054:現代お化け渡世
営業時間が終了し、遊園地から客の姿が消える。
そしてその一角、ひとけのなくなったお化け屋敷に別口の客がおとずれる。
この遊園地のお化け屋敷は、古い日本家屋を模した造りになっている。客は表の門で入場料を払って中に入り、順路にしたがって屋敷をめぐって、さまざまな妖怪や幽霊におどかされる仕組みだ。
その表門は、営業時間が終わるとともに閉ざされていたが、外の道をのっしのっしと歩いてきた何者かが力まかせになぐりつけると、蝶つがいごとはじけ飛んだ。月明かりに照らされたその人物の巨体は左右非対称にゆがんでおり、まるで何人もの人間の体の部品を寄せ集めて作ったかのようだ。いや、「ようだ」ではない。不格好な縫い目が体じゅうにくまなく走っているではないか。それはまさに寄せ集めそのもの。西洋の怪異の代表として名高い、フランケンシュタインの怪物だ。
「毛唐どもめ、この屋敷は渡さないよ! 帰りな!」
母屋の横手、庭のほうから勢いよく何かが飛んできて怪物の頭にあたり、がちゃんと音を立てて砕けた。瀬戸物の皿である。怪物は痛がる様子も見せず、続けざまに飛んでくる皿を払いながら門の外にむかって呼びかけた。
「どうぞお入りください、閣下」
「うむ、世話をかけるな。なにしろ余は、誰かに招き入れてもらわねばよその家に入ることができぬからな」
言いながら悠々と門のうちに足を進めたのは、黒いマントをまとった青白い肌の美丈夫である。言わずと知れた吸血鬼だ。長い指をパチンと鳴らすと、外の道路に控えていたゾンビとグールとミイラ男の混成部隊が邸内になだれこみ、空からは翼の生えたグレムリンの大群が殺到した。フランケンシュタインの怪物も皿を投げつけてくる何者かを取り押さえに庭に回り、吸血鬼の左右をかためるのは醜い顔をしたせむしの小男と首のない騎士。
座敷、寝間、台所、風呂場など屋敷のあらゆる場所でたちまち戦いの物音と怒号と悲鳴が上がり、ほどなく静まりかえった。生ける屍の軍勢は屋敷の中にいた者たちを引きずり出してきて、庭先にたたずむ吸血鬼の前に転がした。座敷わらし、枕返し、ろくろ首、垢なめ。どれも意識を失ってうめき声ひとつあげない。吸血鬼が捕虜を検分していると、床下から家鳴りの群れが泣き叫びながら走り出し、いずこへともなく逃げ散っていった。そのあとから意気揚々と出てくるのはグレムリンたち。
「すみません、井戸に逃げ込まれたもので少々手こずりました」
フランケンシュタインの怪物も白い着物を着た女を引きずって戻ってきた。女は皿を投げ尽くし、腕をねじりあげられてすでに抵抗するすべを失っていたが、吸血鬼の前に引き据えられると果敢に声を上げた。
「このこうもりめ、よくもやってくれたね!」
配下が気色ばむのを押しとどめて、吸血鬼は答える。
「貴君らが遊園地との契約を切られたのに立ち退こうとしないのが悪いのだ。われわれに責任を押しつけるのはお門違いではないかね」
女はむしろひらきなおった。
「あんたたちみたいないいかげんな連中に仕事をゆずるなんてできるもんか!」
「われわれがいいかげんだと?」
「そうだよ! 自分たちの顔ぶれを見てごらんよ。吸血鬼とフランケンシュタインはいいさ。でもそれにカシモドとデュラハン、ゾンビにグールにミイラ男、はてはグレムリンだって? 時代も土地もバラバラじゃないか! コンセプトのかけらもありゃしない!」
吸血鬼は冷たい目で女を見た。
「なぜ遊園地側から契約を切られたのか理解していないようだな。貴君らの営業成績がかんばしくないからだ。コンセプトにこだわるのもけっこうだが、まずはお客様をおどかして、こわがらせて、楽しんでもらおうという姿勢がいちばん大事だろう。ビジネスを一から学んで出直したまえ」
吸血鬼は「ほうりだせ」と命じた。ゾンビがよってたかって捕虜たちをかつぎあげ、遊園地の外に捨てにゆく。ほかの部下にむかって、吸血鬼は告げた。
「さて、今夜のうちにここを更地にしてしまうぞ。ホラーハウスを新築して、一週間後には営業開始だ。さあ、かかれ!」
おう!という威勢のいい返事が夜空にひびいた。
今回イメージした曲は、『シャドウオブエクリプス』(ゲームポット、2013年)から、
ムリマ戦闘BGM(曲名不明、作曲者不明)です。




