003:センパイとボク
「センパイあぶなーい!」
ボクはジャンプ一番、センパイの後ろにせまっていたオーガの脳天にハンマーを振り下ろした。ぐわーん!ととてもいい音がしてあたりに星が飛び散り、ボクの二倍ぐらいの高さのある巨体はゆっくりと地面に倒れ込んだ。
オーガにもひけをとらないほどの偉丈夫であるセンパイは、自分の目の前のオーガを切り伏せると、バスタードソードの血のりをぬぐいながら振り向いた。
「すまんすまん、助かったよ」
「もー、ちゃんと背後にも気をつけてくださいよー」
ボクはにへらーとした笑顔が浮かんでくるのを顔の皮の下に押し戻して、唇をむりやりとがらせた。まだ仕事中なのだ。センパイにお礼を言われたからって喜んでる場合じゃないのだ。
「四匹やっつけたか。これで外にいたやつらはかたづいたかな」
「みたいですねー。あとは村の中にいるやつです」
「親玉がいるかもしれんな」
センパイは目を細めて村の中心、家が立ち並んでいるあたりのようすをうかがった。きびしい表情をしたセンパイの横顔はふだんの五割増しぐらい男前で、とてもかっこいい。が、かさねて言うがまだ仕事中なのだ。見とれてる場合じゃないのだ。
「どうしますー? 村のひとはみんな逃げちゃって、つかまってる人もいないって話ですし、正面から乗り込んじゃってもいいと思いますけど」
「そうだな。オーガが罠をしかけたりするとも思えん。それにおれたち二人じゃどのみち力押しでいくしかないしな」
センパイは笑ってそう言うと、抜き身のバスタードソードをぶらさげたまますたすたと坂道をくだって村の中心部へむかう。ボクはあわててハンマーをかつぎなおして後を追った。とっさに返事ができなかったのは、すこしだけ胸がいたんだからだ。
たしかにセンパイとボクは二人とも鎖かたびらなんか着ちゃって重装備だから、正面突破するほかない。でも、もしかしたらもっとセンパイの助けになれたんじゃないかとも思ってしまうのだ。たとえば、もしボクが盗賊ギルドの人たちがやるような、物音を立てずにすばやく動きまわったり物かげに隠れたりする技を教わっていたら、センパイに先行して村のなかの敵の動きを探ってくることができたかもしれない。もし魔法を教わっていたら、敵の目からボクたちの姿を見えなくしたり、敵の攻撃を弱めるバリアを張ったりできたかもしれない。もしボクがもっと美人だったら、色仕掛けでオーガを誘惑……いや、それはないか。
「おっ、いたいた。オーガが四匹、これで全部かな」
「全部で八匹って話でしたから、そうみたいですねー」
気がつけばもう村のまんなかあたりまで入りこんできていた。道の先は広場になっていて、そこにオーガどもがたむろしている。ボクたちが仲間をやっつけてしまったことをもう知っているのか、ものすごい殺気をはなっていた。
「さっさとかたづけて都に帰ろうぜ」
「センパイの帰りを待ってる人もいますしねー」
「そうだな」
ついよけいなことを口走ったボクは、さらにもうひとつよけいなことをした。センパイの顔を見上げてしまったのだ。一瞬だけだけれども、センパイの顔にははにかみの表情が浮かんでいた。かりにボクが都でセンパイの帰りを待っていたとしても、センパイにあんな表情をさせることはできないだろう。いますぐハンマーを地面にたたきつけて穴を掘ってその中に埋まってしまいたかった。
センパイは目下婚約中である。お相手はとある貴族のご令嬢で、ボクもお会いしたことがあるけれども、誠実で賢そうでおまけに美人のひとだ。魔物退治なんかを仕事にしてるセンパイとは身分が釣り合わないんじゃないかと思ったけど、じつはセンパイも没落してはいるが貴族の家柄の出身なのだという。なんのことはない、センパイと身分が釣り合わないのはボクのほうだった。
身分だけじゃない。ボクなんてへちゃむくれのちんちくりんだし、自分のことをボクって言っちゃうような女の子だし、ガサツで教養なんてカケラほども持ち合わせちゃいないのだ。得物は大工道具の金槌をそのまま大きくしたような巨大なハンマーで、古代の魔法文明の遺物だとかで威力は申し分ないのだけれど、敵をたたくとまわりに星が飛び散るところはお笑いの小道具としか思えない。
「よし、おれとおまえで二匹ずつだ。いけるな?」
センパイが聞いてきた。そうだ、まだ仕事中なのだ。物思いにふけるのはあとまわし。いまは自分がケガしないように、そしてセンパイにケガをさせないようにしなくちゃいけないのだ。センパイにすてきな婚約者がいようと、いまここでセンパイといっしょに戦うのはボクなんだから。
「センパイ、手前の一匹がちょっと手ごわそうです。あれ相手してもらえますかー? 後ろの三匹はボクがやりますから」
「おれはいいが、三匹も相手にして大丈夫か?」
「だいじょうぶだいじょうぶ、ザコはまかせちゃってくださいよ。センパイこそ油断しちゃだめですよー」
ボクはそう言いながら近くの木工場らしき建物にかけこんで、長くて分厚い木の板を引っぱりだしてきた。丈夫そうな低い踏み台もあったので、これも持ってくる。無断で申しわけないけど、ちょっと使わせてもらおう。
踏み台に板を立てかけると、なにも言わないのにセンパイはボクの考えを察してくれたみたいだ。苦笑いしながら手を出してきた。
「また無茶なことを思いつきやがって。ほれ、ハンマーよこせ。あずかってやる」
ボクはにやっと笑ってハンマーを渡した。重量は軽いほうがいい。板のはしに飛び乗ると、センパイは反対側のはしに位置どった。
「気をつけろよ。行くぞ!」
センパイは体重をかけて力まかせに板を押し下げた。テコの原理でボクの体が空に飛び出す。センパイが叫ぶ。「受け取れ!」。空中でくるりと前転し、センパイが投げてくれたハンマーをつかみとる。あっけにとられているオーガの親玉を飛びこえ、ハンマーの目方を生かしてくるくるくると回転、後ろのやつの頭を真上からぶんなぐった。盛大に星が飛んだ。まずは一匹!
着地を決めたボクは、残りの二匹に向き直る。むこうでセンパイが縦横無尽に親玉を斬り立てているのが見えた。
今回イメージした曲は、『タルタロス』(INTIVSOFT、2010年)から、
「Burning Obolus」(作曲者不明)です。