023:最終種目
『さあ、今年の体育祭もいよいよ最後の種目、恒例の『借り物パン食い障害物ドラゴン転がしスプーンリレー』です! 赤、青、黄、緑の各組の第一走者がただいま位置につきました! みなさまご声援をお送りください!』
赤組アンカーのおれは、校庭の一角で出番を待ちながら緑組のアンカーとにらみあっていた。こいつとは日ごろからどうもそりが合わず、殴り合いまで行ったことも一度や二度ではない。悪いことに、赤組と緑組は総合優勝を僅差で争っており、全力での妨害合戦になるのは必至だ。
「あはは。まあがんばって」
おれとやつの仲が悪いことを知っている青組のアンカーが声をかけてきた。こちらはすでに大差での最下位がほぼ決定しており、気楽なものである。
『第一走者、ただいまスタートです!』
選手はみな片手にピンポン玉をのせたスプーンを持ち、もう片方の手で飼育委員会が手塩にかけて育てている愛玩用の直径約二メートルのボールドラゴンをごろごろ転がしている。スプーンとピンポン玉とドラゴンが、このリレーでつなぐべきバトンなのだ。ピンポン玉を落として拾い上げているうちにドラゴンがあさっての方向に転がって行ってしまったりもするが、そんなのは困難のうちに入らない。最初の区間ではこのうえさらに借り物競走もしなければならないのである。
「おい、錬金術部! 大至急賢者の石貸してくれ!」
「だれか天狗の隠れ蓑もってる人いませんかー? お願いだから隠れないで出てきてー!」
「蓬萊の玉の枝だって? どこのバカだ、こんなもの出題したのは!」
「教頭先生、ヅラ貸してくだ……あ痛! やめて、暴力反対!」
結果、赤青黄の各組はほぼ同時に第二走者にドラゴンとスプーンとピンポン玉を受け渡したものの、緑組は蓬萊の玉の枝が資料室に展示されていることに気づくのが遅れ、さらに展示ケースの鍵を開けてもらうのにも手間取って、大幅に引き離されることとなった。おれは親愛なる緑組アンカー氏に激励の笑顔を向けてやった。
『各組第二走者がスタートしています! なお、この区間では料理研究会から全面的に協力いただいております。料理研究会のみなさん、ありがとうございました!』
第二走者はドラゴンを転がしスプーンでピンポン玉を運びながらパンを食べなければならない。この区間の肝は、どのようにしてパンを捕獲するかに尽きる。料理研究会の気ちがいコックどもときたら、パンを鳥の形に作ったうえで式神を憑依させたのだ。かりそめの命を与えられたパンはレース直前にかごから出され、コースの上空をぱたぱた飛んでいる。
『青組、気弾をはなってパンを撃ち落としました! オーソドックスな手法ですが、勁力が強すぎてパンがほとんど消し炭になってしまっています。これは食べると体に悪そうです。おおっと、別のパンが一個、突然地面に落ちました! 完全につぶれていますが、これは……黄組走者の重力魔法によるものですね! 技術の高さがうかがえます。いっぽう赤組走者はずいぶん長く呪文を詠唱しています。あ! これは召喚魔法です! 赤組、怪鳥ガルーダを召喚してパンを捕獲させるという大技を披露! 観客席から拍手が起こっています……が、ああー! 捕まえたパンをガルーダが自分で食べてしまいました! 総合得点から減点となります!』
わが赤組は、さらに第三走者へのバトンタッチの際にもへまをやらかした。スプーンを受け渡すときにピンポン玉を落としてしまい、しかもそれをドラゴンに踏みつぶされたのだ。すぐに代わりのピンポン玉を用意してもらえるが、ふたたび減点である。しかもそのドサクサで緑組にまで抜かれ、最下位に落ちてしまった。ちらりと緑組アンカーを見ると、にこやかな笑顔で手を振ってきやがった。あの野郎、あとでシメる。
第三の区間は障害物競走である。去年は血の池地獄だの針山地獄だのを模したコースを設営していてなかなか凝っていたのだが、今年の体育祭実行委員会はコースに地水火風の四大精霊をてきとうに放しただけだ。手抜きである。
だがその危険さは並大抵ではない。地面がのたうって絶壁や地割れをつくるかと思えば、鉄砲水と落雷と竜巻が好き勝手にコースを荒らしまわる。走者はスプーンを持った手で護りの印を切って身の安全を確保しつつ、もう片方の手でドラゴンを転がして走るのである。
『これは危ない! 崖を迂回しようとした赤組の走者が緑組のドラゴンにはねられました! 衝撃でコースの外まではじき飛ばされています! はねた緑組のほうも妨害行為と見なされ減点! いっぽう黄組はピンポン玉を突風で学校敷地外まで吹き飛ばされてしまいました! 大幅にタイムロスです! 先頭の青組は地震で液状化した地面にドラゴンが埋まってしまい、掘り出すのに時間を取られています! ああっ、緑組火山岩の直撃によりスプーンが折れてしまいしました! 再度減点です、これは痛い!』
そしていよいよアンカーの出番がきた。現在の順位は青、黄、赤、緑の順だが、タイムの差はわずかだ。おれは半死半生で走ってきたチームメイトからドラゴンとピンポン玉とスプーンを受け取った。緑組アンカーがバトンタッチにそなえて身構えているのをちらりと見やって走り出す。いざ勝負!
最後の区間には借り物もパンも障害物もない。ただドラゴンをころがしつつスプーンからピンポン玉を落とさずに走るだけである。だが、このリレーで最も過酷なのは最後の区間だと言われている。理由はこのドラゴンだ。
ボールドラゴンはまんまるな体型のためにペットとして人気の動物で、巨体に似ず性質もごく温和だが、それは通常の環境での話。体育祭の大観衆の叫び声と鳴り物のなかでゴロゴロと長い距離をころがされ、あげくのはてに前の区間では天変地異の連続攻撃にさらされてきたとなれば、これはもう、そうとう気が立っている。
『赤組ドラゴン、コースをはずれて観客席に突進してゆきます! これは大減点です! なお、観客席は結界を三重に張ったうえ、万一にそなえて治癒の霊薬も用意してありますのでご安心ください』
観客はそれでいいだろうが、おれのほうはなんとかこのデカブツをコースに戻そうと四苦八苦である。なにしろ体重一トンはあるのだ。チームメイトたちの悲鳴まじりの声援が聞こえてくるが、金切り声などあげられるとドラゴンがますます興奮して暴れるのでだまっていてほしい。
『緑組ドラゴン、ついに緑組アンカーに襲いかかりました! 炎を吐いてアンカーを攻撃しています! アンカーも応戦していますが、この状態でドラゴンをころがすのは困難でしょう』
はっ、ざまあみやがれ。
しかしこちらのドラゴンもなかなかコースに戻ろうとしない。おれは業を煮やしてスプーンを口にくわえ、身体強化魔法をフルパワーで起動すると、ドラゴンをよいしょと頭上に持ち上げた。コースにもどり、そのまま歩き出す。これには観客席から大歓声が巻き起こった。
『赤組、なんとドラゴンをころがさず抱え上げて歩いています! 反則ではありませんが、これほどの馬鹿力……もとい脳筋……もとい豪傑は、本校の歴史上初めてではないでしょうか』
実況係め、あとでおぼえてろ。それにしてもこのドラゴン、よく肥えていて非常に重い。飼育委員会の連中、無駄にいい仕事をしやがる。その巨体が短い手足をばたばた動かして暴れるのだから、こちらはドラゴンとピンポン玉を落とさないよう一歩一歩必死である。スピードを出すなど思いもよらない。
『黄組一位でゴール! 続いて青組もゴールです! 残る二組ですが、おおっと、緑組ついにドラゴンを屈服させました! ごろごろ転がして赤組を追い上げます!』
後ろからやつが近づいてくる気配がする。さすがにドラゴンを持ち上げたままでは振り切れない。だがおれはこの状況を切り抜ける手をとっさに思いつき、丹田でひそかに気を練った。
やつがおれに追いつき、すぐそばを追い抜いていった。今だ! おれは練り上げた気を手からドラゴンの体内へ放つ。それはドラゴンの体の奥にとおっていって、とある臓器に達した瞬間、一気にはじけた!
グゲッ! ガボァー!
ドラゴンにとっては内臓を直接なぐられたようなものだろう。おれの狙いどおり、そこは炎の息の燃料をためる臓器、通称火炎袋。そんなところを刺激されて、ドラゴンは反射的に炎を吐いた。炎はまっすぐに緑組アンカーの無防備な背中へ。観客席が悲鳴を上げた。
『なんということでしょう、緑組アンカーに赤組ドラゴンの吐いた炎が直撃! 緑組黒焦げになって倒れました!』
やつが白目をむいて気絶している横をおれは悠々と通りすぎ、三位でゴールインした。緑組はアンカー負傷退場のため途中棄権となった。ハッハッハ、お大事に。
そして総合優勝はおれたち赤組……ではなく、なんと黄組であった。リレーの前までは大差をつけられて優勝争いの圏外にいた黄組だが、赤組と緑組がそこここで減点を重ねたせいで逆転してしまったのであった。
今回イメージした曲は『南国少年パプワくん』(Daft、1994年)から、
メカヨッパライダー戦BGM(曲名不明、作曲者不明)です。




