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202号室--道士と浮世絵町 2

「いや、だ、ね」


 咳き込みながらも女は即答だった。


 男からすればますます意味が分からない。


 見た所のこの女は人間では無くオトギの一種であるようだが、昨日までの天狗等とは違い戦う力は無い様である。ならば女から見て■■という男は突然襲ってきた暴漢であり、死神に見えるはずだ。


 彼我の差は絶対で今この場において女の生殺与奪の権利は男の掌中にある。男がただ一言命じれば彼女の命は掻き消えるだろう。


 だと言うのに女は苦しげでありながらも意思強く男を睨み上げているのだ。


「自分が殺されないとでも思っているのか?」


 男は右手を女へと向ける。しかし、女の態度は変わらなかった。


「これでも、お客様が、第一なのさ」


「『絡みつけ』」


 男が言い終わった突如、水浸しの女を囲むように、彼女の腕ほどの太さを持つ蔦が生え、それが彼女の四肢を拘束した。


「放、せ」


「『持ち上げろ』」


 女の全身に絡みつく蔦は彼女の体をスーッと持ち上げ、女と男の視線を合わせた。


 視線は強く女は男を見た。髪を纏めていた組紐が切れたのか、彼女の黒髪が蔦と一緒にその体へと絡みつく。


「もう一度聞こう。李愛鈴は何処に居る?」


「お客のじょうほうを、もらすわけには、いか――!」


 女が言い終わる前に蔦が彼女の体を締め上げた。体中の骨が軋む音を女ははっきりと聞いて、思わず息が止まる。


 十秒ほど締め上げは続いて、一息に緩められた。


 女はぐったりと息をして、それでも男を見た。


「あまり私を煩わせるな。苦しい思いはしたくないだろう?」


「や、だ」


「『締め上げろ』」


「ッ」


 今度は口頭で蔦へと命令する。力は先ほどよりも強くだ。


 来ると身構えていたのか女の口からは声は出なかった。


 また十秒ほど苦悶の息使いだけがあたりへ響く。


「……お前が話すまで何度でも繰り返そう。助けを待っても無駄だ」


 全身に蔦が絡みついた女にも男の道力が働く。男と同じ様に住民の視界からは外れている。


 ジッと注視すれば話は別であるが、普通に生活する時の視界程度では男達の声も姿も住民たちに認識はされない。


 再び蔦を緩めるが、女の返答は同じである。


「僕は、話さ、ないよ」


「……………………『折れ』」


 ボキッという鈍い音が女の左足より鳴る。


「あ、あああぁぁあああああぁぁぁぁあああ!」


 一拍の間の後、つんざく様な悲鳴が辺りへ響いた。



 東の空が白んでくる程の時間が経った。後もう少しすれば日の出である。


「…………」


 女の体はボロボロで、その眼からは力が失われていた。両脚は不自然に曲が

り、右腕は肘から先に感覚が無く、四肢で通常の感覚が残っている場所は無かった。


「話す気に成ったか?」


「…………」


 女は虚空を見つめるだけで何も言わない。それに男は何度目か分からない命令

をし、また女の体が締め上げられた。


 しばらく前からもう女は男の拷問に反応すらしなくなっていた。ただ虚ろに空を見上げるばかりで、意識もはっきりとしていないように見えた。


 既に肋骨は数本折れているだろう。間接は外れ、腕はゴム人形の様に力無く落ちている。右足も三十分前に折ったが既にその時には反応は薄くなっていた。


 男は眼鏡の縁を触った。


「……何故、何故話さないのだ。言えば楽に成るだろう。お前達にとってアレは来て間もない新参者では無いか」


「…………」


 女は何も言わず、口元だけで笑う様に男を見た。


 男にはこの女が分からなかった。


 天狗や狼男ならば血気盛んで怪我など日常茶飯事だろう。そういうオトギである。しかし、この女はどうだろうか? 戦う術など持ち合わせず怪我に慣れているように思えない。


 女はただの力無いオトギであるはずなのだ。


 そんな彼女が何故黙ってこの拷問に耐え続けるのか。男には理解できなかった。


 黙り込む男へ、久しぶりに女が口を開いた。


「……舐めるな」


「……何?」


 女の言葉へ男が眉を潜めたその瞬間、薄暗い日の出前の朝、男の視界に影が指した


「見つけたぞ、小童が」


 頭上から腹に響く憤怒の声が聞こえ、見上げると、そこには蒼い鱗の全長三十メートルほどの龍が居た。


「コマメ。すまんな遅くなった」


「……ほん、と、ですよ、たつたさん」


 男は穏やかに喋る龍へと問い掛けた。


「……何者だ? ……いや、何故私達の姿が見えている?」


「わしは浮世絵町町内会会長、龍田龍二じゃ。耳を澄ましてみろ」


 龍田と名乗った龍へと眼を逸らさないまま、男は周囲へ意識を向けてみると、シャリシャリシャリザーザーシャリと言った音が後方より鼓膜に響いた。


 音源へと眼を向けてみると、男の居る場所から十数メートルの場所にそれはあった。


 先ほど、女が投げつけ、男が叩き落としたザルの上に高さ五十センチほどの赤黒い小さな竜巻が渦巻いていた。


 ザルの上で数千の小豆が渦を巻いて旋風の様に形を成していたのだ。


 男の耳に目の前に居た女の声が届く。


「……僕は、『アズキ堂』四代目店主、小豆洗いの、豆蔵コマメだ。舐めるなよ」


 女、豆蔵コマメは強く喉を震わせて、しかし弱々しく苦笑してそのまま意識を失った。


***


 毎朝の日の出前に、龍田は竜神川から飛び立って朝の散歩をする。悠々自適に空を舞い、日の出と共に朝食に帰るというのが龍田の日常である。


 浮世絵町を見下ろしての飛翔は心地良い。町は一部を除いてまだ眠っていて、住民達が活動を始めるのを見るのが龍田は好きだった。


 龍田が昔、竹虎を含めた旧友達と共に作り上げた町がこの浮世絵町。浮世絵町を青い龍は愛していた。


 けれども、本日いつもの様に竜神川を見下ろしながら空を泳いでいた龍田の眼に奇妙な物が映ったのだ。


 幾百もある竜神川から枝分かれるした川の一つ、その川岸に小さな赤黒い旋風が起きていたのである。


 天狗共がまた何かしているのか? と思い眼を凝らすとそれはザルの上を高速で回転する無数の小豆であった。


 この竜神川で朝早くザルと小豆を持って川に来るのはただ一人、小豆洗いの豆蔵コマメだけである。


 最近先代からアズキ堂の看板を引き継いだ四代目の彼女は毎朝日の出前にそのオトギ名に相応しく川へ小豆を洗いに来るのだ。


 コマメが自身の洗った小豆から作る餡子は絶品であり、彼女はそれを誇っていた。


「何じゃ?」


 小豆洗いというオトギは小豆を洗うだけのオトギである。彼女の曲芸の一つに離れた場所にある小豆を自在に動かすという何とも微妙な物があった。


 が、しかし確かに忘年会と新年会が近いとは言え、コマメは周囲から隠れて一発芸を練習するような女ではない。


 龍田は奇妙に想い、改めて周囲へと意識を向けた。


 川岸から三十メートルほど離れたある地点へと違和感を覚える。まるで蜃気楼の如くその地点だけが揺らいでいるのだ。


 更に集中し、龍田は自分が違和感を覚えたその地点を凝視した。


 したらば、そこには蔦で全身を絡め取られ、弱々しく空を見上げる満身創痍の豆蔵コマメと、その目の前に立つ黒い道士服を着た男が居たのである。



「さて、小童よ。弁解は聞かんぞ」


 龍田は激怒していた。その眼下には蔦で絡め取られ気を失ったコマメが居る。


 この男が龍田の愛する町民を傷つけた事は明らかである。


 轟音をたてながら広大な竜神川に竜巻が百数も生え、空を覆い尽した。


 その一つにでも巻き込まれれば男の体は引き千切られるだろう。


「…………くそ」


 男は毒を吐き、それに龍田は殺意で答えた。


「行くぞ」


 百数の竜巻が明確な意思を持って大口を開けた大蛇として男へと襲い掛かる。


 男はすぐさま飛び去りながら川岸の地面を右手で撫でた。


 すると、川岸の土が盛り上がり、男の背後に暑さ六メートル高さ数十メートル程の巨大な壁を形成する。


 こんなもの龍田にとってはただの脆弱な膜である。


「薄いぞ、小童」


 ズガガガガガ! と龍田の作った竜巻は削岩機の如く土壁を削り、一秒とかからず貫通した。


「『爆ぜろ』!」


 が、それは男の予想通りであった。


 一瞬龍田の視界から自身の姿が消失した事を利用し、男は赤い紙を背後へと投げ、爆発を起こす。


 爆風に乗って、男の体は瞬間的に加速し、空遠くへと飛び立った。


「……逃げおったか」


 どうやら男は全力で龍田から逃げると決めたようだ。


 本気で追いかければ追いつける。が、元から本気で戦う気の無い龍田は一瞬の迷いもせず男を追わない事を選択した。


 元からこの場より男を追い払う事が目的である。


 まずはコマメを治療しなければ成らない。


「すぐに万年亀病院へ連れて行こう」


 意識を失ったコマメのところまでスーッと下り、龍田は憎々しげに声を漏らした。

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