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捲火重来--Happy New Year ! 4

――……俺には無理だな。


 諦観でも何でもなく純然たる事実としてタローは自分では愛鈴を地獄の底から救う事ができないと理解した。


 なぜなら、何と無しに次に愛鈴が言う言葉をタローは分かっていたのだ。


「タ、ロー、ねえさんを、ねえさんをもとに、もどしてぇ」


 タローは瞳を閉じた。愛鈴の姿は痛ましく、けれど、彼女が望む返答を自分はできないと悟っていたからだ。 


 別にタローは嘘が嫌いではない。自分は嘘が上手い人間であると知っていたし、今まで何度も嘘を付いてきたのだろうと分かっていた。


 しかし、今この場で愛鈴を騙せるだけの嘘をタローは言えなかった。タローが嘘を上手く付けるのはあくまでタロー自身の事についてだけなのだ。


「…………」


 そのタローの眼を見て、悟ったのだろう。


 愛鈴の瞳から微かに残っていた虹彩が消えた。


 再び愛鈴は顔を伏せる。


 肩はすすり泣く様に上下していたが、嗚咽の声はタローの耳に届かなかった。


 あまりに痛々しい姿に声を掛ける事すら躊躇われるが、今、この場から愛鈴をタローは連れ出さなければならない。


 すぐ側で王志文が未だ愛鈴を狙っているのだ。


「愛鈴?」


 そして、タローが愛鈴に声を掛けたと同時に、


「アハッ」


 と、愛鈴が笑い出し、その周りからビュウビュウと風が吹き始めた。


――あ、やばい。


 直感的にタローは両足に力を込め、それは正解だった。


 愛鈴は彼女の姉らしき髑髏を抱えてスッと立ち上がり、タローを見つめ、それにタローは舌打ちをした。


――くそ、選択肢を間違えたか。


 虹彩が消えた愛鈴の瞳は真っ直ぐにタローを見つめ、その頬は年毎の少女の様に明るく笑っていた。


 表情と瞳はミスマッチで、精巧な水彩画に油絵の具をぶちまけた様なアンバランスさにタローは恐怖を感じた。


 ビュウビュウビュウと愛鈴の周りの空気が強くなっていき、それはタローの腕の動きを鈍らせるまでに成り、タローのすぐ側で待機していたココノエの分身体が彼の体を支えた。ココノエの命令の中にタローの事をサポートする様な事が入っていたのだろう。


「アハッ、アハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 愛鈴は狂ったように髑髏を至極大事に抱えながら笑い、タローは叫んだ。


「愛鈴! 落ち着け!」


 だが、意味は無い。


 キャハキャハと、


 ケラケラと、


 カラカラと、


 愛鈴は笑い続けた。


 凄惨な笑みはタローを含めた周囲を固まらせ、風はますます強くなっていく。


 烈風はタローの足を何度も掬おうとし、タローは後ろに転がらないようにするのが精一杯だった。ココノエの分身体に支えられていなければもう倒れていたかもしれない


「愛鈴っ!」


 タローは何とかして愛鈴へ言葉を届けようと声を張り上げるが、それは眼を開けられない程の風に掻き消される。


 そして、もう一度タローが諦めずに何か叫ぼうとしたが、それは一歩遅く、仮に間に合ったとしても意味が無かっただろう。


 タローが叫ぶその直前、愛鈴の笑声と彼女を包んでいた風が唐突に止まった。


「アハハアハハハハハハハハハ、アハハ、アハ、…………………………………………はぁ」


 気だるいため息に何か大事な物も混ぜて吐き出した様で、愛鈴は顔から表情を消した。


 愛鈴はユラユラと後ろの土壁へと振り向いた。


 土壁の先には王志文が居て、そこからは炎が爆ぜる音が聞こえている。


 瞬時にタローは愛鈴が何をしようとしているのか理解して、右手で懐から呪言の札を取り出し、愛鈴の元へと走り出した。


 だが、これも間に合わない。


 タローの手が愛鈴に届く直前、バチバチバチバチと愛鈴の体が紫色に帯電し、彼女は前方の土壁へと緑炎と紫電そして烈風を同時に放った。


 彼は知らなかったが、皮肉な事にこの時、愛鈴は自身の力を完全に制御していた。


 全力全開でしか放てなかった愛鈴の風達は、今、全力の威力を最善に噛み合わせ、先ほどまでとは比べ物に成らない威力を持って、王志文が作り出した土壁へ放たれ、瞬時に粉砕する。


 バラバラと、多量の土塊が地面へと落ちて行き、その先には五色の龍を従える王志文と、タローが見た事の無い、見た事がある様な白いドレスを着た炎を操る灼髪の少女が相対していた。


 突如として粉砕された土壁に王志文と少女はこちらを向いて、彼らは愛鈴へと視線を注いだ。


 王志文の眼は傑作の絵画を見る様にキラキラと輝いていた。


「……流石だ。自力でその壁を破るか」


「…………ねえさんを、かえせ」


 反対に愛鈴の声は煮詰めたコールタールよりも真っ黒に響く。


 愛鈴の言葉に王志文は愛鈴の抱える髑髏を見つめ、また嬉しそうに笑みを深める。


「なるほど、その骨は李明鈴の物か。お前には劣るがアレも最高級の素材だったのだが、少々勿体無い。だが、愛鈴よ。お前がこうして完成に至ったのだ。些細な事など気にしなくて良いではないか」


 王志文の言葉に挑発の色は無く、これが彼の本心であると明示していた。


「………………もういい」


 それゆえか愛鈴はふうっと息を吐いた。


 愛鈴は両腕の髑髏を愛しむようにギュッと強く抱き、その体勢のまま、王志文へと特大の紫電を放った。


 バリバリバリバリと、直径二十メートルはあるかと言う紫電は王志文へと横に落ちて行き、その余波にタローは今度こそ耐え切れず、分身体と共に再び森の中へと吹き飛ばされた。


 色鮮やかな黄色の花弁を散らしながらタローは分身体に抱えられ、森の中へ落ちる。分身体はタローを守る事に力を使い切ったのか、ドロンとその姿を消し、タローはドンと人一人分の高さ分背中から地面へと叩きつけられた。


「ぐっ」


 肺から酸素が押し出されたが、無事である。ココノエの分身体が勢いを大分殺してくれたのだ。それがなければ今頃タローは良くて戦闘不能、悪くて死亡だっただろう。


 タローは歯を噛み締めながら立ち上がった。彼の右手には張られることの無かった呪言の札が硬く握られている。


「失敗した」


 自分が上手く愛鈴を宥められなかった事は明らかだった。


 仮に言葉で止める事が不可能だったのなら、愛鈴の意思を無視してでも、速やかに彼女の額へとこの札を貼るべきだったのだ。


 愛鈴が髑髏を抱え、異様な雰囲気を持っていたからと言って、自らの足を止めてしまった事をタローは深く悔いた。


 後どれくらい愛鈴の体が持つかは不明である。けれど、ココノエはすぐに体が腐り落ちると言ったのだ。


 再び離れてしまった数十メートル先の戦場を見ると巨大な五色の龍をゆらゆらとした白炎が追っていて、さらにそれら全てへと紫電や緑炎が落ちていた。


 あそこで愛鈴は髑髏を抱いている。


 愛鈴の口ぶりと、彼女のすぐ近くに落ちていた服を考えるに、あの骨の主は王志文によってこの場へ召還された愛鈴の姉なのだろう。


 何があったかのかをタローは分からなかったが、愛鈴が目の前で彼女の姉が腐り落ちる姿を見てしまったらしいという事は理解した。


 そして、理解した同時に、タローは自分の額に右手を当てた。


――…………。


 自分の最愛の肉親がその腕の中で腐り落ちると言うのはどれほどの苦しみなのだろうか。


 考えてもタローには分からない事だった。自分にはそんな記憶が無い。


 と、ここでタローの前方からココノエが飛び、オニロクが走ってきた。どうやら、彼らはあの戦場には居ないようだ。


「タロー君! 無事ね!」


 ココノエは文字通りタローに飛びついて、その豊満な胸と立派な九本の尻尾で彼を抱いた。タローは全身を柔らかい感触に包まれながら、ココノエとオニロクを見る。


「良かったわ。本当に良かったわ。万に一つも無いと思っていたけれど、分身が壊れたからとても心配だったのよ」


「無事で何よりだ」


 ココノエ達はタローが愛鈴の攻撃の余波で飛ばされたのを見て、すぐさまこちらへと来てくれたらしい。


 それがタローにはとても嬉かった。自分がこの二年弱浮世絵町で育んできた関係性が明示されているからである。


 タローはココノエに抱き締められたまま一度夜空を見上げた。未だ散発的だが花火が上がっていて、この一月一日と言う日を祝っていた。


 花火を眼に焼き付けた後、タローは視線をココノエとオニロクへ戻し、問いを放った。


「オニロクさん、ココノエさん、今、あの愛鈴を助ける事ができますか?」


 オニロクとココノエは、タローの眼に何かを思ったのだろう。愛鈴達が居る一帯へと眼を向けた。


「やれるだけの事はやるつもりだ。ココノエ、李愛鈴は後どれくらい体が保つ?」


「希望的に見積もっても後五分が良い所ね。あんな調子で力を使っているんだもの、すぐに枯渇するわよ」


「五分、か」


 オニロクの表情は険しい。後、五分で愛鈴を助ける算段が思いつかないのだろう。


――なら、仕方ないか。


 タローはオニロクとココノエを見て、小さく苦笑いした。その苦笑はココノエとオニロクにしかと見止められ、彼女らは眼を細めた。


 ココノエはタローを抱いていた尻尾と腕を解き、真っ直ぐに彼を見つめる。オニロクも同様だった。


 二人は黙ってタローが言葉を言うのを待ち、それに答える様にしてタローは口を開いた。


「……俺が愛鈴を止めましょう。手伝ってください」


「ええ、良いわよ。あなたの頼みだもの。私が断るはずが無いじゃない」


「全力を持って君を手伝おう」


 二人の慣れた反応にタローは首の後ろを左手で二回掻いた。

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