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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
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011:雪上輸送兵の憂鬱

 「攻撃開始ー!」

 丘の上であがったガキ大将の号令とそれにつづく十人ぶんの鬨の声を遠くに聞きながら、みそっかすの少年はそりを引っぱった。木でできた子供の雪遊び用のそりには、げんこつほどの大きさの雪玉が積めるだけ積んである。

 少年がガキ大将から言いつかった役目は、輸送兵である。近くの林のはずれに同じように雪玉を積んだそりが都合十台置いてあるので、それを引っぱってガキ大将ひきいる本隊に補給を行うのだ。もし補給がとどこおれば本隊は雪玉をその場で生産しなければならず、その火力、もとい、雪力は大いに低下するであろう。少年の役目は重大である。

 とはいうものの、少年がその役目に就けられた理由は、仲間のなかでいちばんひよわで、雪玉を投げるのがへただったからにほかならない。言われたとおりにそりを引いて雪の斜面を駆けあがりながらも、少年は内心くさっていた。

 「おせえぞ! はやくつぎのを運んでこい!」

 息をきらしながらやっとのことで丘のてっぺんにたどりついた少年を、ガキ大将はねぎらうどころか振り向きもせずにどなりつけた。少年はすごすごときびすを返す。もたもたしていたらげんこつが飛んでくるのは目に見えていた。

 「雪玉どんどん投げろ! 今日という今日はあの気取った女を泣かしてやるんだからな!」

 ガキ大将が手下どもを叱咤する声を背に受けつつ、少年は丘を駆けおりた。丘の上でちらりと見たところでは、戦況は有利に展開していた。丘は村の中心から村はずれの魔法使いの屋敷へつづく小道を見下ろしている。一同はいくつかの道を手分けして監視し、敵がこの道を通るのを見つけると集合していっせいに襲いかかったのだ。丘の上から降りそそぐ雪玉の嵐には、敵もいつものように反撃することができず、防御に終始しているようだった。ガキ大将の言うように、もしかすると今日こそはひとあわ吹かせてやれるのかもしれない。

 積もった雪に足をとられながら、丘の下の雑木林のはずれの、補給基地という名の空地に帰り着いた。ひと休みしたいのはやまやまだったが、ガキ大将がこわいので、ずらりと並んだそりの一台を引いてすぐにまた丘をのぼりはじめる。へとへとになりながら丘をのぼりきった少年は、そのときになって本隊がだいぶ移動していることに気がついた。どうやら敵が丘をめぐって移動し、本隊は丘の稜線づたいにそれを追って行ったものらしい。がくがくする足にむちうってさらにそりを引き、どうにか本隊に合流したものの、そのときには戦況はだいぶ変わっていた。敵が林のなかに逃げ込んだのだ。

 「くそっ、おまえら投げるのに夢中になって見失ってるんじゃねえよ」

 自分も見失ったことを棚に上げて、ガキ大将は手下どもを叱った。

 「いいじゃん、あいつ逃げちゃったんだから、おれらの勝ちってことで」

 「ばかやろう、あの生意気な女が逃げるわけねえだろ。隠れて、おれたちが油断するのを待ってるんだ」

 仲間の一人がのべたのんきな意見に、ガキ大将ははげしくかみついた。議論がはじまるが、このまま林の中に追って行ったらまちがいなく返り討ちになるだろうというところは全員の意見が一致しており、さすがのガキ大将もなかなか決断をくだせないでいる。輸送兵の少年はこれ幸いと一息いれていたが、ガキ大将が気づいて「さっさとつぎのを取りに行け」とどなったので泣く泣くきびすを返した。


 そして帰り着いた補給基地で、ばったり敵と出くわした。


 敵はそこに残っていたそりを全部ひっくりかえして、雪玉をふみつぶしているところだった。おそらくガキ大将のどなった内容からどこかに補給物資が隠してあるにちがいないと見当をつけて、ここを探し当てたのだろう。

 敵が顔をあげた。あいだに十歩の距離もない目と鼻の先で、少年は敵を見た。仲間のなかでいちばん体の小さい少年よりもさらにやせっぽちでありながら、この冬ずっとただ一人で村の悪ガキ十人以上を圧倒してきた少女の姿を。丘のむこうからここまで走ってきたのだろう、息をはずませており、マントのフードもぬげて色のうすい短い髪をさらしている。

 少年が何の行動も起こせないでいるうちに、少女が動いた。すばやくなにかの呪文をとなえる。つぎの瞬間、少女の足元の雪のなかから十個もの雪玉が飛び出して少年の全身に命中し、その場に打ち倒した。

 「てめえ、何してやがる!」

 丘の上のほうからどなり声が降ってきた。敵が補給物資を襲っていることに気づいたガキ大将が、空になったそりに乗って斜面をまっすぐに下ってくる。少女はそちらに顔を向けると、ふたたび呪文をとなえた。足元の雪がひとりでに雪玉になってはガキ大将に向かって飛び出してゆく。ガキ大将はたまらず地面に飛び降り、そりをひっつかんで盾にした。たちまちそりの底は雪まみれになった。才能を見いだされて村はずれの魔法使いから教わっているという少女の魔法は、みごとの一言に尽きた。

 ガキ大将の後ろから手下の連中も走ってくるのを見て、少女はつぎはそちらに雪玉を撃ちはじめた。雪玉を投げ返してくる者もいるが、すべて空中で相手の雪玉に撃ち落とされて、ひとつも少女のところには届かない。

 輸送兵の少年は地面に倒れたまま、こっそり雪をかきあつめた。少女が完全にこちらに背を向けたのを見て、静かに身を起こす。一歩二歩と歩いて相手を間合いにとらえ、おたけびをあげて飛びかかった。少女のマントのフードをつかんでひっぱり、もう片方の手に持っていた雪を首すじから背中に投げこむ。

 「ひあああーっ!」

 かんだかい悲鳴があがり、足元から発射されていた雪玉の弾幕がぱたりとやんだ。


 少女はほうほうのていで逃げてゆき、少年たちは勝利に沸いた。

 よくやった、見直したと言って笑いながら肩を抱いてくるガキ大将に適当な受けこたえをしつつ、輸送兵の少年は最後にちらりと見た少女の姿を思い出していた。べそをかきながらにらんできたその顔を思い浮かべると、どうも落ち着かない、いたたまれない気持ちになるのだった。少年はぼんやりと考える。

 こんど会ったら謝ろう。



 今回イメージした曲は『洞窟物語』(開発室Pixel、2004年)から、

 「わんぱくロボ」(Pixel作曲)です。


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