詰めてぴったり追随してくる。おれは宙返りが終わるのを待たず右腕のガトリングを残弾すべて発射、だが空中でさかさまの状態では狙いがさだまらず牽制にもならない。おまけに発射の反動で体勢がくずれ、着地をしくじった。左肩から落ちて橋板を割り、はさまった状態で身動きがとれなくなる。
地面に這いつくばったおれの頭のそばに、やつが足を置いた。
「そろそろ弾切れか。いいかげんに降参」
みなまで言わせずおれの頭のてっぺんが火を噴く。尾骶骨から頭頂部まで、背骨に沿って埋め込まれているキャノン砲だ。砲口が頭巾で隠されていることもあり、完全に不意をついたはずだった。だがやつは軽く身をかわした。
「なかなかあきらめのわるいやつだ。気に入ったぞ」
いつのまに抜いたのか、やつはおれの首筋に刀をつきつけていた。刀身が気味のわるい刃鳴りを発している。もしかして高周波ブレードというやつか。さきほどの笛といい、おれの知っている技術のレベルを凌駕している。具体的にどうやっているかは想像もつかないが、おそらく反応速度も何らかの方法で強化しているだろう。おれはついに全身の力を抜く。この人には勝てそうにない。
「まいった。どうにでもするがいい」
男はにやりと笑って即答した。
「おまえ、たったいまからおれの家来になれ」
こうしておれはこの人の片腕となり、国じゅう暴れまわって勇名をとどろかすことになるのだが、それはまた別の物語である。
今回イメージしたのは『シャイニング・ティアーズ』(セガ、2004年)から、
牙竜山追撃BGM(曲名不明、作曲者不明)です。