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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
59/100

059:辺境の兵

 朝飯の前に見晴らしのいい場所で一服つけようと、おれは宿舎を出て、陣地のはずれに向かった。湖が朝の日をまばゆくはね返している。今日もいい天気になりそうだ。

 タバコの煙を吐き出して、こんどは湖とは反対の方角に目を向ける。こちらは目路のかぎりに荒れ地が広がっていて、いたって面白みに欠ける眺めだ。だが、その荒れはてた地平線に黒っぽいもくもくしたものがひとむら見えたのは何だろうか。このへんではめったに雨は降らないから、九分九厘雨雲ではない。おれは目をこらした。そして、タバコを足もとに捨てて踏み消した。

 「くそっ。おおーい、敵襲だぞー起きろてめえら」

 おれがどなるとややしばらくして、宿舎がわりの小屋からぞろぞろと寝ぼけまなこの連中が姿を現す。昨晩も遅くまでさいころばくちでもしていたのだろう。ぶったるんでいるにもほどがある。そのうちの一人、まだしも目が覚めていそうなやつがおれに声をかけてきた。

 「軍曹どの、朝飯はどうしましょう」

 「てめえのケツでもかじってろ!」

 「うへえ、戦闘の後ですか。了解です」

 そう言ってから、そいつはふと気づいたように声をあげた。

 「あ、ひょっとして今回は軍曹どのが指揮をとるんですか」

 おれはふんと鼻を鳴らしてあごを引く。


 うちの砲撃陣地にはいま正規の指揮官がいない。すこし前までは大学出の青白い少尉殿がいたのだが、無理難題を押しつけてくる上とさっぱり言うことをきかない下と頻繁な敵襲のせいで神経をやられてぶっ倒れ、現在は後方の白い建物で安静になさっている。

 で、当然かわりの指揮官が任命され、とっくに着任しているはずなのだがまだ着任していない。なんでも列車事故で足止めされているとかなんとか。とにかくいないものはしかたがない。やるしかない。

 「たいした数じゃねえな。多めに見て五百匹ってところか」

 おれは双眼鏡で敵の様子を観察しながらつぶやいた。双眼鏡の視界の中では敵はもう雲ではなかった。薄い羽をはばたいて飛ぶその一匹一匹がはっきりと見分けられる。辺境の荒れ地で生まれる、イナゴという虫である。

 この虫、普通は手のひらに乗るぐらいの大きさなのだが、どういういうわけかときどき馬ぐらいの大きさにまで巨大化するやつがいる。そういうのが増えると餌が足りなくなり、人里にまで飛んでくるのだ。草食性なので人を襲うことはまずないが、時に一万匹をも超えるその群れは畑や牧草地のみならず森さえも一日にして丸裸にしてしまい、歴史上何度も飢饉を引き起こした。やつらが飛んでくるルートはいくつかあり、現在ではそのすべてに迎撃用の陣地が置かれている。うちもそのひとつだ。

 さて陣地の中はと見れば、寝ぼけていた連中もようやく目が覚めてきて、弾を運んだり砲の点検をしたりとあわただしく走り回っている。さすがに最前線、普段たるんでいてもいざというときにはそれなりに動きはいい。

 おれは司令部として使っている小屋に入った。中では通信担当の兵が無線をいじっており、おれの顔を見てマイクの前の場所をあけた。

 「指揮官代理が来ました。代わります」

 「おい、敵の規模はどれぐらいだ?」

 無線の相手はこちらが名乗りもしないうちに聞いてきた。尊大な話しぶりに聞きおぼえがある。無茶な命令を出すことで有名な将官で、こいつを嫌っていない兵はいない。

 おれはいちおう礼儀正しく答えた。

 「千匹程度と思われます」

 「だったら今回撃っていい弾は千発までだ。それ以上は一発たりとも認めん。もし千発を一発でも超えたら、命令違反で軍法会議にかけるからそう思え」

 おれは通信兵と顔を見合わせた。

 うちの陣地にあるのは機関砲三門だ。機関砲というのはたくさんの弾をばらまくのが仕事であり、どれほど好条件がそろったとしても命中率百パーセントということはありえない。ところが通信機の向こうのバカは、千匹の敵を千発の弾で落とせと言うのだ。もちろんこっちも敵の数はサバを読んで報告したわけだが、五百匹だとしても無理な相談だ。こいつ機関砲を狙撃銃か何かと勘ちがいしていないか? おれはおそるおそる問いかけた。

 「その条件では撃ち漏らしも相当出ると思われますが」

 「かまわん。貴様らの背後は人口の少ない地域だし、すぐに軍の主力を展開させて対応に当たる」

 ようやく全体の絵が見えてきた。そういえばこの将官、次の国会議員選挙に出馬するという噂がある。適度に撃ち漏らさせておいて、残った虫どもの掃討戦をみずから指揮し、有能なリーダーだという印象を作りたいのだろう。要するに自作自演だ。

 しかしその人口の少ない地域とやらにも人は住んでいて、農業や林業で暮らしを立てているのだ。うちの陣地の兵士は大半がこの地方の出身だし、おれ自身もそうだ。そのおれたちに、わざわざ被害を作り出す手伝いをしろというのか。腹のなかでそんなことを考えていると、通信機がどなった。

 「わかったのか! 返事は!」

 おれは通信兵に目くばせし、わざと大きな声でマイクに向かって言った。

 「おい、機械の調子が悪いのか? 将軍閣下のご命令がさっぱり聞き取れないぞ」

 「あー、そうですね。電波も悪いですしね」

 相手もにやりと笑って合わせてくる。通信機のむこうでわめく声。

 「こら! そっちの発言はちゃんと聞こえているぞ! くだらん芝居はやめろ!」

 通信兵が装置のダイヤルやツマミを適当にいじると、どなり声はたちまち掻き消え、ノイズが流れるばかりとなった。

 「あーあ、やっちまった」

 通信兵はぼやくが、どこかすっきりした顔だった。おれは小屋の外に出て、砲のところへ走った。すでにやつらの羽の音が低くとどろいていて、どならないと話ができない。

 「てめえらよく聞け! 電波が悪くて本部からの指示がよく聞こえなかった! しかたないから現場の裁量で迎撃する!」

 おおー、と歓声があがった。上から降りてくる理不尽な命令には、みんな日ごろからうんざりしていたのだ。なかには事情をおよそ察したような顔をしているやつもいる。おれはつづけた。

 「ありったけの弾薬を倉庫から運び出せ! そのかわり一匹も通すな!」

 数分後、敵の群れが陣地の上空にさしかかり、三門の機関砲がいっせいに火を噴いた。曳光弾まじりの弾列が虫どもの羽をちぎり、体をえぐる。陣地のそばにどさりどさりと巨体が落下し、背後の湖にもたびたび水柱が上がって、水は虫の血で青く染まった。

 虫の群れが途切れるまでのあいだ、機関砲はひっきりなしに弾を撃ちつづけた。使った弾は少なく見ても一万発は下らないだろうが、撃ち漏らしはまったくない。大いばりで軍法会議に出向くとしよう。

 火薬の煙のなかで、おれは大声で笑った。


 今回イメージした曲は、『スターオーシャン セカンドストーリー』(トライエース、1998年)から、

 「Tangency」(桜庭統作曲)です。


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