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捲火重来--Happy New Year ! 3


 ドォン、ドォン、ドオオオオオオォォォン!


 夜空を煌びやかな七色の花火が彩り、満天の花火の空の下、とうとう白炎の卵が割れた。


 真っ二つに割れた卵の中からからトンと小さな影が足を踏み出す。


 それは軽やかな足取りで、まるでこれから昼下がりの散歩に出かけようとする令嬢の様だった。


「……久しぶりに死んだな」


 そこには見慣れぬ少女が居た。


 声は若く、まだまだ未成熟の物である。真っ赤に燃える様な灼髪がボブカット気味に切り揃えられていて、パッチリと開かれた大きな眼が少女の豪胆な個性を明示していた。


 服は季節にそぐわない真紅のワンピースで、少女の右手には枯れ枝を束ねた長箒が握られている。


 顔立ちは酷く整っていて、将来が有望視される事は間違い無い可愛らしい少女であった。


「真正面からやって負けたのは何時振りだぁ?」


 トントントンと少女は右手の箒を弄びながら、左手の人差し指で自分のこめかみを叩いた。その顔は酷く楽しげで、唇は三日月形に吊り上げられている。


 この少女は紛れも無く浮世絵町の超常現象対策第六課課長のユカリである。


 さながら不死鳥が火の中で雛として蘇る様にユカリは生き返った際初めて死んだ十四歳程度の年齢に体が若返るのだ。


 初めてユカリが死んだあの日あの時にどうやら彼女にとってある種の基準点が出来てしまったようであり、あれからどのように死のうともユカリは十四歳程度の体付きに戻って蘇っていた。


「ああ、またこの年に逆戻りか。服とか買い直すのは面倒なんだがなぁ。というかこの姿じゃ煙草もまともに吸えないし」


 愚痴りながらもその頬は歓喜に満ちている。ユカリにとって殺されるというのは滅多にない貴重な体験なのだ。


 ユカリは戦う事が好きである。そして負ける事と勝つ事を同程度に好きであった。


 自分を負かすことのできる相手など極稀にしか会う事しかできず、浮世絵町では時子を除く顔役達ぐらいだった。


 勝つか負けるか、ギリギリの勝負をできた。それがユカリにはとても嬉しかったのである。


 けれど、ユカリは少しばかり残念だった。


 今度こそ、という期待を道士へとユカリは持っていたのである。


 ユカリは右手の箒を無造作に宙へ投げ、


「だが、」


 軽やかにそれに飛び、夕下がりのベンチの様に腰掛ける。


 少女の瞳の奥はメラメラと燃えていて、赤いワンピースの裾がふわりと揺れる。


 十四歳ほどの少女の体と成ったユカリの体格は元の時より一回りほど小さい。見た目だけなら活発なご令嬢であり、将来美女となる事が約束されている美少女であった。


 だが、その内に蓄えられた力の量は前と変わらず、否、死ぬ前よりも膨大である。


「あたしを殺すのにはまだまだ温すぎるぜ」


 ドーン、ドーン、ドドドドドドドーン!


 ユカリは一際五月蝿い北の空へと進路を取り、花火で彩られた夜空を一直線に駆けた。


 赤い箒星が空へ流れ、戦場へと落ちていく。


 炎は若い程、強く激しく逆巻くのだ。



 瞬く間にユカリの眼下へ道士とココノエ、それにオニロクが現れた。


 オニロクとココノエは片膝を付いて、道士を睨み上げていて、道士は巨大な水の龍を従えて彼らを押し潰そうとしている。


「喰らいやがれっ!」


 ユカリはピストルの様にした左手の人差し指に白炎を灯して、ヒュンと道士へとそれを打ち出した。


 白炎は螺旋を描いて道士の眉間を打ち抜かんと加速していく。


 道士は南の空から放たれた攻撃にすぐさま気付いたのか、オニロク達へ止めを刺そうとしていた水龍で炎を受け止めた。


 だが、それはユカリの期待通りである。


「悪いな! もうそんな物意味ねえよ!」


 ビルほどの大きさがある水龍の胴に飲み込まれたにも関わらず、拳大の白炎は鎮火する兆しを見せず、そのまま水龍の胴を貫通して道士へと伸びていく。


「ッ!」


 道士は驚きに眼を見開いて、首を右に傾けた。


 白炎の弾丸は道士のこめかみを掠る様に紙一重で外れ、道士のすぐ下の地面へと吸い込まれ勢いを落とさず、そのまま土を溶かして穴を開けた。


「『飲み込め』!」


 道士の号令の下、水龍はすぐさまユカリへと大口を開けて突進した。その威力はオニロク達へ放っていた物とは比べ物に成らず、ユカリに今まで放たれてきた道士の水の中で最大の威力を持っていた。


 箒に腰掛けた炎の女王は泰然と水龍を待ち構え、悠然と両手を広げて水流の大口へと向けた。


「燃えろ」


 刹那、水龍の全身が赤の女王の命令通り白炎で包まれてもだえる事も無く爆発する。


 白い水蒸気爆発に紛れながらユカリはオニロクとココノエの所まで飛んで行く。二三、道士から水で出来た新たなる龍が飛んでくるが、それらいずれもユカリに触れる前に白炎に包まれて爆散した。


 危なげなくユカリはオニロクとココノエのすぐ側まで降り立つ。


「おいおい、お前ら、何死にそうに成ってんだよ」


 ニヤッと笑う少女の姿をしたココノエに、オニロクとココノエは揃って苦笑した。


「来るのが遅いぞ、赤の女王」


「そうよ。あなたが不甲斐なく死んだ所為で私はこんなに疲れたわ」


 彼らの不平不満はごもっともであったが、それをユカリは聞き流した。


「あいつを足止めしてくれた事には礼を言ってやるよ。お前らが居なければ逃げられてた。後はあたしがあいつの相手をしよう」

赤の女王は暴君であり、今は後方で文句を言う者達よりも、眼の前に居てこちらを見ている道士の方が彼女にとって優先事項なのだ。


 道士は沈黙を保ったまま左手で四色の紙を右手で一本の鉄串を握りユカリを睨んでいた。


「……お前はあの魔女か?」


 先ほどまでの姿と面影は残しながらも明らかに違う今のユカリの外見に道士は少しばかり戸惑っているようだ。


「ああ、よくもあたしを殺してくれたな。真正面から戦って負けたのは久しぶりだったぜ」


「なるほど、九尾と鬼はお前がまた来るまでの時間稼ぎをしていたのか。お前はまた私の邪魔をする気か? 何故そうまでして私の邪魔をするのだ?」


「お前の事情なんて関係ねえよ。あたしは強い奴と戦えればそれで良い」


 ユカリに何を言っても無駄だと悟ったのか道士はパッと左手にある紙を中へと投げ付け、鉄串を地面へと突き刺した。


「すぐに終わらせてやる」


 火、土、金、水、木で出来たビル四階分はあるかという五匹の龍が生み出され、それぞれがその牙をユカリへと向けた。


 ユカリは頬を吊り上げて、その犬歯が隙間から覗く。


「良いぜ。正真正銘、全力のあたしを見せてやる」


 言葉と共に、ユカリが来ていた赤のワンピースは炎で包まれて、一息の間に豪華絢爛な白炎のドレスへと早変わりした。


 舞踏会を取り仕切る女王の姿がそこにはあった。


「出し惜しみはするなよ。そうしなければこのステージに留まる事すら出来ないぜ」


「『殺せ』!」


 道士の五色の龍が五行相生の理の元、互いを強化し続けながら、ユカリへと向かっていき、赤の女王は猟奇的に笑いながら右手を振り上げて号令を上げた。


「灰と成れ!」


***


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!


 ドォン、ドォン、ドオオオオオオォォォン!


 百八つの除夜の鐘が鳴り響き、花火が夜空を彩る中、タローの視線の先に戦場が再び見えてきた。


 戦場にはタローの知らない間に高い高い土壁が生えている。


 記憶している限りのこの場に居るはずのローの知り合いの中であの土壁を生やせる者は居ないのだから、あの土壁を生成したのは王志文であろう。


 ドーン、ドーン、ドドドドドドドーン!


 去年初めて見た時、腰を抜かすほど驚き、美しさに見惚れた花火は今、タローの眼には入らない。空には今あの時と同じ美しい花火が咲き誇っているのだろうが、それに眼を奪われている時間と余裕は無い。


 分身体に抱えられていたタローはどうやら愛鈴が居る側の方角へと飛ばされた様であり、戦場へと直線に最短で返り咲いたタローの視線の先に愛鈴が居た。


 はたして、それは幸運だったのか。それとも不幸だったのか。タローには判断がつかなかったが、とりあえずタローは幸運だと思う事にした。何か二択の評価を迫られた時、プラスの方を取るのがタローという青年であるとタローは良く知っている。


 愛鈴はこちらへと背を向けて、何かを抱えるように蹲っていた。


 タッタッタっと分身体と共に森を抜け、タローは愛鈴のすぐ後ろで足を止めた。


 愛鈴の服は間近で見ると色々な所が擦り切れている。


 全力で仕事をし続けた肺を休めるため、息を少し乱しながらもタローは愛鈴の小さな背中へと声をかけようとし、


「ッ?」


 鼻へ届く強烈な腐敗臭に顔をしかめた。


 あまり物を腐らせた経験が無かったけれども、タローにはこの鼻腔を貫く香りが肉を腐らせた事に依る物であると本能的に分かった。


 嗅いだ事の無い、鼻を圧し折る様な吐き気を催す臭い。


 それがタローの眼前に居る愛鈴から発せられていた。


――なんだ、これ?


 タローは息を整えて、ゴクリと生唾を飲み込んだ後、眼前の小さな肩へ声を掛けた。


「……愛鈴?」


 タローの言葉が届いたのか、愛鈴は肩をピクッとさせる。


「タ、ロー?」


 愛鈴が抱えていたナニカと共にタローの元へと振り返り、彼は絶句した。


 目の前の少女が抱えていた物が一瞬何なのか分からなかったのだ。


 ぬちゃぬちゃと腐りに腐った白い肉に包まれた球体状のナニカを愛鈴は至極大切に抱えていて、泣き出す寸前の様な、笑い出す寸前の様な、訳の分からない表情でタローを見ていた。


――骨、か?


 三秒ほどしてタローは愛鈴が抱えていたナニカが腐肉の纏わり付いた髑髏(しゃれこうべ)であると分かり、それゆえに何も言い出せなかった。


 激烈な腐敗臭。


 腐った肉に包まれた髑髏。


 それを守るように抱く不気味な表情を浮かべる李愛鈴。


 その全てがタローに言葉を発せさせることを躊躇わせた。


 見ると、愛鈴の膝すぐ側にはキョンシー達が来ていたあの黒い道士服が落ちていた。これも腐肉と腐汁に塗れていて、ところどころから骨が見えている。


 タローが何も言わないからか、それともタローの言葉など何も聞いていなかったのか、愛鈴は焦点の合わない、笑いそうに頬が歪んだ顔でタローへと口を開く。


「タロー、ねえさんを、たすけて」


 そう言って愛鈴は宝物を見せる様に、抱えていた髑髏をタローへと伸ばした。


 ボトッ。


 と、髑髏から右眼が粘液を伸ばして転げ落ちる。


 タローは眼を見開いた。


 元がどんな顔だったのかすら分からない。腐肉が纏わり付いた骸骨はその真っ黒な眼窩でタローを見つめていて、今にもカラカラと歌い出しそうにも見えた。


 必死に後ろへと後ずさりしようとする右足をタローは留めた。今、ここで逃げてはならない。逃げるという行為すら見せてはならない。


 目の前に居る少女はおそらくもう壊れている。


「おねがい、ねえさんを、たすけて、ください」


 タローは必死に脳を回した。答えるべき回答は何であり、この場で取るべき選択肢は何であるのか。


 どの選択肢を選べば愛鈴を救う事ができるのか。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン! 土壁の向こうから轟音が聞こえる。見ると夜空に火が灯っていた。


 ユカリが蘇ったようであるが、それはこの場を好転させるのには至らない。


 とうにハッピーエンドは望めない。それは明白であるとタローは分かった。眼前の少女は絶望の谷に落ちていて、蜘蛛の糸すら底には届いていない。


 彼女が絶望から脱するための手段はこの場に示されていない。


 ならば、愛鈴を救うためには、彼女を地獄から引き上げるためには、タローに何ができるのだろう。

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