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202号室--道士と浮世絵町 1

 愛鈴がタローという青年の部屋に住み着いて、一週間強の時間が経った。既に今年は残すところ一週間ほどに成っている。


 この数日間、愛鈴は一度もタローの部屋から出なかった。■■に見つかっては本末転倒だからだ。


 ■■は何処に居るのだろう? タローが言うには■■はもうこの町に来ているらしい。


 部屋の家主であるタローは今食料の買出し中だ。出かけた時間を考えるにそろそろ帰宅だろう。


 愛鈴はそう思いながら夕食である油淋鶏を作っていた。


 甘酢を混ぜたソースを揚げた鶏肉へとかけ終わった所で、丁度良く202号室のドアが開かれた。家主の帰還である。


 愛鈴はエプロンを脱いでチャイナドレス然とした赤い服の姿で玄関へとトットットと歩いた。


「タロー、おかえりなさい」


「ただいま、愛鈴」


「町の様子はどうでした?」


「いつもどおりだったよ」


 基本的に四六時中一緒に居るわけだから、愛鈴はタローとそれなりに親交を深めた。


 十二歳程度の外見である自分に二十ニ歳というタローが何時までも敬語を使うという事に違和感を覚えていたからだ。


 タローからPコートを愛鈴は受け取りそのままハンガーに通して衣装棚へと掛けた。


「食事が出来ています。食べましょう」


 愛鈴は家政婦の様に甲斐甲斐しくタローの世話と家事雑事をして日々を過ごしていた。


 ■■の元では毎日彼の帰りを待ちながら掃除をし洗濯をし料理をしていたのだ。


「分かった」


 ちゃぶ台へと自分が作った油淋鶏等を並べていく。


 ■■が来たこの町はタローが言うにはいつも通りらしい。本当だろうかと疑う気持ちが愛鈴にはあるが、下手な行動をして迷惑を掛けてはタロー達に依頼した意味が無い。


 愛鈴はタロー達に頼るしかないのだ。


 と、タローが何故か何か思い出すように沈黙していた。


「……タロー? どうしたのですか?」


「いや、何でもないよ。食べよう。今日は何を作ったの?」


 愛鈴は問い掛けるが、すぐにタローはいつも通りに成った。


「油淋鶏を作りました。自信作です」


 これは愛鈴の得意料理であり、今回の物は自信作である。


 自然と愛鈴は胸を張った。



 愛鈴が超常現象対策第六課の戸を叩いた日の夜、タローの部屋をユカリが脈絡も無く訪れた。


「よう、タロー、愛鈴に手を出してないだろうな?」


「上司とは言えはっ倒しますよ?」


「やるか? あたしは何時でもウェルカムだぜ?」


 ユカリは外の道路を指差し、タローは溜息を付いた。


 この日会う住民達に高確率で同じ様な質問をされていたが、このタローという男は本当に変態なのだろうか? それとも自分の外見はそこまで犯罪的なのだろうか? と愛鈴は思ったが口には出さないし、答えも求めていない。


 答えが何であれ愛鈴の意思ではどうしようも無い。


「で、何があったんです?」


「ああ、昼頃李愛鈴の道士と戦ってきた」


「本当ですかっ?」


 愛鈴はすぐさま反応した。ユカリというこの赤髪の女性が■■と戦ったのだ。やはり■■は本当に自分の事を追っているらしい。


「一応確認しとくが、李愛鈴、お前のご主人様とやらの外見は、タローぐらいの身長の優男で黒縁の丸メガネを掛けているか? これくらいならお前も頷くなりなんなりできるだろう?」


 ユカリの言葉に愛鈴はコクコクと頷いた。


「良し。それをちょっと確認したかっただけだ。お前達は道士が捕まるまでなるべくこの部屋に居とけ。戦ってみて分かったが、タローじゃあいつを倒せない」


「分かりました。他に何かありますか?」


「今、第五課に道士の本名を調べてもらっている。分かり次第、タローにも連絡するから待ってろ。一応知っとく必要あるだろ?」


「そうですね。了解です」


 自分が■■の名前をタロー達に話せればこのような手間をさせずに済むのだが、どうしても■■の名前を口にする事が出来なかった。


「話はそれだけだ。じゃあな」


 愛鈴達が返事をする前にユカリはドアを閉めた。


***


 愛鈴が作った油淋鶏を食べる一時間ほど前、冷蔵庫に食材を補充すべく『チミモウリョウ』の近くにあるスーパーへ向かっている途中、タローは同じ様にスーパーへと向かうサブローと出会った。彼の毛並みはいつも通りもふもふである。


 その道中、水瀬時子の話から万年亀病院の話が出てきた時、サブローがこの話題を出した。


「そう言えば、万年亀病院の入院患者が一気に増えたんだってよ」


「水瀬さんが入院患者を出すなんて珍しい」


 水瀬時子は滅多な事では入院患者を出さない。その場で治療し、その場で完治

させる事がほとんどだ。そんな彼女が多くの入院患者を出すなどタローの記憶では一度しか無い。


「また朱雀丸達が闇鍋大会でも開いたのか?」


 鳳凰山と寅縞森林それに何故かタローまで巻き込んだ集団食中毒を引き起こした八ヶ月前の事件である。タローの記憶にある二回あった入院の内の一つがこれであった。


 しかし、サブローの返事は違った。


「いや、どうやら愛鈴ちゃんを狙ってる奴が無差別にこの町の奴らを襲ってるんだよ」


「……どういうことだ?」


「何でもキョンシーを探してるやつが居るらしい。で、聞かれた奴の中で愛鈴ちゃんの事を知ってる奴らが襲われてるみたい。口は割ってないみたいだけどね」


「あらら」


 愛鈴が浮世絵町を訪れたその日、この町の住民達一通りに彼女を紹介したが、それが仇と成った様だ。


「愛鈴ちゃんを紹介していなかったらいざと言う時どうしようもないって。タローがやった事は間違ってないさー」


「そういう事にしとこう。誰が入院したとか知ってるか?」


「鳳凰山の所の天狗達、それに寅縞森林では狼男達が入院したって聞いたぞ。あいつらなら丈夫だしすぐに退院するっしょ」


「ならまあ不幸中の幸いだな」


 血の気の多い彼らならば三日もすれば完治するはずである。


 スーパー『ヤミット』が見えてきて、タローとサブローはとりあえずこの話を打ち切った。



 ヤミットでの買い物を終え、他に行く所があると言うサブローと別れ、真っ直ぐにタローは『チミモウリョウ』へ帰って来た。


 愛鈴へ先ほどサブローから聞いた話を伝えるかどうか、トタン製の階段を昇りながらタローは考える。

言わない事にした。


 この数日間、四六時中愛鈴と暮らしてみて分かった事だが、どうやら李愛鈴というキョンシーは他者へ迷惑を掛ける事を極端に嫌っている。自分の依頼が原因で第三者達に被害が生まれたと知れば、彼女は自身の身を道士へ差し出してしまうかもしれない。


 タローは李愛鈴の護衛という仕事を持ったのだ。ならば完遂しなければ成らない。


 202号室のドアの鍵を開けると、トットットと細かく足を動かしながら愛鈴が出迎えに来た。チャイナドレス然とした赤い服を着てとても絵に成っている。もしも彼女の外見が大人であったのならさぞ美しい女性だろう。


「タロー、おかえりなさい」


「ただいま、愛鈴」


 誰かに帰りの言葉を言う等何時振りなのだろうか? タローは考えてみるが思い出せなかった。


「町の様子はどうでした?」


「いつもどおりだったよ」


 愛鈴の言葉にあらかじめ考えておいた嘘を言って、タローはPコートを脱いだ。


***


 深夜、時刻にして午前四時、愛鈴から■■と呼ばれている男は町を歩いていた。この浮世絵町と呼ばれる町に潜入して一週間、未だに彼が作り上げたキョンシーの姿は見つからない。


「一体、何処に居る?」


 朝昼晩、不眠不休で男は李愛鈴を捜していた。


 この町に居る事は確かである。浮世絵町に足を踏み入れるまで、男は李愛鈴の気配を感じていた。しかし、この町に潜入したその瞬間、金木犀の香りの様に感じられていたキョンシーの気配が消失したのだ。


 おそらく、この町内に結界が張られているのだろう。


 結界を剥がす事は技術的には可能だが、現実的には不可能だった。剥がそうする時、男は自身に掛けている道力を解かなければ成らない。そうなってはこの町の住民はすぐさま男を見つけ、結界を破壊しようとしている男を止めるだろう。


「チッ」


 大手を振って町を歩けば見つかるだろう。この町には先週退治したあの炎の魔女が居るのだ。あれほどの実力者が気付かないはずが無い。


 そのため、男の捜索活動は朝昼夕ひたすら町を練り歩き、深夜、李愛鈴の事を知っているオトギや人間達を捜す事に成っていた。


 先週までは鳳凰山と寅縞森林と呼ばれる場所で数十の天狗や狼男などへ李愛鈴の存在を知っているか問い掛け、大半がその存在を知っていた。


 しかし、彼らは誰一人として男のキョンシーの居場所を吐く事は無かった。


「何故、誰も言わないのだ。アレはこの町にとってただの新参者であるはずだろう」


 男には理解できなかった。あの天狗や狼男達は何故この町に来て間もないはずの李愛鈴のためにあれ程まで抵抗したのか。翼は折れ、四肢は砕け、血を吐こうとも彼らは口を滑らさなかった。


 苛立たしげに男は歩き、竜神川と呼ばれる場所へ来た。


 耳を澄ませば清流の音がする。まだ陽が昇らない空は暗く、川は黒い絹が棚引く様であった。


 しんとした静寂の中、男は誰か居ないか歩いていると、彼の耳にザァー、ザァーと言った音が届く。


「……何だ?」


 耳を澄まし、音源を捜してみると、それは男から二十メートルほど離れた川岸から発せられているようだ。


 男はそちらへと足を向け、歩いてみると、どてらを着て、長い髪を後ろに結えた割烹着姿の女がザルを持って川岸で何かをしている姿が見えた。


「君、一つ聞きたい事がある」


「はい?」


 女はザルを持ったまま男の方へと振り向き、それによって男は女がザルに入れていた物が小豆であると分かった。


「こんなご来光もまだな時間に何の用ですか?」


「探し物をしていてね。もし知っているようなら教えてもらいたい」


「はあ、まあ僕が知っていて教えられる事なら別に良いですけど。ただ見ての通り僕は朝の仕込みで忙しい。手短に頼みます」


 流石にこのような町に暮らしているだけあるのか、深夜の来訪者に怪訝な顔はしていても物怖じせず女は男の言葉に答えた。


「何、簡単な事だ。君はキョンシーに心当たりが――」


 男が言い終わる前に、女はザルを小豆ごと男へ投げつけた。



 顔面へと向かってくるザルを左手で叩き落しながら男が見たのは、自分へ背を向けて逃げ去る先ほどの女の姿だった。


 どうやら彼女は李愛鈴の事を知っているようである。


「『押し戻せ』」


 男は丁度良く右手近くにあった川へと命じる。


 川は瞬時に水かさを増し、流れが荒れ狂うように強くなり、間を置かずして氾濫した。


「きゃあっ!」


 氾濫する濁流は走る女の足を捕らえ、彼女を揉みくちゃにしながら男の目の前へと押し流す。


 溺れる様転がり、息を乱しながら女は横たわって男を睨み上げた。


 長い黒髪は絹の様に白い割烹着へと纏わり付いて、扇情的である。


「……話してもらおう。李愛鈴は何処に居る?」

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