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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
18/100

018:彼の二百年

 山あいの村に夜明けがきてニワトリが鳴くと、彼も身を起こす。村はずれに建てられた巨大な小屋からいざり出て、あちこちの関節をきしませながら立ち上がった彼は、身長十メートル、体重二十トン。金属とセラミックでできた巨人である。夜のあいだに雪が降って、あたりは何もかも真っ白だったが、彼が歩くだけで木々の枝からは雪がわっさわっさと落ちた。

 「おはよう、今朝も早起きだね」

 足もとに駆け寄っていつものように声をかけてきたのは、近所の農家の十歳になる息子だった。木刀を肩にかついでいるのは、村の衛士のところへ日課の朝稽古をつけてもらいに行くところだからだ。

 「オウ ケサハ ズイブン サムイナ」

 人間で言うなら腰のあたりに装備されている外部スピーカーが、ぎこちなく挨拶を発した。もっとも、早起きも何も、彼は睡眠や休息を必要としない。村人が寝ているときに活動するのは迷惑だから夜はおとなしくしているだけのことである。

 「アトデ ヤネノ ユキオロシニ イクッテ オフクロサンニ ツタエトイテクレ」

 「わかった。じゃあね」

 朝食がすんだころを見はからって、彼はくだんの農家をおとずれた。巨大な足音が近づいてくるので到着を察したらしいおかみさんが、家を出て出迎えた。

 「せがれから聞いたよ。すまないね、手間をかけさせちゃって」

 「オヤスイ ゴヨウダ ソレヨリ オクサン サンニンメガ デキタッテ キイタゾ オメデトウ」

 「あらやだ、耳が早いね。ありがとう」

 「ダイジナ ジキ ナンダカラ オトナシク シテテクレ ダンナサンガ デカセギチュウデ ココロボソイ ダロウガ ナニカ アレバ チカラニ ナルカラ ナンデモ ソウダン シテクレ」

 話しながら、彼はその大きな手で屋根の上の雪を取っては投げ取っては投げ、またたくまに片づけてしまった。

 「ありがとう、たすかったよ。お茶でも飲んでいっておくれって言いたいところだけど……」

 「キモチダケ モラッテオクヨ アリガトウ」

 この日の午前中、彼はほかにも何軒もの家をまわって屋根の雪おろしをし、どの家でもつかのまおしゃべりに花を咲かせた。午後からは、村長の家で新年の準備のために餅つきをするというので、その手伝いに行き、大いに感謝された。餅をつくための杵ごとき、彼は二本の指であやつることができる。

 それがすむとこんどは、おとついの晩に大往生した炭焼きの爺さんの棺桶ができあがったのでそれを家まで運ぶのを手伝ってほしいと頼まれた。運んだ先では型どおりの、しかし心のこもったお悔やみを述べ、故人の若かったころの逸話を二三披露して、集まった村人たちの涙まじりの笑いをさそった。彼は爺さんが生まれるよりずっと前からこの村に住んでいるので、話題豊富なのだ。

 朝にも言葉を交わした農家の息子が血相を変えて呼びにきたのは夕方、彼が村はずれの巨大な小屋に引き上げてすぐのことだった。いそぎ向かった村の入り口の番所には、衛士や村長をはじめ村の主だった連中がすでに集まっていた。彼はまっすぐにそこに行って、聞いた。

 「バーサーカーガ デタソウダナ タシカカ」

 「あ、ああ。遠くからだがまちがいないと言ってる」

 くわしく聞いてみると、猟師の一人が村の近くの山のなかで彼によく似た巨人型の兵器を見たのだという。それは二百年前に世界の九割を滅ぼした戦争の最後の名残り。無差別に人を殺してまわる、バーサーカーとあだ名される自律兵器におそらくまちがいあるまい。この村の近辺に現れたのは四十年ほど前が最後だが、それより前にはもっと頻繁に出たものだ。そしてそのすべてを彼は倒してきた。

 「ワカッタ オレガ タタカウ」

 「……すまない。あんたにばかり押しつけて」

 「カマワナイ コレハ オレノ ヤクメダ ミンナハ オレガ マケタ トキノ タメニ ニゲル ジュンビヲ シテイテクレ」

 あわただしく動きはじめた人々を置いて、彼は村を出た。手には家から取ってきたひと振りの木刀。長さ五メートルはあるこれが、いまの彼の唯一の武装だ。

 猟師がバーサーカーを見たという山に入る。ほどなく日が暮れてあたりは真っ暗になったが、暗視装置があるので行動に支障はない。やがて木々が断続的になぎ倒されたりへし折られたりしている場所を発見した。バーサーカーといってもいろいろ種類があるが、今回のやつは彼と同じような巨人型らしいので、山中で行動すればかならずこういう破壊のあとを残す。どちらへ移動しているか見当をつけ、彼は追跡をつづける。

 村を出てから二時間後、ついに彼はバーサーカーに追いついた。バーサーカーは、亡くなった炭焼きの爺さんの仕事場である炭焼き小屋を素手で打ち壊しているところだった。こいつの任務には対人攻撃のほかに施設破壊も設定されているらしい。

 むこうも彼に気づいて破壊の手を止め、身構えた。ついに目の当たりにしたその姿は、彼にすこしばかり感慨をもたらした。同じ巨人型で、体格もほぼ同じ十メートル級。それどころか、同型機でこそないものの、彼と同じメーカーの製品だった。彼も製造時に搭載されるプログラムによってはバーサーカーとして出荷され運用されていたはずであり、だとすればいま目の前にいるこいつは別の運命をたどった彼自身であると言ってもよかった。

 彼はスピーカーを起動した。ふだん村で無駄口をたたいているときとは違う、流暢なバリトンが流れ出た。

 「武器を捨てて投降しろ。抵抗すれば射殺する」

 流暢なのは当然だ。標準装備されているいくつかの音声データのひとつをそのまま再生したのだから。ふだん彼が使っているきれぎれの音声は、これらの音声データを一音単位で切り貼りしてこしらえたものにすぎない。

 しかし、再生されたせりふの内容は、厳密に言えば実情に即していないところだらけだった。相手は武器を持っていないし、射殺しようにも彼のほうも弾薬などというものには百年以上もお目にかかっていない。さらに言えばこのせりふは人間の戦闘員に向けて発すべきものであって、バーサーカー相手であればいきなり攻撃を加えたところで交戦規定には違反しないし、そもそも交戦規定をつくった国家がすでに存在していない。だから、このメッセージをわざわざ再生したのは、彼の感傷だったのかもしれなかった。

 投降の呼びかけに対してバーサーカーは何の反応も示さなかった。彼もそれ以上は言葉を重ねることなく、先手を取って間合いを詰めた。右手ににぎった木刀を振りかぶり、相手の脳天めがけて振り下ろす。巨人型兵器どうしの格闘では、その質量ゆえに動き出しはどうしても遅くなり、攻撃をかわされたときの隙も大きくなる。そのため相手の攻撃をさそってカウンターを決めるのがセオリーだ。それを知らないかのような彼の単純な攻撃を、バーサーカーは余裕を持ってかわし、彼の右側に回ってなぐりかかってきた。

 彼は落ち着いていた。木刀を振り切った勢いを殺さずそのまま左足を送って体を回転させ、背中から相手にぶつかってゆく。間合いをつぶされた相手のパンチは肩を鈍く打って装甲をわずかにへこませるにとどまり、彼の左ひじは十分な加速を得て相手の胴に激突した。体重二十トンがはねとばされて立ち木をなぎ倒しながら転がった。まだ機能停止にはいたらないだろうが、相当な痛手のはずだ。彼は木刀を握りなおして、相手が起き上がらないうちにふたたび間合いを詰める。

 戦いはほどなく終わった。動かなくなったバーサーカーを片づけるのは後のことにして、彼は村への帰途につく。彼の身を案じているであろう村人たちを早く安心させてやりたかった。


 今回イメージした曲は、『ファントム・キングダム』(日本一ソフトウェア、2005年)から

 「ビッグゲスト」(作曲者不明)です。


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