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色即是空--我思う、されど我は無し 7

「『刺し殺せ』!」


 王志文は眉を逆立てて更に一面を覆い尽すような鉄鎗を生み出し、それをタローへと放った。


 一本でも胴に当たれば、愛鈴の柔らかい体は両断されるだろう。


「吹き荒れろ!」


 タローは迫り来る鉄の槍へ竜巻を生む事で応戦した。


 竜巻はタローの体を刺し貫こうと直線的に飛ぶ槍の軌道を見事逸らし、あらぬ方向へと飛ばしていく。


 タローは更に挑発した。


「軽いな! そんな槍でわたしが殺せない事ぐらい、お前が一番分かってるだろう! さあわたしを殺してみろ! わたしを壊してみろ! そうすればお前の大事なキョンシーが帰ってくるかもしれないぜ!」


 王志文はタローの挑発に眉を顰め、憤怒の表情をしながらも、ユカリの炎を避け、タローを近寄らせはしなかった。


 怒りの炎に焼かれながらも、王志文の頭は氷点下よりも冷めている。


 ユカリを殺せる相手なのだ。自分よりもはるかに弱い相手の挑発に乗るはずがない。


 瞬間、タローは頭上よりユカリの声を聞いた。


「避けろよ、タロー!」


 埒が明かないと判断したのだろう。ユカリがその炎の性質を変えた。


 白炎の少女は腰掛けるその箒から一本の枯れ枝を取り出し、それを振るって王志文へと向けた。


――何だか知らないけどやばい!


 あの暴君がわざわざ避けろと命令するくらいなのだ。タローはすぐさま自身の体に緑炎を纏わせて、更に自身を囲むように竜巻を生み出した。


 赤の女王は枯れ枝を指揮棒の様に振るった。


「次はコンサートといこうじゃないか!」


 刹那、鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、ユカリを中心とした放射状の大爆発が起きた。


 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 大爆発はタロー王志文、そしてその周りで戦っていたキョンシーや炎像そして緑龍、全てへ平等にその爆炎を伝えた。


 急速に膨張する爆炎は轟音と共に新しい爆発を生み続け、表面の巨大な爆炎の球体の表面に無数の新たなる爆炎球を生み続ける。


 反響する音色の様に威力を上げ、脳を揺らす様な爆音の演奏会が開かれる。


 タローは耳を塞いだ。愛鈴の小さな耳の感触が両手に伝わるがそれを堪能などする事は無い。


 放射状に広がり、離れれば離れるほどその範囲と威力を増していく爆炎は膨張速度も凄まじく、一瞬で空に居た者全員を包み込む。


――ッ!


 タローは全力で自分を囲む竜巻を強化した。爆風に形を歪ませ、四散し続ける竜巻を保たなければタローの体が塵になると分かっていた。


 荒れ狂う爆炎は全てを灰燼に化さんとその半径を広げ続ける。



 スッ。


 刹那に生まれたコンサートの終焉もまた唐突だった。


 眼下の黄城公園の森に届かんと言うまで炎の球が広がった瞬間、何事も無かったかの様にその球が消失する。


 見ると、十体ほど居たキョンシー達はその数を半分に減らしており、同時にタローが生み出した龍もまた消失していた。


 しかし、ユカリの舞踏会の出席者は何れも無事である。


「さあ、これでお前を守るキョンシーは後五体だ。その程度の数じゃ守りきれないんじゃないのか?」


 くるくるとユカリに振られる枯れ枝の先には、全身からシュウシュウと煙を出す王志文と所々が未だ再生中の鎧のキョンシーが居た。爆炎が余程の威力だったためか、その再生は遅い。


 ユカリと王志文の距離は先程よりも離れている。これはタローも同様だ。今の爆発に大なり小なり吹き飛ばされたのだ。


 今の爆炎に飛ばされたのか、王志文の丸メガネは何処かに行ってしまったらしく、彼は無言のまま、ユカリをそして、王志文へと突撃するタローを見た。


 タローの攻撃を防いでいた鎧のキョンシーの再生が遅い今ならば、王志文に触れられると思ったのだ。


 視線の先、みるみると王志文とタローの距離が狭まっていく。王志文はタローから逃げる様ともせず、ただ沈黙を保ってタローの事を見つめている。


――あと少し!


 タローと王志文の距離が二十メートルに迫った時、パラ、パラ、パラパラとタローの体に上空から何か白い粒の様な物が落ちて来た。


 それは乾いたもち米である。


「ッ!」


 タローは眼を見開いた。彼の全身を真っ黒な影が包み込み、愛鈴の影と同じ形に成っていたのだから、タロー以外の誰も彼が眼を見開いた事実を認識できなかったのだが、タローは今自分の額に落ちて来た白粒の意味を瞬時に理解したのだ。


 なぜならこのもち米に触れた瞬間、ピリリとした痛みが彼の体に伝わったからである。


 今、この場でもち米を操っていたのは誰だっただろうか。


 タローは眼前の王志文に意識を向けながらも上を見上げた。


 シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


「ちっ!」


 ユカリが上空へと炎を放つ。


 タロー、ユカリ、王志文、地上の全てを飲み込むようにもち米の濁流が落ちて来ていた。


 まるで磁石に貼り付いた砂鉄が、磁力を失った磁石から落ちてくる様に、黄城公園の空を覆っていたもち米の海はその形を崩し、重力に引かれて加速度運動を開始したのだ。


 形を失っていくもち米の海の先には、力尽きたように落下する山吹色に光る九尾の狐、そして五匹の五色の龍と数十体のキョンシー達が居る。


 それらは真っ直ぐに地上のオニロクに抱えられた愛鈴を目指して飛んでいた。


 瞬間、未だ右半身の再生を終えていない鎧のキョンシーが突如としてタローへと突撃し、その残った半身でタローの体に抱きついた。


 タローが纏った緑炎に鎧のキョンシーは体を燃やされる。


 けれど、一瞬の隙がタローにはできた。


「アレは返してもらうぞ!」


 タローの真横を王志文は神速の速さで飛び去り、愛鈴へと向かっていく。


 コンマ一秒の間にタローは鎧のキョンシーの全身を燃やし、王志文へと振り返る。


 その時、タローの視界をシャアアアアアアアアアアアアアアという音と共に真っ白なもち米が包み込んだ。

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