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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
49/100

049:空と地面の間に

 岩がちの地面に太く頑丈な木の柱が立っている。柱のいちばん上には横木が突き出し、その先からは太い鉄の綱が垂れさがっている。

 風が吹いて、綱を揺らす。私の体も揺れた。

 私が吊るし首にされてから何百日もたっていた。

 「おはよう、叛逆者くん。ご気分はいかがかな」

 険しい山のいただきに設けられたこの仕置き場は、人の足ではとうていたどりつくことができない。訪れるのは翼をもつものばかりである。吊るされたまま仰のいて見上げれば、曙光に照らされた横木の上に一羽のカラスが止まっていた。

 カラスは耳ざわりなガアガア声で言った。

 「きみがここに吊り下げられてから、今日でちょうど一年になる。なにか感想があれば、ぜひうかがいたいものだ」

 私は口のなかにたまったつばを地面に吐き捨てた。首が締まっているせいで飲みこめないのだ。カラスは笑った。

 「おおっと、これは失礼。しゃべりたくてもしゃべれないか。しかたない、心のなかでだけ反省していてくれたまえ。自分が犯した罪の重さをな」

 私は青銅の槍をにぎりしめた。これはもとは吊り下げられた私の体を貫いて、後ろの柱に縫い止めていたものである。苦労して引き抜いたこの槍が、いまの私のただひとつの持ち物だ。

 カラスは油断しているように見えてちゃんと警戒していた。

 「まさかその槍をこちらに投げつけようというのかな? 忠告しておくが、軽はずみなまねはよしたほうがいい。そら、日ものぼった。食欲旺盛な連中が朝飯を食いにくるぞ」

 私は肩を落とした。ぶら下がったままの踏んばりのきかない体勢で、ほぼ真上の死角に位置するカラスに槍を当てる自信はさすがにない。時を同じくして山のあちこちではばたきの音が起こった。ワシ、タカ、ノスリ、トビにハヤブサにチョウゲンボウ。あきれるほど多くの猛禽がそれぞれのねぐらから飛び立って、この山頂に舞い降りてくる。そこに身を隠すことを知らない餌があるからだ。私のことである。

 「さあさあ、今日はどれぐらい食われることになるだろうね。心から健闘を祈るよ」

 騒ぎ立てるカラスの姿は連中には見えていないのか、まっすぐ私だけをめがけて襲ってくる。無数の羽音があたりに満ち、日の光もさえぎられて薄暗くなり、そのなかで私は槍を振り回して鳥どもを追い払おうとする。むこうの狙いは私の腹から背中に抜けている槍の傷。癒えることなく血をしたたらせているそこをほじくって、内臓をついばもうというのだ。私のもつ槍は前へ後ろへとひるがえり、鳥どもをかたっぱしから打ち落とす。

 「いつもながらしぶといな、きみは。だが、油断するとぐさっといくぞ」

 槍の石突きで後ろの柱を突いて、私は空中で体を入れ替える。一羽のハヤブサが急降下して私の目を狙ってきたからだ。さらに、足を勢いよく曲げ伸ばしして体の揺れかたを変え、殺到する鳥どもの狙いをはずす。

 もしこの綱が麦わらや麻でできた当たりまえの品であれば、綱をつかんでよじのぼり、横木の上に這い上がることもできるだろう。あるいは槍で綱を切るのもよい。そうすれば私の体は地面に落ちる。だが、あいにくこの綱の材料は、近年になって海の向こうから伝わってきた鉄という金属だった。これは非常に硬い材料で、ふつうの綱のようには曲げられないし、青銅の槍でつついたごときではろくに傷もつかない。ただ、いささかさびやすい。もちろん一朝一夕に朽ちるわけではない。何年か、もしくは何十年か野ざらしで私をぶら下げつづければ、いつかは錆びはてて切れてしまう日もくるだろうが。

 「まったくあざやかなものだ。吊るし首にされたままでの戦いにおいて、きみの右に出るものはこの世にいまい。たとえきみと同じように不死の呪いがかかっていたとしてもだ」

 内臓や顔への攻撃こそ防ぎつづけているが、腕や足や背中はいたるところつつかれ引っかかれて、私は血まみれになっていた。鳥どもは落としても落としてもあとからあとから襲いかかってくる。

 右手に一羽のチョウゲンボウがしがみついた。素手の左手で殴って叩き落とすが、槍の動きが止まった一瞬に左から来たノスリに目をつつかれ、一羽のワシに背中をかきむしられて腎臓をえぐりだされ、痙攣してのけぞったはずみにいろいろな種類の三羽の鳥が腹にくらいついた。あとはもう何もできず内臓をむさぼられるばかり。

 「はっはっは、今日はなかなかがんばったほうではないかな。犯した罪のむくいをたっぷり味わうといい」

 それがどんな罪だったのか、私はもはやおぼろげにすら思い出せない。だが、その罪のために私はこうして吊るされたうえ、不死の呪いをかけられて、毎日毎日鳥の餌にされているのだ。自分は弱いものを虐げたり、愚かなものをあざむいたりといった卑劣なおこないはしなかったと、それだけを私は信じている。

 体じゅうを鳥どもにさいなまれながら、私はカラスの声を聞いた。

 「きみが本当に死ぬのは、この鉄の綱がさびて切れ、体が地面に落ちたときだ。そのときまでせいぜいこの余興を楽しませてもらうとするよ」

 その最後の瞬間、空中に投げ出されて地面に落ちる寸前に、私はついにカラスに向かって槍を投げつけるだろう。そのときのために、いまはこの痛みと苦しみにただ耐えよう。

 そんな私の心のつぶやきが聞こえたわけではないだろうが、カラスはばかにするようにカアと鳴いた。


 今回イメージした曲は、『ワイルドアームズ クロスファイア』(メディア・ビジョン、2007年)から、

 「エレシウスの夜を急ぐ」(甲田雅人作曲)です。


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