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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
31/100

031:スライム狩り

 「ポリバケツあるな?」

 「あるよー」

 「水鉄砲は持ったか?」

 「持った。酢もちゃんと用意してある」

 装備は十分のようだ。三人の少年のうちリーダー格の一人は満足そうにうなずくと、村の裏山を見上げて号令を発した。

 「よし、スライム狩りに出発だ!」

 「おー!」


 夏が近いこの時季は、一年のなかでスライムの活動がいちばん活発になる。そして村の子供たちは、野生のスライムを捕獲しては業者に持ち込んで、小遣いを稼ぐのだった。

 「おーい、見つけたぞ」

 山に分け入り、汗だくで探しまわること数十分。一人が声をあげて仲間を呼んだ。見つけたのは土の上で重いものを引きずったような跡で、よく見れば濡れて光っている。スライムがほんのすこし前にここを通ったと見てまちがいない。

 「おー、けっこうでかそうだなー」

 「ほんとだ。こりゃもしかすると運ぶのは骨だぞ」

 「おまえ、そういうこと言うのは捕まえてからにしろよ」

 興奮ぎみにわいわい言いながら、三人の少年はその跡をたどる。スライムの動きはごく遅く、三人はすぐに獲物に追いついた。

 それは、木々のまばらな斜面をのんびりと這い下りていた。ぱっと見たところは色水をぶちまけたかのようだが、端から真ん中へ行くにしたがって若干盛り上がり、中華料理のカニ玉のような形になっている。特筆すべき点は、その鮮やかな赤い色だろう。スライムといえばたいていはくすんだ緑から黒に近い色合いをしているのだが、この村の近辺で見られるものはトマトのようなみごとな赤だ。スライムをいろいろな形の水槽に密封して住居や商店の飾りつけとして用いるというビジネスが近年発展し、この種の赤いスライムは高く取引されているのだった。

 「うわー、でっかいわー」

 「こいつは予想以上だな」

 いま少年たちの目の前にあるそれは、さしわたし二メートルはあった。なみのスライムの三倍ほどもある。こんな大物は話に聞いたこともない。少年たちの意気は大いにあがった。

 「ぼんやりすんな! ポリバケツ配置につけ! 水鉄砲は準備いいな?」

 リーダー格の少年が指示を出すと、二人の仲間はすぐに動いた。一人がスライムの下のほうに回って、地面に大きな青いポリバケツを寝かせる。小さな子供を入れたら頭まですっぽり入ってしまうような大ぶりのバケツである。スライムがそのまままっすぐ進めばバケツの中におさまってしまうという寸法だ。

 「そっちに曲がるぞー」

 「わかってる!」

 もちろんスライムもすなおにバケツに入ってくれるわけではなく、左に曲がってよけようとする。だがそこに待ち構えるのは水鉄砲を持つ少年。その水鉄砲は、実在の自動拳銃の形を模してはいるものの、黄色い半透明のプラスチックでできたただのおもちゃである。だがそこからスライムの鼻先の地面にひとすじの水が放たれると、スライムはまるで実弾を撃ちこまれたかのようにあわてて、左に曲がるのをやめた。いや、それは水ではない。地面におちたその液体から立ちのぼるツンとくる刺激臭。酢だ。

 「スライムに当てるんじゃねえぞ! 色が悪くなるからな!」

 「あったりまえだ!」

 スライムはこんどは右に曲がろうとするが、こちらにも三人めの少年が水鉄砲を構えて控えており、同じように酢をまいてくる。さらに少年たちは手際よく後ろのほうにも酢をまき、スライムはさながら酢の結界のなかに閉じ込められたといったかっこうになった。酢をまいていないのはポリバケツの口が待ち構える方向だけだ。スライムの命運はここに窮まったかに見えた。

 そのとき、少年の一人が軽く頭上をふりあおいだ。さきほどまで真っ青だった空が急に暗くなってきている。

 「おっ、雨か?」

 言うか言わないかのうちに、たらいの底が抜けたかのような土砂降りが少年たちを襲った。落ちかかる分厚い水の幕に目も耳もなかばふさがれて右往左往する。

 「やべえ、スライムが逃げるぞ!」

 一人がひときわ高く叫び、仲間たちの注意を引き戻した。あわてて地面に目をやれば、いかにも、捕獲寸前だったはずのスライムはさきほどまいた酢のラインを乗りこえて逃亡しつつある。豪雨によって酢が流されてしまったのだ。

 「逃がすか、このやろう!」

 あらためて酢をはなつが、この雨のまっただなかでは何の効きめもなかった。リーダー格の少年は仲間に叫ぶ。

 「ポリバケツ持ってこい! 逃げ道をふさぐんだ!」

 「おー!」

 だがスライムは、さきほどとはまるでちがう敏捷な動きでバケツをかわして逃げつづけた。斜面にできた小さな水の流れにうまく体を乗せて移動しているのだ。いっぽう少年たちのほうはぬかるんだ地面に足をとられ、スライムの行く手に先回りすることができない。

 「そっち崖だぞ! もう無理だ、追うな!」

 スライムは悠然と崖の下へ姿を消した。少年たちはそろそろと崖のふちににじりより、下を見下ろす。崖はさほど高くはなく、下に流れる細い川と、その中にゆらゆらと沈んでいる赤いものがはっきり見えた。

 「戻ろうぜ。崖がくずれたら危ない」

 「くそー、あいつめ。こんど見つけたら絶対つかまえてやる」

 「夕立対策を考えとくか」

 少年たちは口々にぼやきながら、はげしい雨の中をしりぞいていった。


 今回のイメージのもとになったのは、『ポケモン不思議のダンジョン 赤の救助隊』(任天堂、2005年)から、

 「レックウザとの戦い」(作曲者不明)です。


 2020年1月14日追記。

 「こちらにも三人めの少年が水鉄砲を構えて控えており、同じようにに酢をまいてくる」と「に」がダブっていたので修正。


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