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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
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004:砂漠の決闘

 砂漠に朝の日がのぼり、足元の砂はたちまち火にかけたフライパンになった。熱さのあまり足が溶けてゆくかのように錯覚しながら、発泡スチロール男は四方を見わたした。長く追いつづけたかたきが、この砂漠のどこかにいるのだ。

 砂漠には背の低い岩やくすんだ色のサボテンがところどころに位置しており、身をかくす場所には事欠かないが、それは向こうからこちらを見つけるのが難しいということでもある。発泡スチロール男の真っ白な体は茶色っぽい砂漠のなかではよく目立ち、反対にかたきの茶色の体は景色の中にまぎれてしまって見えにくいことこのうえないが、さいわい飲み食いのいらないこの体。見つけ出すまで何カ月でも探しつづける覚悟だった。

 結局かたきを見つけたのは数日後のことだった。


 その日の昼ごろ、発泡スチロール男は砂漠にころがる岩のひとつを回り込んだときに、岩かげにだらしなくすわっている人間の姿を見いだしたのだった。

 「ついに見つけたぞ」と発泡スチロール男は言った。

 「見つかっちまったか。ごくろうさまなこった」とそいつ、段ボール男は言った。

 発泡スチロール男は憎しみをこめて段ボール男をにらみつけた。数年間の逃亡生活によっていささかくたびれてはいたが、その顔はかつて毎日のように目にした弟弟子のものに違いなかった。

 「師をあやめ、その研究の精華たる魔術書を盗みだすとは、きさまのような者を弟弟子と思って慈しんだこと、わが一生の不覚だ」

 「おれは最初からそのつもりで弟子入りしたんだぜ。あんたらの目がふしあなだっただけのことさ」

 段ボール男はそう言って、いまいましげに表情をゆがめた。

 「おれの計算違いはふたつ。あのじじいが最後の秘術を魔術書に記していなかったことと、その秘術をあんたには伝授していたことだ。おかげでおれは、一等劣る術で妥協せざるをえなかった。この『肉体段ボール化の術』でな!」

 「そのとおりだ。わたしが師より受け継いだ『肉体発泡スチロール化の術』のほうがあらゆる面でまさっている。軽くて丈夫、腐食もしなければ虫害にもあわず、水にぬれても損傷しない。きさまに勝ち目はないぞ」

 「だったらどうするんだい? じじいのかたきを討ちにきたんだろう、やってみろよ」

 もはや問答は無用と見て、発泡スチロール男は猛然と段ボール男につかみかかった。段ボール男も身構え、わたりあう。もはや生身ではなくなった二人にとって、殴る蹴るはほとんど効きめがない。手や足をねじ切って痛手を与え、最終的に首をひねるしか方法はないのである。もちろん火をつけて燃やしてしまう手もあるにはあるが、それでは共倒れになるおそれが大きい。しばらくのあいだ、二人は互いに相手の関節を極めようともみ合った。

 発泡スチロール男が異状に気づいたのは、格闘をはじめてしばらくたった時だった。肘や膝の関節の動きがわずかに滑らかさを欠いているように思える。段ボール男がにやりと笑った。

 「気がついたみたいだな、おれがなぜこの砂漠にあんたを誘い込んだか。ここは一面砂だらけだ。風が吹くたびにあんたの関節のボールジョイントにこまかい砂が入り込む。その状態で動けば、入り込んだ砂がしだいしだいにあんたの関節部分の発泡スチロールを削りとっていく。しまいにはあんたは体じゅうの関節がバカになって、身動きならなくなるという寸法さ」

 「きさま……!」

 発泡スチロール男はいまや敗北をさとった。段ボール男の関節は単に段ボールが折れ曲がっているだけだから、砂が入ったとて何ほどのこともない。

 「さあ、戦いをつづけようぜ、兄弟子どの」

 なすすべもなく組み討ちをつづけながら、発泡スチロール男は天に祈った。砂漠にも何年かに一度は降るという雨をいまこそ降らせたまえ、と。見わたすかぎり雨宿りできる場所などないここで雨が降れば、段ボール男はひとたまりもあるまい。

 二人の頭上に、空は雲ひとつなくひろがっている。


 今回イメージした曲は、

 『カルノフ』(データイースト、1987年)より、

 「カルノフ・テーマ」(こまつひとみ作曲)です。


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