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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
39/100

039:おつかいびより

 「だいじょうぶ? なにを買えばいいかおぼえてる?」

 玄関で靴をはいていると、ママが心配そうにきいてきたので、ぼくは元気よく答えた。

 「ぶたろうそくうすぎり二百グラム!」

 「ろうそくじゃなくてロース肉ね」

 ママがますます心配そうになったので、ぼくはいそいで立ちあがった。

 「ぶたろーすにくうすぎり二百グラム! ちゃんとおぼえたよ! だいじょうぶ、ぼくも来年には小学生になるんだから、ひとりでおつかいぐらいできるってば。いってきまーす!」

 ぼくはママからあずかった千円札と買いものぶくろを持って、外へ走り出た。

 「あ、ちょっと! 横断歩道わたるときは気をつけるのよ!」

 「わかってるよ!」

 ほんとに心配したがりなんだから、ママは。


 肉屋さんは、うちの前の道路をまっすぐ行って、信号をわたって、つぎの信号の手前のところにある。ママといっしょに何百回も歩いた道だから、まよいっこない。

 ぼくはてくてく歩いていった。きょうはお天気がよくて気持ちがいい。おつかいに行くのにもってこいだ。これからはこんなお天気のことをおつかいびよりと呼ぶことにしよう。

 横断歩道のところに来た。ちょうど青信号だ。ぼくは右をみて左をみて車が来ていないことをたしかめると、道路をわたりはじめた。ちゃんと横断歩道の白いところだけを踏むように気をつける。踏みはずすと地面のなかからワニが出てきてたべられてしまうのだ。

 「おにいちゃーん!」

 あとすこしでわたりきるというところで、急に声をかけられた。びっくりしてつんのめってしまい、あやうく白いところを踏みはずしそうになった。ワニに、ワニにたべられる!

 ぼくは手をふりまわしてなんとかもちこたえ、無事に向こう岸にたどりついた。ちいさな女の子が満面の笑顔で走ってきて、ぼくの前で立ちどまった。

 「ごめんね、おにいちゃん。だいじょうぶ?」

 「いきなり呼ばれたからびっくりしちゃったじゃないか。だいじょうぶだけどさ」

 近所に住んでいる顔見知りの女の子だった。前からぼくによくなついていて、なにかとつきまとってくるのだ。

 「おにいちゃん、いっしょにあそぼ」

 「いまはだめ」

 「ええー、いいじゃない。あそぼうよー」

 ちいさい子は聞き分けがなくて困る。ぼくは辛抱づよく言い聞かせた。

 「いまおつかいにいくところなんだ。とちゅうであそんでたらママにおこられるから、だめ」

 「おつかい? ひとりでいくの?」

 女の子は目をかがやかせた。

 「すごーい。あたしまだひとりでおつかいにいったことないよ」

 「こどもにはむりだからね」

 「あたし、こどもじゃないもん」

 女の子がふくれたので、ぼくはあわててなだめた。気分のかわりやすい子だ。

 「わかったわかった。とにかく、おつかいがすむまではあそべないよ」

 「じゃあ、おつかいがおわったらあそぼ。あたしここでまってるから、かえるときにいっしょにつれてってね」

 女の子は道ばたにしゃがみこんだ。やれやれだ。


 女の子とわかれてふたたび道を歩き、肉屋さんに到着した。ひとりでお店に入るのははじめてだ。だいじょうぶ、緊張なんかしていない。ぼくは入口の戸をあけて中に入った。

 「ごめんください」

 ちょうどほかのお客さんはおらず、肉屋のおじさんはカウンターのうしろでひまそうにしていた。

 「おう、ぼうず。どうした、ひとりかい」

 「おつかいだよ」

 「ほう、そりゃたいしたもんだ。なにを買うんだい?」

 「ぶたろーすにくうすぎり二百グラム!」

 「あいよ」

 おじさんは紙にお肉をつつんだ。ぼくはお金をわたしておつりをもらい、お肉を買いものぶくろに入れた。

 「おじさんありがとう!」

 「おう。まいどあり」

 さあ、帰り道だ。足どりも軽く、ぼくは歩いてゆく。さっき女の子に会った信号のところまで来て、そっと様子をうかがうと、女の子は道ばたにすわってよそ見していた。見つかるとめんどうだ。このままこっそり通りすぎてしまおう。

 信号が青になった。車が来ていないのをたしかめて、ぼくはすばやく横断歩道をわたった。もちろん白いところだけ踏んで。

 「あーっ、おにいちゃんまってー!」

 ちょうどわたりきったところで、むこうはやっとぼくに気がついた。でももうおそい。このまま走れば逃げきれるだろう。ぼくは走りだすまえにちらりと振り返った。そして心臓がとまりそうになった。

 「まってー、あたしもいくー!」

 女の子が脇目もふらずに横断歩道を走ってわたってくるところだった。一歩、二歩、三歩。

 「ちょ、やめ、あぶな」

 四歩めで女の子は足をもつれさせてころび、白いところと白くないところにまたがって倒れた。ドドーン!と音がして地面がまっぷたつに割れた。そこから出てきたのは、巨大なワニの頭。

 女の子が悲鳴をあげるひまもなかった。ワニは女の子をぱくりとくわえ、地面の下に姿を消した。そして割れた地面がもとに戻った。あっというまのできごとだった。

 あたりはうそのように静かになった。たったいま女の子がひとりそこにいたとは、見ていなかった人にはきっとわからないだろう。

 「ど、どうしよう……」

 だれか大人の人を呼んでくるか? でも、それで女の子を助けられるのか? ワニが女の子をたべてしまうのにたいして時間はかからないだろう。いますぐ助けなければ、助けられない。

 ぼくはついに決心して、横断歩道へむかった。足を出して白くないところを踏み、すぐにひっこめる。たちまち地面がまっぷたつに割れて、ワニが出てきた。さっきとおなじワニだ。女の子が口にくわえられたままぐったりしている。

 ワニがじろりとぼくを見た。ぼくは買いものぶくろからさっき買ったお肉の包みを取り出して、ワニに見せつけた。

 「ほら、その女の子よりこっちのほうがおいしいぞ」

 ことばが通じたはずはないが、ワニはぼくのほうににじりよってきた。ぼくはお肉をぽいとほうり投げた。ワニがそっちに顔をむけて口をあける。その瞬間をのがさず、ぼくはワニの口にひっかかっている女の子の手をつかんでひきずりだし、歩道にひきあげた。ワニはお肉をまるのみにすると、なんだか物足りないとでも言いたげにあたりを見まわしながら地面の下に戻っていった。そして割れた地面がもとに戻った。

 「うわーん!」

 女の子が泣きながらしがみついてくる。あちこち血がにじんでいるが、大きなけがはないようだ。しかたない、うちに連れていって、ママに手当てしてもらおう。

 ぼくは女の子の手をひいてとぼとぼ歩きだす。買ってこなければならなかったお肉は、ワニの胃袋に入ってしまった。きっとママにおこられるだろう。

 おつかいは意外にむずかしい。


 今回イメージした曲は、『ファンタジーゾーン』(セガ、1986年)から、

 「OPA-OPA!」(川口博史作曲)です。


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