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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
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005:暗殺者、雨に降られる

 篠突く雨が石畳の上で音を立てていた。

 「おのれ、卑劣な暗殺者め!」

 声は雨の向こうから聞こえた。足音のぐあいと声の位置から考えて、かなり大柄な男だ。年はおそらく三十前後。すでに剣を抜いている。おそらく、たったいまおれが仕留めたやつの護衛の騎士だろう。雨と血で濡れた石畳に足を滑らせないよう、おれは慎重に間合いをとった。相手がふととまどった声をあげる。

 「む? きさま、もしかしてめしいか」

 人から聞いたところでは、おれの目は見るからに濁っていて、視力のないことが一目瞭然であるらしい。もっとも、生まれつきなので不便を感じたことはない。音の響きかたでまわりの様子は手に取るようにわかるし、荒事の際にはあなどって油断してくれる相手もいるので、むしろありがたいぐらいだ。

 おれは右手に刀をかまえて、無言のまま相手の気配をさぐった。それにしてもいまいましいのはこの雨だ。ふだんなら息づかいひとつ、衣ずれひとつから相手の一挙手一投足をありありと脳裏にえがくことができるのだが、いまは足音さえおぼろにしか聞き取れない。まわりの様子がわからないので、走って逃げることもできない。にわか雨だし、じきにやむだろうが、そのときまで生きていられるかどうか。

 「目が見えぬとて手加減はせぬぞ。武器を捨てておとなしくしろ。二度は言わぬ」

 うるさい男だ。おれは左手で袖の中に隠したナイフをつかみ、声のしたほうへとなげうった。


 今回の仕事の標的は、最近のしあがってきた成金の貴族だった。詳しい事情は知らないし興味もないが、それを目ざわりに思ったやつがおれに仕事を依頼してきたのだ。おれの仕事は殺しの請け負いである。

 目の見えないおれには昼も夜も同じなので、おれが仕事をするのはいつも夜だ。だがこの貴族、自分が命を狙われていることを察知していたようで異様に用心深く、毎晩機会をうかがってもまるで隙を見せなかった。昼間のほうがまだしも油断しているようだった。依頼人から早く殺せと催促がきていたこともあり、おれはついにいつものやりかたを曲げて昼間に襲うことにした。思えばこれがケチのつきはじめだったかもしれない。

 殺すところまではうまくいった。くだんの貴族がたまに昼食をとりに訪れる料理店に連日張り込み、とうとう現れたやつが食事を終えて店を出たところを狙って一刀のもとに斬りたおした。ところがいざ逃げようとしたときに突然雨が降ってきて立ち往生し、そこに護衛が駆けつけてきたというわけだ。


 硬い金属音が雨のなかにひびいた。おれの投げたナイフを、騎士は剣ではじいたようだ。わざわざ剣でふせいだということは、盾は持っていないようだ。雨さえ降っていなければ盾のあるなしぐらいは気配で見当がついたのだが。

 もうひとつわかったことがある。いまの音から判断して、相手の剣は相当いい鉄を使っている。おれの経験で言うと、こういう剣を持っているやつはたいてい腕のほうもたしかだ。良くない材料が増えた。

 あまり長引かせるわけにはいかない。こちらは犯罪者なのだ。時間がたてば敵はどんどん集まってくるだろう。おれは右手の刀で切りかかるとみせて左手で二本のナイフをはなち、相手がそれをかわす音をたよりに飛び込んだ。

 「こしゃくな!」

 相手があせりの声をもらす。二本同時は予想外だったようで、さすがにかわすことはかわしたが、体勢を崩したようだ。足音の位置と声の位置がずれているのがはっきりとわかった。もらった。おれは刀を振りかぶる。

 その瞬間、おれは額になにか暖かいものがあたるのを感じた。何だ? 湯でも湯気でもない。判断がつかず、その一瞬おれは動きを止めてしまう。

 「うおおおおおおっ!」

 相手がほえた。刃風がまるで何かに導かれるようにおれの額、その暖かいものがあたっているところに向かってくる。よけきれない……!


 剣がおれの額を割って食い込んでくる最後の刹那、おれはさとった。あの暖かいもの、あれはもしかして雨雲の間から日の光がさしておれの額にあたったのではないか、と。光というのは、目の見える人間にとっては何よりもはっきりしたものだということだ。その光は相手にとってさだめし天の導きのように思えたことだろう。考えるより早くその光をたどって剣を振ったのにちがいない。

 結局おれは自分が知ることのできないもののせいで死ぬことになったのだ。そのことがくやしくもあり、おもしろくもあり。

 そして何もわからなくなった。


 今回イメージした曲は『ニーア レプリカント』『ニーア ゲシュタルト』(スクウェア・エニックス、2010年)から、

 「イニシエノウタ/虚ロナ夢」(岡部啓一作曲)です。


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