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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
22/100

022:弓

 衛兵たちの最後の一人が斬り伏せられるのと、弓使いが謁見の間に駆けつけるのが同時だった。もし到着が少しでも遅れていたら、刺客はたやすく王をその手にかけていただろう。

 いまや部屋の中には、生きている者は弓使い自身を入れて三人だけ。そのうちの一人、敬愛する王は、ふだんと何の変わりもない様子で玉座にすわっていた。手には王笏を握っているが、ひとたび刺客が刀を振り下ろせば、ふせぐことはかなうまい。幼少のころに大病をわずらって、王は武芸はおろか歩くことすらできぬ体となったのだ。

 だから、王がなんらかの武勇を必要とするときには自分は必ずその場にあろうと弓使いは心に決めていた。

 「陛下から離れろ、薄ぎたない暗殺者め!」

 弓使いは弓に矢をつがえた。その弓は辺境の山脈に棲む竜の骨から削り出したもの。並の人間であれば十人がかりでようやくたわめることができるそれを、弓使いは当たりまえのようにやすやすと引きしぼった。右手には同じ竜の革でつくった手袋。弓の弦もまた同じ竜の肢の腱を裂いて縒り合わせたもので、絹糸のように細いくせにおそろしく強く、この手袋をつけずに引けば指が落ちてしまうのだ。

 刺客は背後の弓使いにはかまわず、王にむかって刀を振り上げた。その判断は正しい。刺客が立っているのは弓使いと王のちょうどあいだの位置であり、王に当たってしまうことをおそれて、矢をはなつことなどできぬはずである。

 だが、弓使いは刺客のむこうで王が小さくうなずくのを見た。陛下はおれの腕を信じてくださっている! 王への感謝と尊敬の思いが炎のように燃え立ち、弓使いは全身全霊をこめて矢をはなつ。ねらいたがわず刺客の頭を串刺しにすると見えた矢は、しかし寸前でかわされ、王の頭の上を飛び去った。刺客はまるで背中に目がついているかのようだった。十人はいたはずの衛兵をすべて倒して王の身にせまったことを見ても、相当の手練れのようだ。

 ひとたびは飛びのいたものの、刺客はまだ王を狙うのをあきらめていなかった。だがふたたび王に斬りかかろうとしたとき、細長いものが回転しながら飛んできて、足をとられた刺客はたたらを踏んでその場にとどまった。それは矢である。弓使いが、弓をつかわずに手で投げつけたのだ。

 そしてその一瞬で弓使いは王と刺客のあいだに割り込んでいた。これで、もし刺客が手裏剣か何かを投げたとしても防ぐことができる。

 「陛下、もうご安心ください。御身には指一本ふれさせはいたしません。この賊もただちに捕縛いたします」

 王の答えはこのようなものであった。

 「それには及ばぬ。この暗殺者もなかなか骨のある男と見た。捕まえても自害するだけで、誰に命じられたかを漏らしはすまい。同じ死ぬのであれば、いたずらに苦しまぬようおまえの手であの世に送ってやれ」

 「御意!」

 刺客の顔に一瞬だけ恐怖が走った。弓使いではなく、王への恐怖である。自分で自分の体さえ支えられないひよわな人間に恐れをいだいたことは、ひとかどの武芸者であるだろうこの男にとって屈辱だったかもしれない。その表情はすぐに消え、両手で持った刀を猛然と弓使いの頭上へ送り込んできた。渾身の、また会心の一撃であり、まともに食らえば頭から股間までまっぷたつにされてもおかしくなかった。弓使いはあやうく身をかわすも、左手に持つ弓の弦を刀の切っ先にひっかけられてしまった。

 もらった、と勝利の叫びをあげこそしなかったが、刺客の目がぎらりと輝いた。そのまま刀を押し込んで、弦を断ちにかかる。だが。

 「そのへんの軟弱な弓といっしょにしてもらっては困るな。刃物を当てたぐらいで切れるような弦は使っていないのだ」

 弓使いがうそぶいたとおり、弦は押し込まれはしても切れはせず、それにつれて弓はどんどんたわんでゆく。ころあいを見て、弓使いは横にしていた弓を立てた。弦が切っ先から外れる。りん!という小気味の良い音とともに弓が返り、勢いあまった弦がしたたかに刺客の顔面を打った。顔の肉が裂け、血しぶきが飛んだ。

 悲鳴をあげるのはこらえたものの、刺客はのけぞって体勢をくずした。その脇を弓使いが駆け抜け、大きく一歩踏み込んで振り返る。その右手は弓の弦を引いているが、左手に弓はない。すれちがいざまに弓を刺客のあごにひっかけ、のどの肉に食い込ませたのだ。刺客の背中を、蹴るというより踏みつけて、後ろに倒れ込まないように支える。自分の手ではなく刺客の首を支えにして弓を引きしぼる格好になった。刺客はもがきつつも刀を逆手に握りなおし、右の脇から背後を突く。だが遅い。

 弦を離す。強靭な弦はうなりを上げて飛び、刺客のうなじへ。後ろから前へと、そのまま抜けた。首が床に落ち、刀が落ち、最後に胴体がどさりと倒れた。

 「おれもいずれ地獄に行くことになるだろう。恨みがあればそのときに聞いてやるから、おとなしく待っていろ」

 弓使いは刺客の亡骸に言い捨てると、弓をひろいあげて王のもとへ向かった。


 今回イメージした曲は『ロックマンX3』(カプコン、1995年)から、

 「Frozen Buffalio Stage」(山下絹代作曲)です。


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