表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/50

色即是空--我思う、されど我は無し 2

***


 タローは空高く現れた緑の炎を纏う龍にあんぐりと口を開けて左頬を掻いた。


――暴走し始めたか?


 いよいよ持って愛鈴のタイムリミットが近付いて来ている事がありありと分かった。


 上空五十メートルほどの位置で龍を操っている愛鈴の左腕は肩先が消失し、赤い服の切れ端だけが残っていた。とうとう肉体が腐り落ち始めたのだ。


 最早一刻の猶予も無い。


 今、タローは一人、戦場から五メートルも離れていない森の中からまで眼上の戦いを見ていた。近くにはココノエもオニロクも居ない。彼らはタローの願いをかなえるべくそれぞれ別行動中である。


 空を飛べないオニロクはタローと同じくこの近くの何処かに潜み、タローと同じ様にタイミングを計っている。逆に空を飛べるココノエはユカリの元まで行き、ユカリに作戦を伝えているはずだ。


 大口を叩きはしたし、仮に正しいのであれば、自分の持つ力が大口を叩くのに相応しい物であるとタローは分かっていたけれど、タローは未だ安心できないで居た。


 知識としてのタローの力が正しいのであれば、この力の射程は酷く短い物なのだ。


 タローは空を駆ける事もできないし、遠距離まで届くような攻撃手段も持ち合わせていない。それなのに、現在タローが力を使うべき対象は何れも空の上に居る。


 ならば、どうするべきなのか。


 タローは今何をすべきなのか。


――タイミングを計れ。機会はすぐ側まで迫っている。


 何時でも駆け出せるべく、何時でも力を使えるべく、何時でも愛鈴を救えるべく、タローは息を整えて両足に力を込めた。


***


「ユカリ!」


 ココノエはその九本の尾を山吹色に輝かせて、上空百メートルの位置で白炎のドレスを纏っていたユカリへと一直線に飛びながら声を張り上げた。


 ユカリはボブカット気味に成った短い髪を揺らしながら優雅に箒へ腰掛けていて、自身へと向かってくるキョンシー達へ拳大の炎を撃ち出している。


 少女が放つ白炎は螺旋を描いてキョンシー達の胴へと吸い込まれていき、緑色の炎ごとキョンシー達の体を貫通し、それと 同時に灰と化していた。


 また、ユカリの周りでは、彼女が召還したのであろう白炎の炎像達が、キョンシー達を巻き込んでクルクルと回っている。


 紳士と淑女はキョンシー達の腕を掴んでワルツを踊り、狐達はじゃれ付くように首へと噛み付いて、騎士はそのランスでキョンシー達を突き殺していた。


 色とりどりの五色の龍はユカリの白炎に包まれて灰に成っては蘇る。


 龍達を背景とした死者と炎の舞踏会のボルテージは激しく燃え上がり、キョンシー達の数はもう百名を切っている。


 このペースならば後数分でここに居るキョンシー達は殲滅されるだろう。


 だが、数分では遅いのだ。もう愛鈴の体は崩壊の境目にある。何時体が腐り落ちてもおかしくない。


――まあ、私にとってはどうでも良いのだけれどね。


 この九尾にとってはあのキョンシーが腐汁を吹き出そうが、眼球が落ちようが、骨と化そうが心底興味の無い事だ。むしろ、タローが気にする他の雌が減ることはココノエにとって好ましい。


 ココノエは嫉妬深い妖狐である。彼女が惚れた相手に近付く者を好ましく思わない。


 けれど、そのココノエの想い人がキョンシーを救おうとしている。


 ならば、想い人の願いを聞き届けるのもまたココノエにとって当然の事だった。


 どれほど忌々しくとも、タローが望むのなら、ココノエは行動するのである。


 ユカリは眼下から彼女へと近付いてくるココノエの姿に気付いたようで、自らへと爪を突き出してきた若い女性のキョンシーの腕を左手で掴み放りなげながら、九尾の狐へと声をかけた。


「おお、ココノエ、どうした?」


 一息にココノエはユカリと同じ高さまで飛び、彼女と眼を合わせた。


 ユカリの姿はココノエが何度か見た少女の物に戻っている。傲岸な目つきが憎たらしい。


 長い言葉をココノエは言わなかった。状況を詳しく伝える必要は無い。


「タロー君が〝力〟を使うわ」


 これだけでこの魔女はココノエの言いたい事を理解するはずである。ユカリは戦闘狂であるが、理性を無くさない。


 案の定、ユカリはココノエの意図を正しく理解した。


 ユカリは数瞬だけ沈黙し、彼女らしくなく苦笑いをする。


「……あたしは何をすれば良い?」


 再度ココノエの答えは単純で明解であった。


 ココノエの左手の一指し指が真っ直ぐに眼下の王志文と李愛鈴へと向けられる。


 彼らの間には巨大な緑炎で出来た龍が居る。


「あいつらを撃ち落としなさい」


「了解。んじゃこっちは任せるわ」


 ユカリはやれやれと左頬を掻いて、ヒュッと後方へと飛び去った。



 下方のもう一つの戦場へと突撃したユカリから眼を外し、ココノエは自身の眼前へと広がる戦場を見つめた。


 ユカリが生み出した舞踏会の出席者達は彼女がこの場から去ると共に消え、赤の女王を殺さんとしていた百のキョンシーと五匹の龍は役目を全うすべくユカリを追おうとする。


 それをココノエは許さない。


「待ちなさいな」


 ココノエは懐から山吹色の巾着袋を取り出して、その口を開き、シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア、と、もち米を噴出した。


 超大な量のもち米は渦を巻く海と成って眼下の戦場とココノエ達を分断し、ピタッとキョンシーと龍達の動きを止めた。


 キョンシー達はこの白い海に触れたら死体に戻ってしまうし、これだけの量の流れに対しては龍達も簡単には飛び込めない。


 たったこれだけの、大量のもち米の海だけでは、すぐにあの五匹の龍達に突き破られてしまう。


 五龍の力は激烈である。水の龍一体でさえ、遂にココノエは分身たちと力を合わせてでも倒す事すら出来なかったのだ。


 そして、ココノエにはもう分身を作り出す紙すら無い。


 しかし、この九尾はそれで構わなかった。


 ココノエが白い海を生み出したのは、一重に目隠しのためである。


 この空を覆わんとする白の海は、タローからココノエの姿を隠す。


 もち米の濁流を越えられないキョンシー達はココノエを標的に変え、五匹の龍は海を破ろうと力を溜めた。


 その全ての前に、ココノエは九つの拍手を打った。


「ひと、ふた、み、よ、いつ、む、な、や、ここのつ」


 拍手と共に九本の尾が発する山吹色の光は眩く強くなっていき、九の拍手でそれは最高潮へ達した。


 山吹の光はココノエの艶かしい肢体を包み込み、彼女の体を変化させる。


 ピンと立った三角の耳、切れ長の黒眼に、丸っこい長く黒い鼻、山吹色の毛並みで、一つ一つが人間大はある自身の胴と同じ大きさの九本の尾。


 ココノエの体は九本の尾を持つ人間大の化け狐へと変わったのだ。


――この姿に成ったのは五年振りね。


 山吹の九尾は高らかに、眼下の龍と死体達へ鳴いた。


「コオオオオオオオオオオォォン!」


 泣き声と共に横殴りの神通力が龍とキョンシー達を突き飛ばす。


 五色の龍と百のキョンシーは揉みくちゃに成りながら、獣の姿と成ったココノエの視点まで飛ばされて、すぐさまココノエへと向き直った。


 龍達はこの化け狐を敵と認識し、その牙を向いてキョンシーと共にココノエへと突撃する。


「コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォン!」


 ココノエは宙で踏ん張りながら再び鳴き山吹色に光る九本の尾を激しく揺らしながら自身へと向かってくる龍とキョンシー達へ神通力を放った。


 神通力と龍達は真正面からぶつかり合い、鍔競り合いのような、綱引きのような力比べなる。


 力強さの合計ではまだあちらが上だった。遠く無い内にココノエは力負けするだろう。


 しかし、遠く無いとは言え、時間は稼げる。


 人間の姿では一秒も稼ぐ事の出来なかった時間が、獣の姿ならば稼ぐ事が出来る。


 この短くも長い時間がタロー達には必要なのだ。


――一分は持たせるわ!


 九の尾を強く振り、ココノエはもう一度鳴いた。


「コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォン!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ