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王子様は夜会で天使に会いました

作者: 瑠璃波璃

 赤い絨毯が敷かれたダンスホール。煌びやかなシャンデリアの光が豪奢なドレスに身を包んだ婦人方や殿方を照らす。

 華やかなワルツに合わせて軽やかに踊る人々。それを横目に、俺はウェイターから果汁の入ったグラスをもらう。

「ありがとう」

そう告げれば、驚いて見開かれる彼の瞳。ああ、頭が痛い。

 これは、常識だというのに。

 何故、俺が驚かれねばならないのだろう。

 それもこれも全てあの王妃と弟たちのせいに他ならないのだが、俺の立場では何も言えない。


************


 俺の名前はアルフレッド。この王国の第一王子である。かといって王太子という訳ではない。

 この王国の王位継承権は変わっていて、『王族の魔力』によって決まる。

 『王族の魔力』はその名の通り王族のみが持つ魔力だ。とても特別な波長をしていて、普通の人間には表れない。と言っても、別に俺も研究者というわけではないから詳しくは知らないのだが。ただ、その昔聞いた話によるとその波長の強さによって王位継承権が決まる、らしい。それを判別するのが『王の椅子』だ。

 『王の椅子』は現王の魔力によって動く。王族の子息子女は須く十六の年、即ち成年を迎えた年にその玉座に座る。すると、継承権一位から五位の各人にはその証明となるものが与えられる。召喚魔法の魔方陣が組み込まれているらしい。

 一位には長剣が。

 二位には短剣が。

 三位には首飾りが。

 四位には指輪が。

 五位にはイヤリングが。

 その時初めて、自分が継承権を持つのか、何位なのかを知る。

 俺は今十歳だから、分かるのは六年後。

 もっとも、それまで生きていられたら、だが。


 改めて俺の境遇を話そう。

 俺は現王と元正妃の間に生まれた。

 元、というのは俺が二つの時に母である正妃が王宮を出たからだ。

 理由は知らない。噂では、様々な不幸が妃を襲ったからだとか、王が側妃にばかり傾倒していて嫉妬したとか、いろいろ言われている。一番一般的なのは、不治の病にかかり、王妃としての公務を全うできないため、と言ったところか。しかし、実家であるルデナス伯爵家にも戻っていないそうで、王宮を出奔後の正妃の行方は謎である。

 で、だ。

 王としての仕事の他に、王妃にだって仕事はある。それも、王には到底不可能な仕事ばかり。だから、現王は側妃を正妃にした。

 わが国は基本一夫一妻制だが王族のみ異なり、王妃の仕事を勉強する側妃がいて、万が一正妃に何かあった際にはその側妃が正妃と成り、新たな側妃が娶られる。まあ、現正妃――つまり元側妃が何かごねて現在側妃は存在しないのだが。そして、俺が三つの時現正妃に第一子が生まれた。性別は男で、つまり第二王子だ。

 俺は、邪魔者となった。

 俺の生母である元正妃は実家が伯爵家で、現正妃は侯爵家の娘。まず、後ろ盾が少し弱い。更に、母はすでに過去の人。現在の正妃の方が強いに決まっている。また、現王陛下は病気で寝込み、現在王族として一番力があるのは現正妃だ。

 我が子を王とするために、俺を殺すことを現正妃は厭わないだろう。

 彼女は野心家で、学生時代から黒い噂の絶えない人だったらしい。側妃になれたのだって、何故か他候補たちが悉く辞退していったからだ。また、なかなか辞退しなかった者は暴れ馬に跳ねられ死んだらしい。誰どう見ても怪しいのだが、なまじ高い身分の娘であった訳ではないらしく、狡猾で、これほどまでに貴族らしい貴族の令嬢はいない、と持て囃されたらしい。その分、現王族は皆傲慢であるという不名誉きわまりない説を立てられてしまったのだが、それはまた別の話。

 実は、母が王宮を出たのも彼女が何かしたからではないかと思っている。それほどまでに、王妃、ましてや正妃の出奔は可笑しいことなのだ。

 そして、事実現正妃の俺を見る目はどこまでも冷たい。常に相手にされないし、本来第一王子の出る場所でもだされるのは彼女の息子である第二王子だ。

 彼女の子どもが第二王子だけであればまだ有事の時のためにと生かされたかもしれない。だが、彼女は多くの子どもを産んだ。王女を三人、王子を五人。代わりなんていくらでもいる中で、あえてこの邪魔者を代わりに、なんて酔狂なことを考えるはずがない。

 それに、現時点で一番王位継承権一位の可能性が高いのは何を隠そうこの俺なのである。兄弟の中で一番潜在魔力値も、魔力上昇率も高い。災厄の種以外の何者でもない。もっとも、そのお陰で今安全に生きることが出来ているのだが。一端の宮廷魔術師ですら契約が難しいとされる高位精霊と契約でき、守護が成されて力を借りることが出来たからだ。

 だからこそ力をつけられる前に何時凶行に走られても可笑しくはなかった。

 重ねて言おう。

 俺は何時殺されても可笑しくない。

 その恐怖は、常に俺の中に在る。


**********


 グラスを片手に壁にもたれかかる。

 自惚れでも何でもなく、第一王子という俺の身分は周囲の人間に群がられるものである。にも関わらず、俺の周りには誰も近寄らない。視線一つ向けない。挨拶もない。

 この事からも分かる。

 俺の存在は邪魔者でしかないと言うことが。別に今に始まったことではないが、無視というのは辛いことだ。それとは別に、明らかに侮蔑を込めた視線を送られると煩わしい。主に身内――四つ下の双子の第一王女と第二王女、今年三つになる第三王女、三つ下の第二王子と五つ下の第三王子、そのひとつ下の第四王子、と、まだまだ赤子同然の第五王子以外、何故か全員集合している――の視線だが、特に、人に群がられ、迷惑そうにしながらも時々こちらを見やり俺を嘲う第二王子という身分の弟が、とにかく苛立たしい。

 別に、奴の身分や状況が羨ましいのではない。ただ、年齢差を差し引いても明らかに俺より愚かで弱い人間に、上から目線をされると言うことが腹立たしいのである。人として普通の反応だろう。

 何だかこの場所にいるのも馬鹿らしい。と言うより、自分で夕食をとるために動かなくてはならないのが煩わしい。普段なら王宮の奥宮にある私室で時間になれば食事をとれるというのに。

 背に腹は代えられない。とにかく、食事をとりたい。


 食事ののっているテーブルは少し離れたところにあった。

 あまり腹にはたまらないような上品な少量の料理ばかりだが、入れておけば少しは違うだろう。

 少量を皿に取り、開いているテーブルを見つけてそのそばへ移動した。さすがにグラスも持っている状況ではとったはいいものの食べられない。幸いダンスに興じているものがほとんどなので、俺は見向きもされなかった。

 グラスをテーブルにおいて、料理を一口。

 見た目通り、とても旨かった。繊細で、今まで食べたことがないような複雑で深みのある料理だ。恐らく、素材の旨味を引き出すために手をかけられているのだろう。王家の威信が図られるこういった夜会では当然なのだろうが、感動してしまった。きっと、愚弟や正妃は毎日のようにこのような料理を食べているのだろう。

 俺は、前述のように命を狙われている。だから、王族としては勿論、貴族としても男としてもあるまじき事と言われている料理を自分でしている。食材も、契約した精霊とその眷属精霊が手塩にかけて育ててくれたものだ。つまり、完全な自給自足である。

 そもそも『奥宮』さえも俺個人の砦だ。王宮の王族の居室よりも深部にある小さな家で、大地の精霊が誕生日プレゼントと言って贈ってくれたもの。自慢じゃないが精霊になつかれる体質で、契約精霊でもその眷属精霊でもない彼が贈ってくれたことが如何に希有な事なのか分かっているからこそとても嬉しかった。

 こうして料理を食べていると、如何に自分が彼ら精霊の力を無駄にしていたかが分かる。料理能力一つで味が変わるというのであれば、俺の料理は正しく食材への冒涜、ひいては生産者である精霊への冒涜ではないか。専門的知識を習得しようと心に決めた。

 さて、もう少し食べないと呼び水になって寧ろ空腹が収まらない。再び料理を取りにテーブルへ向かう、その時。

 それは起こったのだった。


 不意に背後からプレッシャーがかかる。

 紛う事なき殺意。

 標的は、俺だ。

 振り返ることもなく、俺は間近に迫る死を覚悟した。

(殺られる――ッ!!)

見ずとも分かる鈍色の刃が俺を襲う。


 はずだった。


 (――は?)

痛覚には何も感じられない。

「……え?」

怯え、震えてへたり込みそうになるのを何とか堪え、後ろを振り向くと。

 そこには天使がいた。


 「「「「「「「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」」」」」」」

直後に、たくさんの悲鳴が響き渡る。

 よく見ると、天使が俺を襲おうとした人間を伸したようだった。


 誰もが立ち尽くしていた。

 突然の凶行に。

 回避した天使――のような麗しい小さな少女に。

 それを打ち破ったのは、周囲から発せられる殺気だった。

 恐らく先程の人間の仲間なのだろう。誰一人――衛士すらも立ち尽くし、行動が出来ない中で再び俺に襲いかかってくる。

 しかし、それも束の間。

 彼女が、再び動いた。


 瞬間、殺気は霧散し、彼らは床に伏した。


 ほんの刹那――衛士や周囲の人間が動き出すまでの僅かな時間に、彼女は彼らを倒したのである。

 そして。

 彼女は俺を振り返り、微笑み言った。

「もう、大丈夫ですわ。全員すぐには立てないでしょう。お怪我はありませんか?」

 その一言に、情けないことに俺はその場にへたり込んだ。深呼吸を繰り返し、

「は、い……。ありがとう、ございました……」

と、やっとこさ呟いたのだった。


********


 暫く、呼吸も荒く座り込んだ俺に、彼女は躊躇いがちに手を握ってくれた。

 その温もりが気付けになった。

「ありがとう。もう大丈夫です」

立ち上がり彼女の手を解く。すると、俺よりも五六歳年上の殿方が待ってましたとばかりに彼女に近づき話しかけた。

「アリス、怪我はないね」

「はい。――申し遅れました、アルフレッド殿下。わたくしはルデナス伯爵が四女、アリス・ルデナスと申します。許しもなく殿下に話しかけ、御手にまで触れてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえ、こちらこそ助けてくださってありがとうございました。どうか謝らないでください」

しっかりと答えた彼女は、続けて俺に非礼を詫びた。そんな必要もないのに、寧ろこちらの方が感謝しなければならないのに、どこまでも礼儀正しい少女だ。俺の下手に出た言葉に、思うところがあったのだろう。彼女は何かを言おうと口を開こうとした。しかし、

「アリス!!」

高らかな女性の声が彼女の名を呼び、声の主は近づいてきた。

 俺のもっとも嫌いな女の声。

「――妃殿下」

アリスと彼女の隣にいる殿方、そして俺が一斉に礼をした。

「アリス!!貴女はクインシーの警護をするはずでしょう!!持ち場を離れて何をしているのですか!?その間にクインシーに何かあったらどうするつもりだったのですか!!」

正妃はアリスを叱り飛ばす。その言葉に、多くの貴族が固まった。因みにクインシーというのは愚弟――第二王子のことだ。

「お言葉ですが、妃殿下。わたくしは誰からの任も受けておりません。クインシー殿下の警護は、長兄であるセオドア・ルデナスと次兄であるランドルフ・ルデナスへの依頼であったはずです。わたくしは何も命を受けておりません。当然、三兄であるここにいるソウル・ルデナス共々、あの時点で人死にを回避するために動く事への制約はありません」

「私の息子にもし何かあったら――」

「失礼ながら、妃殿下は現在唯一の王妃であり、即ちこの国の国母であらせられます。アルフレッド殿下が陛下より臣籍降下等の処遇を受けているのであればまだしも、現在殿下は王族であります。その時点で妃殿下のご子息という形になりますし、何より、王族を守ることは臣下の務めであると心得ております。また、人が殺されるような所を未だ幼い王女殿下、王子殿下の目に入れることは、適切ではないと判断致しました。突然のことで衛士の方々も動けておりませんでしたし、王女殿下、王子殿下のゆくゆくのことを案じての行動でございます」

アリスの言い分はもっともなことであった。そこに、加勢せんとばかりにエドワード・ルデナス伯爵や、シェイン・ベルヒモス宰相閣下などがやってくる。

 王妃は何も言わず俺を睨み付け、王族の席へと戻っていった。


 王妃の強い要望で、その日の夜会は通例通り続けられた。

 「ルデナス嬢、助かった。お礼に、何か私に出来ることはないだろうか?」

俺の申し出に、彼女は自然な微笑みで答えた。

「何度も申しますが、大したことではございません。それに、殿下はわたくしにとってたった一人の従兄弟なのです」

そう、彼女の母上の妹が、俺の母で元正妃のレスリー・ルデナスなのである。俺自身、王宮――基『奥宮』に八割方引きこもっていたので、存在は知っていたが実際にあったのは初めてだった。

「親類を守るのは我が伯爵家の中では暗黙の了解。どうかお気になされませんよう。ですが、もし、ご迷惑でないようでしたら……わたくしと、一曲、踊って頂けませんか?」

少し恥ずかしげなその様子は、先程の武人然とした姿とどうにも結びつかず、彼女が自分よりも小さな女の子であることを突きつけられた。

 初めて見たとき、その後ろ姿を『天使』と表現した通り、彼女はとても可憐な少女だ。

 しっとりと濡れたような艶やかな黒髪。雪のように白い肌。顎や耳、頭蓋骨の形の良さも一目で分かる。髪と同じ色の長い睫に縁取られた大きな瞳は、彼女の母親のルデナス婦人や俺と同じ深みのあるサファイアのようだ。七歳とはとても思えないほどしっかりとした立ち居振る舞いや武技とは裏腹に華奢な肢体をレースやフリル、リボンが嫌みではない程度にたっぷりとあしらわれた愛らしく華やかな薄い紅色のドレスは彼女の年不相応な大人っぽさと年相応の愛くるしさを上手く引き出していてよく似合っている。

 今までも夜会に来ていたが、これまで見てきた中で一番の美人だ。勿論、従兄弟であると知っているし恋愛感情とかではなく、純粋に可愛いと感じる。

 つまるところ、

「ええ、勿論迷惑なんかじゃありませんよ。――私と一曲踊ってくださいますか、お嬢様?」

と、正式にダンスの申し込みをする以外答えなんて無かった。


 それは、俺にとって初めてのダンスであった。

 必要ないと感じながらも、一応王族としての一通りの教養を治めていてよかったと今以上に感じたことはない。

 伯爵家の娘と言うことで、アリスに施されていた子女教育は最高のものであった。ステップを間違えることもなければ、足を踏むことも無く、会話を楽しむ余裕すらあるようだった。

 聞けば、今日は王妃の命で初めて夜会に参加したとのこと。始まる少し前に王宮に呼ばれ、何やら王妃とクインシーとお茶をしてきたようで、王妃に護衛の任を任されていたのは兄弟だし、何を思っての招待だったのか、両親共々てんでわからないという。

 俺には、あの王妃が何か企んでいるとしか思えなかった。

 ルデナス伯爵家としても明言こそしなかったが王妃は疑惑の対象であるらしく、警戒を強めておくと言っていたが、止められるものがいないイノシシのようなあの王妃相手では、警戒しようともどうしようもならないだろう事は言わないでおいた。


 いい意味でも悪い意味でも夢のようであった夜会は終わり、また俺は引き籠もったような生活に戻る。

 彼女とはもう一度踊りたいが、それもきっと叶わぬ事なのだろう。俺の立場もあるが、何かが起こるような嫌な予感がした。

 願わくば彼女が幸福な将来をつかめるように。

 あの、強欲女王の餌食とならないことを祈り、契約精霊にお願いして様子を見るしかない自分がとても不甲斐なかった。



 そして、次の夜会の時。

 クインシーとアリスの婚約が発表された。

初投稿です。ドキドキです(笑)

ご意見・ご指摘・ご感想をよろしくお願いします。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

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[一言] 面白かったです。 この終わり方からして、続編が出るのでしょうか? 期待が募ります。
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