026:正義の味方は白いやつ
灰色に晴れ渡った空の下に、五人は颯爽と現れた。揃いの真っ白なつなぎと真っ白なフルフェイスヘルメットを灰色の日差しに輝かせ、ズバッビシッとポーズを決めて口上を述べる。
むかって左端、鎖鎌を持った中肉中背の男が、「世のため人のために悪を正す! マッシロ・オハヨウ参上!」
むかって右端、レイピアを持ったスマートな男が、「今日も通行人の淑女のかたがたに僕の活躍をお見せしちゃうよ! マッシロ・チャオ参上!」
左から二番め、金剛杵を持ったやせた男が、「神の怒りの雷霆が貴様の上に降らんとするぞ! マッシロ・ナマステ参上!」
右から二番め、ヌンチャクを持ったスレンダーな女が、「わが功夫、とくとごろうじろ! マッシロ・ニイハオ参上!」
中央、ボウイーナイフを持ったマッチョな男が、「市民諸君、俺が来たからにはもう大丈夫だ! マッシロ・ハロー参上!」
最後に五人声を合わせて、「白色戦隊マッシロレンジャー、いざ参る!」
とある商店街の歩行者天国である。灰色の人々が灰色の街路樹を縫って歩きまわり、灰色の店を出入りして買い物を楽しむ、そんな日常の風景。そのなかでぽっかりと、とあるアイスクリームスタンドの店先だけがまるで目に見えぬ結界でも張られているかのように人けがなかった。なぜならば、見よ、そこでは赤青黄色のはでな柄物シャツを着た年配男が一人、ピンク色のストロベリーアイスクリームを立ち食いしているのである。いや、服装だけではない。男の肌は世間一般の人間のような灰色ではなく、黄色と茶色をまぜたような色合いで、唇もくすんだ赤色であった。
男は全身真っ白な五人組を目にすると、アイスの残りをコーンごと口に詰め込んで飲みくだし、色あざやかなハンカチで口のまわりをぬぐった。
「おやつぐらいゆっくり食わせてくれたっていいじゃないか」
「俺たちといっしょに来てくれれば、取り調べ室でゆっくり食わせてやるぜ。アイスクリームだろうとカツ丼だろうとな」
ハローが切り返し、チャオとニイハオも言いつのる。
「おまえがそんなふうにカラフルな格好でうろつくと、女の子たちが怖がるんだ!」
「何十年にもわたって人心を騒がせた罪、いまこそつぐなってもらう!」
男は軽く首を振ると、アイスクリームスタンドの店主にむかって言った。
「ごっそさん。うまかったよ」
「いえ、こちらこそ懐かしいものを見せていただきました」
年老いた店主は涙ぐんで礼を述べる。ショーケースの中にはバニラ、チョコレート、ストロベリー、ミント、バナナ、抹茶などさまざまなフレーバーのアイスクリームが並んでいるが、その色はどれも白か黒か灰色だ。そう、たったいま男の胃袋の中に消えたひとすくいのストロベリーアイスクリームを除いては。
「そのケースの中のアイスを全部もとの色にすることもできなくはないけれど、かえって商売の邪魔になるかもしれないから……」
「そうですな。昔を知らない若い人たちは気味悪がるか、怖がるかでしょう」
世界中の色が突如として消え失せてから数十年、ただひとりこの男だけが色を保ったままであった。この男こそは世界中の色を奪い取って独占している張本人であるとか、逆に色が失われる現象に対してただひとり抵抗をつづけているのだとか、さまざまな説がとなえられているがいずれも憶測の域を出ない。ともかくこの男の存在は当局から注目されており、最重要の指名手配をされていた。
さて、悠然と口を拭き終えてハンカチをしまった男は、ようやく白い五人組に向きなおった。
「ところでマッシロレンジャーの諸君、きみたちは私のことを凶悪な犯罪者かなにかだと思っているようだが、だとすれば私がおとなしく捕まるとは思っていないだろうね?」
「思っちゃいないが、捕まえるさ!」
言うやいなや、オハヨウが鎖鎌の分銅を投げつけた。じゃらじゃらと激しく音をたてて鎖が伸びる。男はとっさに背中をそらしてよけたが、頬からぱっと真っ赤な血しぶきが飛んだ。野次馬が悲鳴をあげ、われさきにと逃げ出す。男は頬をおさえ、あきれ顔でつぶやいた。
「こんな人ごみで飛び道具とは危ないな。そっちがその気なら、こっちも遠慮はいらないか」
言いざま、右手の人差し指からひとすじの怪光線をはなつ。光線は鎖を引き戻そうとしていたオハヨウの胸に命中、はげしい閃光を発してその場の全員の目をくらませた。何がどうなっているかわからぬまま、ハローが呼びかける。
「オハヨウ、無事か?」
「だいじょうぶ、痛くもかゆくも……うわああっ!」
やっと目が見えるようになって自分の体を見下ろしたオハヨウは、けたたましい悲鳴をあげた。なんと、純白だったはずのつなぎとヘルメットが白と青のツートンカラーに変わってしまっていたのである!
ショックのあまり鎖鎌を取り落として立ち尽くすオハヨウ。残りの四人は仲間の変わりはてた姿を見せつけられて、きおいたった。
「勘ちがいしないでほしいんだが、私は自分の好きなように色をつけているわけじゃない。それが本来もっている色を取り戻しているだけだ」
男はすまし顔で弁明したが、マッシロレンジャーの面々が納得するはずもない。
「自分のみならず他の者までも色つきにしてしまうとは、許せん!」
ナマステが大喝し、金剛杵を振りかざして突進した。男はひらりとかわすが、そこへさらに残りの三人が加勢した。チャオのレイピアが、ニイハオのヌンチャクが、ハローのボウイーナイフが、つぎつぎに襲いかかる。
「ちっ、しかたない」
逃れられないと見たか、男は俄然反撃に転じた。指先から怪光線をはなつ。今度は立て続けに四度。
「うわああ、僕の一張羅があああ」
「くっ……。自分の体ながら、なんというまがまがしさだ」
四人もやはり驚きは大きく、戦いをつづけることができない。全員が光線をくらって、オハヨウと同じくツートンカラーになってしまったのだ。色はひとりひとりちがい、チャオはピンク、ナマステは黄色、ニイハオは緑、ハローは赤であった。
男はといえば、疲労困憊した様子で額にびっしりと汗を浮かべ、肩で息をしていた。
「いっぺんに五人も色を取り戻すのはさすがにこたえたが、その甲斐はあったな。とてもよく似合っているよ、諸君。またいずれ会おう」
そう言って男はよろよろと去ってゆき、五人は茫然自失してなすすべもなくそれを見送った。
ややしばらくして五人はようやくその場を離れ、近くに停めておいた真っ白な自動車に乗り込んだ。車内はいつになく色とりどりで華やかだが、雰囲気はお通夜のようだった。
「なんてこった。これじゃ白色戦隊じゃなくて色つき戦隊だぜ」
チャオが無理に茶化して笑ったが、その声はかすれ、ふるえていた。ハンドルを握るハローがうめく。
「基地に戻ったらすぐ洗濯、いや、漂白だ」
だが、はたしてこの色がちゃんと落ちるのか、だれにもわからなかった。
今回イメージした曲は、『メルルのアトリエ』(ガスト、2011年)から、
「pinakes」(柳川和樹作曲)です。
2018年4月29日、「うわああっ!?」を「うわああっ!」に変更。詳しくは同日の活動報告をご参照ください。




