050:おしゃべりな王
「魔王め、覚悟しろ! この国も貴様もおしまいだ!」
少年は扉を蹴り開けて広間に駆けこんでくると、玉座にむかって剣を突きつけた。三人の兵士たちがあとにしたがい、おのおのの武器をかまえる。王を守る軍勢は打ち破られ、この場には一人もいない。ゆったりした衣服をまとった王は、立ち上がって軽くおじぎをしてみせた。
「ようこそいらした、殿下」
「な……!」
ほかの三人はきょとんとしていたが、少年の顔にはそれまでと違う種類の緊張が走った。やや上ずった声でさけぶ。
「なにを言っている。われわれのなかにはそんな肩書で呼ばれるような者はいないぞ!」
「そうだったか。なにか勘ちがいをしたようだ。失礼した」
王はそう言って、じっと少年を見つめた。
となりあったその二つの国は、一方は女王を戴き、もう一方は男の王を戴いて栄えていた。あいにく両国は昔からひどく仲が悪かった。少数の穏健な人々の考えは、多数の人々の憎しみに呑みこまれた。双方の国の君主も戦争に乗り気ではなかったが、勢いを押しとどめることはできなかった。女王の国に人並みはずれた武芸と魔法の才能を持つ一人の戦士が生まれたことが戦争の気運を後押しした。女王の国の人々は、悪魔のごとき隣国をほろぼすために神が英雄を遣わされたのだと信じたのだった。今ついに敵国の王の前に立ったこの少年こそその戦士である。
少年は剣を高く構えた。少女といっても通じるような整った顔立ちで、背丈も決して高いほうではないのに、そびえ立つような気迫である。王の軍にも武芸に秀でたものはあまたいたが、それらはいずれもこの少年の前に倒れたのだった。わずかに青ざめつつ、王はしいて軽口をたたいた。
「ここでもし私が、まいった、降伏する、と言ったらどうなるかな?」
「どうもならない。貴様の運命はすでに決まっている。いまここで死ぬか、あとで処刑されるかだ」
「しかたない、それではせめて最後の抵抗をするとしようか」
王は剣を抜いた。少年と三人の兵士はいっせいに打ちかかった。王はたちまち防戦一方になった。
三人の兵士も手練れではあったものの、王から見れば大した強敵ではなかった。だが少年の武勇はまさに別格。その剣はいかづちのごとく天から降りかかるかと思うと、蛇のように低いところから跳ね上がって喉首を狙い、打ち合ったときの衝撃はまるで土砂崩れだった。王は魔法の炎を投げつけてほかの三人を牽制しつつ、おもむろに秘策を繰り出した。斬り合いのすきをついて世間話をはじめたのだ。
「そういえば以前うわさで聞いたのだが」
少年もほかの三人も何を言い出すのだという顔をしたが、もちろん斬りかかってくる手を止めたりはしない。王はつづけた。
「貴殿らの国には正体不明の怪盗が出没しているそうだな」
少年が突如剣筋を乱した。王はそれをさばきながらさらに言う。
「悪どいことをして儲けているやからから金を盗んで、貧乏な人々に分け与えているのだとか。どこの誰ともわからないが、貴殿と同じぐらいの年ごろの少年だそうだ。興味深いことだ。ぜひ一度会ってみたいものよ」
「貴様、まさかあのことを知って……いや、戦いの最中に雑談をするなんて非常識だぞ!」
少年が裏返った声でわめく。動揺をおさえることができず、ふるう剣はほぼうわのそら。少年が立ち直るまでのわずかな間に、王はほかの三人を攻め立て、そのうちの一人を斬り倒してのけた。残った二人はいよいよやっきになって戦い、少年もどうにか平静を取り戻してそれまで以上に激しく斬りかかってきた。王は第二の手を出した。
「これも人づてに聞いたのだが、貴殿らの国では怪物や悪党に襲われた者を、魔法少女なるものが救うことがあるそうだな」
少年はぎくりとした表情になってその場に立ち尽くした。王はすかさず左の袖の中から鞭を繰り出す。狙いは隙だらけの少年ではなく、ほかの二人のほうだ。
「やはりその正体は不明だということだが、凄腕の魔法使いであるうえ、たいへんな美少女だとも聞く。じつは男だという説もあるようだが、いずれにせよ一度この目でおがんでみたいところだ」
鞭は兵士の一人の足首にからみついた。王は力まかせに鞭をひっぱってその不運な兵士を振り回し、もう一人の兵士にぶつけてやった。少年が実力を遺憾なく発揮していたら、おそらくそうなるまえに割り込んで鞭を切断するなりしていただろうが、うろたえていたためにその反応はひどく遅れた。兵士たちはもつれ合って吹っ飛び、広間の壁に激突して動かなくなった。
わなわなとふるえる少年に、王は声をかけた。
「さて、一対一になってしまったが、どうするかね」
少年がゆっくりと顔を上げて王を見た。ふるえはすっかり止まっていた。
「ぼくの使命は、魔王よ、貴様を倒すことだ」
「仲間を連れて逃げたほうがよくはないかね。三人とも深手ではあるが、まだ意識はある。すぐに手当てすれば助かるぞ」
倒れた三人はちゃんと耳が聞こえているぞ、と王はほのめかした。それは少年に正しく伝わった。少年は表情をぴくりとも動かさずに言いはなつ。
「貴様にはもう舌を動かす余裕は与えない」
言い終えるや少年は猛然と斬りかかった。その言葉に嘘はなかった。短くも激しい戦いのあいだ、王はひとことも口をきくことができなかった。
おびただしい量の血を流して、王は床に倒れた。剣もそれ以外の武器もどこかに行ってしまい、魔法は少年を包む守りのまじないを貫くことができない。完敗だった。王は小さく笑う。
「みごとだ。きっと貴殿の父も喜んでいるだろう」
「貴様、ぼくの父親が誰なのか知っているのか! 陛……いや、母ですら正体を知らないと言っているのに!」
「さあな。自分で調べたらどうかね。私がずっと貴殿のことを調べていたように……」
言葉がとぎれ、目が光を失った。少年は「まさか……」とつぶやき、しばらく死体を見つめて微動だにしなかったが、やがて首を振った。
「いや、そんなはずはない。こいつは倒すべき敵だった。それでいい」
きびすを返し、傷ついた仲間たちに手当てをして、少年は広間を去って行った。一度も振り返らなかった。
今回イメージした曲は、『グランツーリスモ5』(ソニー・コンピュータエンタテインメント、2010年)から、
「5OUL ON D!SPLAY」(嘉生大樹作曲)です。




