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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
38/100

038:くろがねの怖れ

 おれの車輪が鉄の線路を蹴って走る。おれのライトが前方の闇を切り裂き、おれの煙突から出た煙は後ろの闇のなかへ溶けてゆく。機関好調。炭水車にも八両の客車にも乗客たちにも異状なし。おれは汽笛を鳴らす。長い長い長い下り坂はいつもどおり暗闇の中だ。ここは地の底。黄泉の国の入り口、黄泉よもつさかだ。


 おれも生前は国鉄に奉職して、毎日石炭を食いながらあっちの路線こっちの路線と走り回ったものだった。だがあるとき脱線事故を起こして廃車になり、気がつくと黄泉の国に来ていた。いまのおれの仕事は、新たに死んだ人間を黄泉比良坂駅から黄泉の国の中心地、かたくに駅へと運ぶことだ。

 「あーあ、毎日毎日陰気な死人どもを運ぶなんざ、いやになるよなあ。そうじゃねえか、おい」

 ――うるさい。だまって燃えろ

 鬼火のやつが変わりばえのしないグチをこぼしたので、叱りつけておく。生きているときは石炭を燃やして走っていたおれだが、黄泉の国に来てからはもっぱら鬼火でボイラーを沸かしている。燃料いらずで燃えかすも出ないすぐれものだが、おしゃべりなのが玉にきずだ。だまれと言われてだまったためしがないのである。

 いまも鬼火はおれの言うことなどどこ吹く風、火室のなかでめらめら燃えながら話をつづけた。

 「そうそう、聞いたか? 黄泉よもついくさの連中が言ってたんだけどよう、この坂のあたりをうろついてるまががいるらしいぜ」

 ――禍津日なんかたいしてめずらしくもないだろう

 つい釣り込まれて応じると、やつは得たりと燃え上がった。

 「それが! なんでも特大の禍津日らしくて、なかなか退治できないんだとよ。怖くねえか?」

 ――べつに

 「つまんねえやつだ」

 鬼火はいささか火勢を弱めてぼやいた。あまり火が弱くなるようなら適当におだてて調子にのせてやらないといけないが、このぐらいであればだいじょうぶだろう。おれはそう判断してしばらくほうっておくことにした。

 それにしても今日はいちだんと暗い。道のりのちょうど半分をきたところで、あたりは荒涼とした山また山、ゆるやかなカーブをえがきながら線路はその山裾を縫って走る。おれは最後の車両の車掌室に詰めている黄泉よもつ醜女しこめに意識をつないでみた。

 ――どうだ、客のようすは

 「おや、めずらしいね、あんたから話しかけてくるなんて。だいじょうぶ、おとなしいもんだよ」

 ――ところでさっきから何を食ってるんだ

 「ああ、これ。干しぶどうだよ。おいしいよ」

 ――そうか

 いまのおれはいわゆる幽霊列車というやつになっていて、自分で自分を運転できるので機関士は乗務していない。ただ、乗客の案内のために車掌は乗っており、今日の当番はこの黄泉醜女だった。その容貌については人間のあいだではいろいろ言われているらしいが、おれや鬼火には関係ない。少々食い意地の張っているところはあるが、気のいいやつである。

 おれと鬼火と黄泉醜女、それに乗客の亡者どもが三十人ほど。今回はだいぶ客が少なかった。このところ戦争や大災害が起こっていないから、という理由もあるだろう。なによりだと、おれは深く思う。

 「……ちょっと!」

 いきなり黄泉醜女が叫んだ。時をおなじくして鬼火もびくりとゆらめく。

 「な、なんかやべえぞ」

 ――どうした、二人とも

 鬼火が答えた。

 「おまえ、気がつかなかったのか? なんかいま、すげえ嫌な感じが……」

 「後ろ! なにか走って追いかけてきてる!」

 黄泉醜女の悲鳴を聞いて、おれはそちらに注意を向け、見た。小山のような巨大なものが線路の上を走っておれを追っている。四つ足のけもの、もっといえば狼のように見えるが、蒸気機関車ほどの大きさの狼など存在するわけがない。鬼火がつぶやく。

 「まがだ!」

 「ばかをお言いよ。あんなでかい禍津日がいるもんかい!」

 「いるんだよ! ちかごろ目撃されてるんだ!」

 禍津日というのは一種の悪霊で、決まった姿かたちをもたず、この国のあちこちに出没して悪さをしてまわっている。たいていは大きくてもせいぜい人間ぐらいで、おれの敵ではないのだが、しかしいまおれの後ろを走っているこいつはけたはずれにでかく、そのうえ速い。ぐんぐん追いついてくる。

 ――黄泉醜女、最後の車両の客を前に移せ

 「なにをする気?」

 ――知れたこと。車両を切り離す

 「わかった!」

 黄泉醜女はすばやく行動にうつり、ほどなく最後の車両は無人になったが、そのときにはもう禍津日は鼻がつくほどの距離にせまっていた。おれは体が鉄でできているせいかあまり物事に動じないほうなのだが、このときはさすがにボイラーが震えあがるような心持ちだった。おれは大急ぎで連結器をゆるめる。切り離された客車がじわじわと離れてゆく。正直に言って、これでやつを倒せるとはおれも思ってはいなかった。ただ、相手の目の前をふさいで少しでも足止めできればと考えたのだ。

 禍津日はよけるそぶりすら見せなかった。じゃまだと言わんばかりにその太い前足で車体をなぐりつけたのだ。客車はぐらりと傾き、線路の外に転がり落ちた。禍津日はろくに走る速さをゆるめず追ってくる。おれは腹を決めた。

 ――やむをえん。客車を一両だけ残してすべて切り捨てる。乗客を全員移せ

 「もうやってるよ! あと少しで終わるから待って!」

 ――鬼火、火が弱いぞ。もっとしっかり燃えろ

 「弱くねえよ! これ以上温度を上げたらおまえの体がもたねえだろ!」

 ――問題ない。ちょっと寿命が縮まるだけだ

 「大問題だよ!」

 ――おまえは人身事故を起こしたことがあるか

 質問が唐突だったか、鬼火はだまった。おれはつづける。

 ――ないなら、だまって言われたとおりにしろ!

 「ちくしょう! どうなっても知らねえぞ!」

 「お客さんの避難終わり! どーんとやっちゃって!」

 黄泉醜女が割り込んで、待望の報告をくれた。おれは思いきりよく六両の客車をいっぺんに切り離した。


 車庫に戻って停止すると、力を使いはたした鬼火はマッチの火ぐらいにまで小さくなってしまい、そのまま消えてしまうかとおれをあわてさせた。さいわい、鬼火はその大きさでとどまった。しばらく休めば元気になるだろう。

 禍津日は、六両の客車をぶつけられてもたいしてこたえた様子を見せなかった。ただ、おれのほうは車両を捨てたおかげでかなり軽くなり、どうにか逃げ切ることができた。終点であるかたくに駅の手前には事態を察知した黄泉よもついくさ一個連隊が待ち受けており、死闘のすえに禍津日を打ち倒したのだった。

 客を降ろして車庫でようやくひといきついたところへ、黄泉醜女がふらりと戻ってきた。

 「お客さん全員無事、けが人なし。まあ、もともと死んでるんだけどね」

 ――そうか。よかった

 「まったく、とんだバカだよ、あんたは。あんな無茶して」

 「そうだ。聞いたこともねえバカだぜ」

 黄泉醜女と鬼火は口をそろえておれをバカだバカだと言いまくった。おれは返事をするかわりに、汽笛を細く鳴らしてやった。


 今回イメージした曲は、『ラグナブレイク・サーガ』(クルーズ、2013年)から、

 コロッセオ戦闘BGM(曲名不明、作曲者不明)です。


 2018年4月29日、「なにをする気!?」を「なにをする気?」に変更。詳しくは同日の活動報告をご参照ください。


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