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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
32/100

032:奉納

 (スタジオ内のバラエティー番組のセット。男性司会者がカメラに向かって話す)


 「えー、次は『あなたの町内おじゃまします』のコーナーです。今回は、度古町曽古地区で先日おこなわれた節分の行事の様子を取材してまいりました。VTRでごらんいただきましょう」


 (VTR。雪の積もった真昼の広場に女性リポーターが立っている)


 「みなさんこんにちは! わたしはいま、度古町曽古地区の度古曽古小学校のグラウンドにおじゃましています。ごらんのとおりの雪景色です。そしてこちらにいま、地域のみなさんが……」


 (カメラ、色とりどりの防寒着をまとった老若男女が動き回っているのを映す)


 「……二百人以上も集まっていらっしゃいます。この近くの神社の節分の行事を準備するために、地域総出で集まっておられるのだそうです。ちょっとお話を聞いてみましょう」


 (リポーター、小学校低学年ぐらいの子供たちが集まっているところへゆく)


 「ねえ、みんな。今日の行事のこと、教えてくれるかな?」

 「お寿司つくるの!」

 「恵方巻き!」

 「でっかいやつ!」

 「神様にお供えするんだよ!」

 「大きな恵方巻きを作って、神様に奉納するのだそうです。どれぐらい大きなものなのでしょうか。こちらをごらんください」


 (リポーター、移動する。カメラ、それを追う)


 「こちらに準備されているブルーシート。レジャーなどで使われるおなじみの品ですが、今日はこれを巻き簾のかわりに使って巻き寿司を作るということで、すでに作業がはじまっています。ごらんください、何枚ものブルーシートを並べた上に海苔が敷き詰められ、そこにいまご飯を載せているところです。なにしろ量が多いので、シャベルを使ってご飯をよそっています」


 (カメラ、グラウンドの端から端までつづくブルーシートと海苔とご飯と何人もの作業員を映す)


 「こちらがわではいまようやくご飯を載せはじめたところですが、向こうではすでに具を載せているようです。ちょっと見に行ってみましょう」


 (VTR早送り。リポーター、走り出す。カメラ、それを追う。ブルーシートに沿ってけっこうな距離を走り、向こうの端に着いたところで早送り終了。リポーター、息を切らしながら話す)


 「ごらんください、ご飯の上に、大量の桜でんぶと、まるごとの大根の、漬物が何十本も、それから、茶色い縄みたいなのが、載っています。すみません、こちらの縄みたいなのは何ですか?」


 (リポーター、近くにいた初老の男性にたずねる)


 「かんぴょうをよりあわせたものです」

 「かんぴょうですか! 言われてみれば、巻き寿司にかんぴょうは付きものですね。ところで、失礼ですが、会長と書かれた腕章を付けられていますね」

 「はい。わたくし、この地区の町内会長をですね、務めさせていただいとります」

 「お忙しいところすみませんが、すこしお話をうかがってもよろしいでしょうか?」

 「ええ、よろしいですよ」

 「ありがとうございます。まず、この巻き寿司の大きさがどれぐらいかをうかがいたいのですが」

 「直径六十センチ、長さ三十メートルほどになります」

 「大きいですねえ! この大きさには驚かされるのですが、これにはどういった由来があるのでしょうか?」

 「ええ、これはですね、昨年の実りを神様に感謝し、今年の実りをお願いするという意味でおこなっとるのです。ここの神社の神様は蛇神様だということになっとりまして、巻き寿司を奉納するのは、蛇の体と同じように細長いものなので神様が召し上がりやすいという理由なんですね」

 「蛇の神様なんですか」

 「ええ。蛇神様をお祀りした神社は全国各地にありまして、ここもそのひとつだということですね。こういう大きなお寿司を奉納するようになったのは明治時代のことらしいですが、戦後の食糧難の時期などにはたいそう小さなお寿司しか奉納できなくて神様に申し訳なかったと祖父母から聞いとります」

 「こんな大きなのを作るのは大変ですよね」

 「ええ。今年は雪が積もったから良かったですが、雪のない年には外では作れません。お寿司に埃が入りますから。そういう年にはそこの小学校の体育館を借りて作りますが、どうしても手狭ですね」

 「そうですね。ブルーシートを広げる場所だけではなく、材料を準備する場所も必要ですものね」

 「そのとおりです」

 「お忙しいところありがとうございました」


 (場面切り換え。寿司を巻いているところ。ホイッスルの音や「ゆっくりゆっくり!」「そっちちょっと止めて!」といった声をマイクが拾う)


 「ごらんください、号令に合わせて数十人がかりでいっせいにお寿司を巻いています! みんなで足並みをそろえて巻かないと形が崩れてしまいますので、進みかたを確認しながら慎重に巻いていきます。たいへん神経を使う作業です。……ついに完成です! 拍手がわきおこりました。巻きはじめてから巻きおわるまで十分以上もの時間がかかっています。これからこの巻き寿司を神社に奉納に行くわけですね」


 (半ももひきをはいた上半身裸の男性数十人が出てきて、巻き寿司を担ぎ上げる)


 「ごらんのように、みそぎをして体を清めた男性がこの巻き寿司をかついで、約一キロ先の神社へと運びます。沿道には地域の人々が詰めかけて声援を送っています」


 (男たちに担がれた巻き寿司が神社の参道の石段を登ってゆくところを映したあと、場面が切り換わって、境内の様子を映す。リポーター、境内の端に立って本殿の方を見ながら話す)


 「とうとう巻き寿司が神社に到着しました! そのまま本殿に突っ込んでいきます! ごらんください、長さ三十メートルの巻き寿司がどんどん本殿に入っていき、運び終わった人々が左右に分かれて整列しています……。えっ、でも」


 (リポーター、困惑したようすでカメラを見たり本殿を見たりする。そこへ町内会長の男性がやってくる。リポーター、男性にたずねる)


 「あの、すみません。この本殿の建物、どう見ても奥行き十メートルもないと思うんですけど、いまの巻き寿司ってどこに入ってるんですか?」

 「えっ? ああ、ええと、そう、それはですね。本殿の正面の壁がですね、取り外せるようになっとるのです。ですから、本殿の建物を通り抜けて向こう側に突き抜けたわけですよ、ええ」

 「あ、そういうことでしたか。ですよね! わたしはまた、神様がこの場で奉納される端から全部食べちゃったかと思いました。そんなはずないですよね。あはは」

 「はっはっは、ご冗談を」


 (リポーターの後ろで、巻き寿司の最後の部分がずるずると本殿に引きずり込まれてゆく。整列した一同が柏手を打って拝礼する場面でVTR終了。スタジオの男性司会者がしめくくる)


 「……という行事でした。みなさん、いかがでしたか? あの巨大なお寿司は迫力がありましたね。コマーシャルをはさんで、次は『ちょっと怖いお話』のコーナーをお送りします。引き続きお楽しみください」


 今回イメージした曲は、『クロノ・クロス』(スクウェア、1999年)から、

 「死線」(光田康典作曲)です。


 2018年4月29日、町内会長の最後のほうのせりふの「えっ!?」を「えっ?」に変更しました。詳しくは同日の活動報告をご参照ください。


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