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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
51/100

051:終末のチャーハン

 黒い大地の上で、白い肌の民と緑の肌の民は長きにわたって戦争をつづけていた。この二つの民は遠い昔には一つの種族であったといわれているが、いまではすっかり性質も違ってしまって、犬猿の仲となっていた。

 戦いはいつ果てるともなく続き、いっこうに決着がつかなかったが、あるとき突然その有りようを変えた。氷の国から魔物が大挙襲来したのだ。

 オレンジ色の毛皮、黄色い毛皮、緑色の毛皮の三種類の魔物は、白い肌の民にも緑の肌の民にも分けへだてなく襲いかかった。すでにお互い争っている場合ではなかった。やむをえず二つの民は協力して魔物に立ち向かい、長く苦しい戦いを繰りひろげた。

 だがさらなる異変が起こった。どろどろした黄色い雨が世界中に降り注いだのである。追いうちをかけるように白くぶよぶよした生きものの大群がどこからともなくやってきて、世界中に満ちあふれた。その数はおびただしく、二つの民と三種類の魔物はほとんど呑みこまれてしまった。

 そしてついに世界の終わりが来た。黒い大地が何度も激しく傾いて、二つの民と三種類の魔物と白い生きものを地獄の火の上に投げ出してあぶったのであった。

 ……という話を考えたんだけど、どうよ」


 「どうよと言われましても」

 私は微妙な表情でチャーハンを口に運びつつ、台所のガスコンロに乗っている黒い中華鍋を見やった。テーブルの向かい側では、このチャーハンといましがたのヨタ話の作者である夫がスプーンを動かしている。

 夫は料理を趣味にしており、素人ながらなかなかの腕前だ。今回のチャーハンもごはんつぶがぱらぱらとほぐれるところはさすがの出来だが、それとは別にいささか不満があった。

 「ねえ、このミックスベジタブルはなんとかならなかったの。私これに入ってるニンジン、あんまり好きじゃないんだけど」

 今日のチャーハンにはニンジンとコーンとグリーンピースが詰め合わせになった冷凍食品が使われているのだが、元が悪いのか冷凍のせいなのか、このニンジンは妙に苦くてくさみもあって、私は苦手だった。夫は眉をハの字にした。

 「それはごめん。具がネギと卵だけじゃ物足りないと思ってさ。こんな天気じゃなかったら、なにか買いに行けたんだけどね」

 そう言って窓の外を見る。せっかく二人とも仕事が休みなのに今日は朝から土砂降りで、電気をつけないと家の中は真っ暗だ。さっきから雷も鳴っている。

 私はあきらめて黙々とチャーハンを食べた。さっきのヨタ話に即して言えば、白と緑の二つの民というのは長ネギで、氷の国から来た三種類の魔物はニンジンとコーンとグリーンピースで、黄色い雨は卵で、白い生きものは米ということになるわけだ。あの物語は夫が鍋を振りながらこしらえたものと見てまずまちがいあるまい。


 そのときぐらりと地面が揺れた。建物がさかんにきしみ、天井に吊るした電灯があちらへこちらへと振り回される。地震だ。だいぶ大きい。

 私と夫は食事の手を止めてじっとすわっていた。一分か、二分か、やがて揺れはおさまった。夫がテレビのリモコンに手を伸ばしながら言う。

 「けっこう大きかったな。震度四ぐらいか」

 『……の途中ですが地震情報をお伝えします。さきほど関東地方から東北地方にかけての広い範囲で揺れを感じました。この地震に関する詳しい情ほ』

 つけたばかりのテレビはそこでいきなり消えてしまった。同時に部屋の電気も消える。

 「ありゃ」

 「停電?」

 土砂降りの雨がうるさくてわかりにくいが、冷蔵庫やエアコンも止まってしまったようだ。耳をすますと、遠くでバリバリバリと落雷の音がした。

 「地震じゃなくて雷が原因かな」

 「どっちでもいいよ。念のために避難袋持ってくるわ」

 「そうだな。こっちは通帳とかまとめとく」

 私は寝室に置いてある非常食やペットボトル入りの飲料水を取りにむかった。

 きっとこうしているあいだもプレートはマントルの上をずりずり動き、雷と火山灰と死んだ魚があちこちに降り注ぎ、原子力発電所は順調に放射性廃棄物をひり出し、インフルエンザウイルスは日課の突然変異、隕石と彗星と小惑星は地球めざして分列行進してくる最中で、UFOが人間の記憶と牛の内臓を抜き取ってまわり、太陽がガンマ線を大安売りするいっぽうで宇宙はだんだん冷えつつあるのだろう。

 ずしりと重い避難袋を私はベッドの下から引き出し、腕に力をこめてよいしょと持ち上げた。雨はいよいよ激しい。


 今回イメージした曲は、『星のカービィ64』(HAL研究所、2000年)から、

 「おちおちファイト」(石川淳作曲)です。


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