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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
56/100

056:憎しみの木

 だいたい私は、やつが植樹されたばかりのころからずっと気に食わなかったのだ。

 やつが植わっているのは、とある公立小学校の校庭である。樹種はメタセコイア。植えられた当時は人間の子供の背丈より低かったのに、いまでは三階建ての校舎をこえるほどになっている。

 やつが植えられた日のことはとうてい忘れることができない。当時の校長が校庭で生徒たちを前にして話したところによると、姉妹都市から苗木が贈呈されたとかで、この町の小中学校すべてにメタセコイアが植えられることになったのだそうだ。

 「みなさん、この木を大切にしてください」

 と校長は言った。私は学校の関係者ではないけれども、ご近所のよしみで親しく付き合ってやるつもりであった。だがそれも、校庭に植わったやつが私を見上げて、こうぬかすまでのことだった。

 「柿さん、あなた日差しのじゃまですね。ちょっとその繁りすぎた枝を落としてもらえませんか」

 小学校のとなりの民家に植えられて十数年、私はこんな失礼なことを言われたのは初めてだった。

 「いやならどっか行けよ」

 「まさか。ぼくは二つの都市の友好の証ですよ。そんな無責任なまねができるはずないじゃありませんか」

 「友好の証だというなら、もっと友好的にふるまったらどうなんだ」

 「ぼくは友好的ですよ。あなたが喧嘩腰なだけでしょう」

 そんな不毛な言い合いが、やつと私のなれそめだった。

 じゃまだと言われたことでもあるし、私はせいぜい日差しをさえぎってやったのだが、やつが成長するのにたいした妨げにはならなかったらしい。それはそうだ。私が立っているのはやつの西側で、西日は多少かくすが、それ以外の時間はやつは校庭に照り返す日の光を浴びほうだいなのだ。私との距離だって金網のフェンスをはさんで五メートルかそこらは離れている。

 とにかくやつはぐんぐん伸びた。十年もたつと、日差しをさえぎるのは私ではなくやつのほうだった。私の植わっている家も日陰にされるようになった。もしかしたら住人が学校に苦情を申し立ててやつを切り倒せと要求してくれるのではないかと期待したのだが、あいにく無頓着なたちのようで何もしなかった。考えてみればこの家の人間どもは、私の剪定も毎回ぞんざいだった。やつの第一声もあながち的外れではなかったといわねばならない。

 そこへゆくとやつは手入れが行き届いていた。毎年きちんと植木屋が来て枝を払ってゆく。納税者さまさまである。まあそれはいい。木にもそれぞれの境遇があるのであって、私もそれにケチをつける気はない。

 「どうです、なかなかすっきりしたでしょう。おっと失礼。あなたに見せびらかしては気の毒でしたかね」

 そう、やつが剪定された枝を見せつけてこういう態度をとらなければ、私だって多少の日陰に難癖をつけようとは思わないのである。

 ほかにもやつの暴虐の例は枚挙にいとまがない。ある秋、私がほとんど実をつけられなかったときには「実がつかないなんて生きてる価値がありませんね」と言い、別の年に私がたわわに実をつければ「どうせ渋柿でしょう」と言う。学校の生徒たちがやつの根元にタイムカプセルを埋めたときには、そのあと何年もかけて根を伸ばしてふたをこじあけ、中身をめちゃくちゃにしてしまった。なぜそんなことをしたのかとやつに聞いてみたところ、子供たちが楽しそうだったのがなんとなく気に入らなかったと言い放った。こうした数々の邪悪なふるまいが我慢の限界に達し、私はとうとうやつを倒そうと決意した。

 やつが私の様子に不審を感じたのはそれから数年後だった。

 「あなたはいったい何をしようとしてるんです?」

 「いやあ、きみも知ってのとおり私はろくに剪定もされていないものだからね。どうも困ったものだね」

 私が何をしているのかといえば、金網のフェンスを越えてやつのほうに枝を伸ばしているのだ。その後さらに数年かけて、私の枝はやつの幹に届いた。まだまだここからだ。くる年もくる年も私は枝を伸ばして、やつの幹にじわじわと力をかけていった。ここまできてついにやつは私の目的をさとった。

 「あなたまさか、ぼくを押し倒そうとか考えてるんじゃないでしょうね」

 「ははは、まさか」

 私はしらばっくれたが、さすがにやつもごまかされてくれなかった。

 「そんなに枝を伸ばして押したところで、ぼくを倒せっこありませんよ。いくらあなたが愚かでも、そのぐらいはわかるでしょうに」

 私は返事せずに、ひたすら枝を伸ばしつづけた。そのまま何年かたてば、やつが気づいても手遅れになるところまで押し込むことができただろう。だがやつはぎりぎりのところで気がついた。私が枝だけではなく、根も伸ばしていることに。

 私はフェンスの下をくぐって根をやつのほうに伸ばし、やつの根元を少しずつ掘り起こしていたのだ。

 あと一年。あと一年やつが気づかずにいれば、やつの体は私の伸ばした根のせいで浮き上がり、上のほうも押されていることで傾いて倒れるはずだった。

 「ぼくはあなたを少し甘く見ていたようです」

 やつはそう言い、それきり私に話しかけることはなくなった。そして、猛烈な勢いで枝と根を私のほうへ伸ばしはじめた。こうなっては私に勝ち目はなかった。もともとやつのほうが伸びるのが速いのだ。私は枝も根もやつにからみつかれた。やつは自分が倒れないように私を支えにしたのだ。

 フェンス越しに枝をからめあうメタセコイアと柿の木は、人間たちのあいだで評判を博した。人間の目にはまるで二本の木が睦み合っているかのように見えたらしい。おかげで剪定のときもからまったところを切りほぐさず、そのままにされてしまった。

 人間たちは今日も私とやつの姿を見て心をあたため、私とやつは憎しみをつのらせている。


 今回イメージした曲は『エルシャダイ』(イグニッション・エンターテイメント・リミテッド、2011年)から、

 「悲壮なる叫び」(甲田雅人作曲、松尾早人編曲)です。


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