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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
41/100

041:怪物

 言い伝えによると、地面がときどき揺れるのは大地を支える神がよろめくせいである。神は左足が三本もあるのに右足は一本もなく、また、右腕四本に対して左腕は一本もない。そのため大地を傾かせたりぐらつかせたりせずにかつぎつづけるのはたいそう難しいのだという。


 その日の昼ちかく、四本の右腕と三本の左腕を持つ戦士が武装して村の中央の神殿をおとずれると、ちょうど中から一人の若い女が杖をついて出てくるところだった。右腕が一本に右足が一本、左腕と左足はない。この女は神殿を預かる巫女であり、この国のならわしで村の長も兼ねていた。戦士にとっては幼なじみでもある。

 あいさつもなしに巫女はたずねた。

 「話は聞いたかい」

 「ああ。おれはこれから行って様子を探ってこようと思う」

 村の子どもたちが、村はずれの野原に昨日まではなかった大きな家が建っているのを見つけたのだ。そのまわりには見たこともない怪物がうろついていたという。

 「わたしも行こうじゃないか」

 巫女が言い出すと、戦士はしぶった。

 「そう言うのではないかと思っていたが、だめだ。戦いになるおそれが大きい」

 おまえは足手まといだ、とはあえて言わなかった。いまさら言う必要もないことだ。だが巫女は、ひとつしかない左目で戦士を見据えてかたくなに言った。

 「怪物の種類があんたに見分けられるのかい。毒を持っていたり、まやかしの技を用いる怪物だっているんだよ。その点わたしは都にいたころ昔からの言い伝えや書物にたくさん触れたからね。すくなくともこの村ではいちばん詳しいはずさ」

 戦士は顔をしかめてうなったが、決断ははやかった。持っていた槍をやおら体の後ろに回すと、くるりと巫女に背を向ける。巫女は杖をすててひょいと男の背に飛びつき、槍の柄に尻をのせた。男の体は左右二本ずつの足で地面を踏まえて小揺るぎもしない。

 「あんたにおんぶされるのはひさしぶりだ。昔よりずいぶんたくましくなったじゃないか」

 「子供のころよりたくましくなっているのはあたりまえだ」

 女のすてた杖を拾いながら、男は憮然として答える。背中に乗った女の体は、記憶にあるよりずいぶん軽かった。

 同じ年に生まれ、住む家も近所だった二人は、幼いころはよくいっしょに遊んだものだった。外に出かけるとき、足が一本しかない女の子は男の子におぶさって運ばれるのが常であり、男の子は子供心に自分は一生この女の子といっしょに暮らすのだと思い決めていた。

 男の子はずっと後になってから知ったのだが、女の子は生まれてすぐに将来巫女となることが決められていた。手足や目や耳などの数が左右でちがうのはありふれているが、左右どちらかが完全に欠けているとなるとごく珍しく、こういったものは神の恩寵を強く受けているとされる。この女の子はそれが手と足と目、三か所も表れていたのだから、大人たちが全員一致で将来は巫女にすると決めたとしても不思議はなかった。

 女の子は修行のために成人前に都へ送られ、村に戻ってきたときには一人前の巫女になっていた。そのときには男の子もすでに戦士として一人立ちしていた。巫女となった者は生涯独身をとおす決まりであり、以来、戦士が役目にかかわること以外で巫女と話をしたことはなかった。

 戦士は四本の足で軽々と駆けた。巫女を背負っていてさえ風のような速さであり、たちまちのうちに目的地に着いた。

 野原のまんなかにその建物はあった。やけに細長くて高さがあり、家というより塔といったほうが近いだろう。戦士と巫女は野原のはしの木立に隠れて様子をうかがった。突然現れたということを抜きにしても、奇妙な建物だった。真っ白に塗られているが、塗りのはげたところでは金属の地が見えている。金属でできた建物など、都で見聞を広めてきた巫女も聞いたことがなかった。

 そして、怪物がいた。数は少なくとも三匹。白い服を身にまとっており、建物を出たり入ったりして何かの道具を運び出している。戦士は巫女に問うた。

 「おい、あれはどういう種類の怪物なんだ」

 巫女は震え声で答える。

 「わからない。聞いたこともないよ、あんなおぞましい姿の怪物がこの世にいるなんて」

 それはまさしく怪物であった。右腕と左腕が一本ずつに、右足と左足が一本ずつ。しかもついている位置もずれていない。遠目に見るかぎりでは、顔にも右目と左目が一つずつ、右耳と左耳が一つずつ、そして鼻と口はそれぞれ一つで、顔の中心に縦に並んでいる。つまりこの怪物は、体がまったくの左右対称になっているのだった。

 その姿には、戦士も背すじが寒くなるのを抑えきれなかった。いったい、あの怪物は体の右半分と左半分のどちらがどちらであるかわからなくなったりしないのだろうか? もし自分があのような体になったら、一日とたたずに正気を失ってしまうだろう。

 巫女がつぶやく。

 「そういえば、今朝がた大きな流れ星が落ちるのを見たと村の誰かが言っていたね。こっちの方角だったと聞いたような気がする」

 「その流れ星とあの怪物どもに何か関係があるというのか?」

 「さあ。でも、もしかするとあの建物と怪物は空の上にあるまったく別の世界から流れ星に乗って降ってきたのかもしれないね」

 荒唐無稽すぎて想像もつかない。戦士は頭を振って気持ちを切り換える。

 とにかく、村のそばにこのような怪物をうろつかせておくわけにはいかなかった。とはいえ、今すぐ戦いをしかけることもできない。なにしろ巫女を連れてきてしまったのだ。いったん巫女を村に連れ帰り、腕っぷしの強い連中を集めて戻ってくるのがよさそうだ。

 戦士はそう考え、それを巫女に告げようとした。が、その前に巫女が戦士の肩を鋭くたたいて言った。

 「まずい、見つかったよ!」

 三匹の怪物がこちらを指さして口々に何か叫んでいる。戦士はすばやく判断をくだした。

 「逃げるぞ。しっかりつかまれ」

 だが、きびすを返すより早くぱっと何か光ったかと思うと、戦士のすぐそばの木が燃え上がった。見れば、怪物たちのうち一匹が手に持った道具をこちらに差し伸べている。巫女がうめいた。

 「なんというすさまじい魔法! いや、武器なのか?」

 戦士は意を決して、巫女を背中から引きはがすと地面に下ろし、杖を持たせた。

 「おまえ、急いで村に戻れ」

 「あんたはどうするの!」

 巫女が聞いてくる。戦士は振り返らなかった。武器を構える。右手に剣と斧と盾、左手に槍と槌と弓。

 「あんな飛び道具があっては逃げ切れん。おれがやつらを引きつける」

 「だめだよ、危険だ!」

 「おまえは巫女だろう。逃げて、巫女としての務めをはたせ!」

 そしておれの務めはいまここでやつらを食い止めることだ。戦士はひと声おめいて駆けだした。怪物のうち光をはなつ道具を持っているのは一匹だけのようで、あとの二匹はあわてて建物のほうへ逃げてゆく。敵は一匹と決めて、駆けながら弓をかまえ、射た。はずれた。相手も撃ち返してくるが、こちらの弓を警戒したか狙いは粗い。とにかく巫女が逃げる時間だけは稼がなければ。

 そのとき、敵のはなった光が戦士の盾に当たった。木でできた盾は一瞬で灰になり、盾を持っていた腕は大やけどを負った。動きがにぶったところにさらにもう一発脇腹をかすめ、戦士はたまらずその場に倒れる。

 「ぐっ……、まだだ。まだやられるわけにはいかん」

 うめいて立ち上がった。一本足の巫女が安全なところまで逃げるには時間がかかる。腕と腹は見るもむざんに焼けただれているが、すぐに死ぬほどではない。遠のきそうになる意識を引き戻し、ふたたび武器を構える。日ごろほとんど祈りをささげたことのない神にむかって叫んだ。

 「神よ! あなたの巫女を守るためにどうか力を貸してくれ!」

 大地が揺れた。

 地震だ。めずらしいものではない。このあたりでは三日に一度ぐらいは地震がある。今回の揺れはかなり大きいが、それも年に何度かは起こる程度のものだ。だが怪物たちは、戦士と戦っていた者も、建物に向かっていた二匹も、みな地面に倒れていた。二本の足ではふんばりが利かなかったのだろう。これこそ神の助けかもしれなかった。

 戦士はおたけびをあげ、揺れやまぬ地面を四本の足で駆けた。揺れがおさまったときには、三匹の怪物はすべて首と胴体が離れていた。


 今回イメージした曲は、『サモンナイト クラフトソード物語』(フライト・プラン、2003年)から、

 「強敵現る!」(作曲者不明)です。


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