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死者の慟哭--青年とキョンシー 8


 ゴオオオォォォオオオオォオオン!


 王志文の放った鉄剣と鉄鎗はあっさりとココノエの神通力を突き破った。九本の尾を万全に扱えるというのにココノエの神通力がまるで紙のようである。


――やっぱりさっきは手加減していたのね。


 大方李愛鈴を壊さないようにと加減していたのだ。だが、今の王志文がココノエとオニロク相手に手心を加える意味は無い。


 王志文の術の強さは今までで段違いに成っていた。ココノエが出した分身達は鉄槍に貫かれ残り三体と成っている。


 王志文が青、赤、黒の紙を地面へと投げ飛ばし、数十本の蔦と、炎と水の龍が生まれた。


「『喰らえ』」


 蔦達がオニロク達へと伸び、火龍と水龍が大口を広げる。


「ココノエ、下がっていろ!」


 オニロクは左肩を鉄剣に貫かれていたが、頑丈さを武器にして速度を変えず王志文へと突撃を止めなかった。


「命令しないで!」


 文句を言いながらもココノエはオニロクの言葉に従った。オニロクの言葉の意図はつまり、自分が前に出るからココノエには後方支援を頼むという事だ。


 疑いようも無くそれは最善策。ココノエが今の鉄槍を喰らえば耐えられない。


 オニロクの上後方へと下がり、ココノエは残った三体の分身たちと共に九本の尾から狐火を合計三十六生み出し、藍色の炎をゆらゆらと高速で飛ばし、オニロクと自分へと伸びる蔦を焼き払った。その間にオニロクが火龍の牙をかわし、王志文へと突撃する。


 しかし、それは王志文の思ったとおりだった。


 王志文はココノエの狐火によって灰になった蔦達へ鉄串でまとめられた黄色の紙を放った。


 燃やされた灰は大量の土塊となり、それに包まれた鉄串が百数の鉄の武器となる。木生火、火生土、土生金と術を強化する。


 ココノエは舌打ち混じりに自分とオニロクへと向く鉄槍と鉄剣達にしっちゃかめっちゃか狐火を放つ。火剋金、金属の武器ならばこの火で崩せるはずだ。


 だが、ココノエの火が鉄の武器達に届く直前に、水龍の大口が全ての鉄の武器を飲み込んだ。


 瞬間、水龍の体積は二回り増大し、青竜刀を焼こうとしたココノエの狐火は全て水龍の体に飲み込まれジュッと音を立てながら掻き消された。


 ゴオオオォォォオオオオォオオン!


 水龍は火龍ごとオニロクを大口に飲み込んだ。


「ぐぅっ!」


 オニロクが透明な水龍の体に飲み込まれ、成す術も無く王志文のすぐ手前で押し潰された。


「オニロク!」


 ココノエは分身たちと共にバチンと指を鳴らし、オニロクの体を右に弾くが、その間に王志文が再び火龍を召還し、ココノエを襲う。


――ちっ!


 ココノエはオニロクが何とか水龍の腹を突き破って脱出したのを下目で見、火龍を見ながら胸元から山吹色の巾着袋を取り出して、一息にその口を開けた。


 シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 巾着袋からもち米が濁流と成って溢れ出し、ココノエは神通力でこれを操り、火龍へとぶつけた。


 水分を含んでいないカラカラのもち米は火龍の体に触れたそばから炭化するが、その勢いを弱めるに至った。


 ココノエは炭化せずに済んだ六割ほどのもち米を巾着袋へと戻しながらギリギリで火龍の牙を避け、一体分身を犠牲にしながらも王志文へと右手を向けて、パチンと神通力を放つ。


「『上がれ』」


 王志文の命令と共に盛り上がった高さ三メートルほどの土壁に神通力が阻まれるが、水龍に足を取られそうになりながらもオニロクが突撃した。


「セイ!」


 裂帛とした気合と共にオニロクの左の剛腕は土壁を粉砕しながら王志文へと振るわれ、それを王志文は一歩下がる事で軽々と避けた。


 オニロクの拳は紙一枚ギリギリで王志文の額を掠る事も無く宙を切る。


「『切り裂け』」


 そして、カウンターのようにオニロクの全身を風刃が切り裂いた。


「まだだ!」


 ゴオオォォォォオオオォオオオン!


 オニロクは更に一歩踏み出して、全身から血を流しながらも右の拳をアッパーカットの様に下から打ち出す。


 けれど、これも王志文には読まれていた。王志文はオニロクへ風刃を放つと同時に青紙を地面へと落としていたのだ。


「オニロク! 下よ!」


 ココノエは火龍の牙に着物の袖を焼かれつつも、オニロクへと狐火を放った。この隙に更に一体分身が火龍へと焼かれ残る分身は後一体となる。


 ココノエの狐火はオニロクを巻き込んで彼を拘束しようとした蔦を焼き、オニロクは藍色に燃えながら更に王志文へと足を踏み出した。


 残す除夜の鐘は後九つ。ココノエは残る分身一体と共に火龍へとパチンと指を鳴らした。


――本当にキャラじゃない事をする物じゃないわね。


***


「姉、さん」


 何も愛鈴は考えられないでいた。一切の誇張無く彼女の頭の中は真っ白で、ただ目の前の彼女に馬乗りに成る李愛鈴の姉李明鈴の姿を見つめるばかりだ。


 愛鈴の顔は完全に呆けている。彼女は李明鈴の存在が信じられなかった。愛鈴にとって李明鈴がここに現れる事は全く頭に無く、頭の中には王志文のことしか無かったのだ。


 もし、ここで愛鈴を抱き止め地面へと叩き落した相手が李明鈴以外の村人のキョンシー達であったなら、誰であろうと愛鈴は焼き払っただろう。それほどまでに愛鈴は激昂し、復讐に燃えていた。


 だが、現れたのは明鈴だった。明鈴は愛鈴に唯一残った肉親で最愛の人だ。


 たった二人残された姉妹で支え合って日々を生き、愛鈴が病に侵された時も、明鈴は泣く事も無く明るい笑顔を浮べながら愛鈴を励まし看病をしてくれた。

それがどれほど死の淵に居た愛鈴の支えに成っていた事か。


 明鈴だって泣きたかったはずだ。明鈴にとって最後の家族がもうすぐ死のうとしていたのだ。彼女はたった一人残される未来がほぼ確約されていて、いつか自分もまた家族と同じ様に血反吐を吐いてのた打ち回り死ぬかもしれない。

明鈴が感じていた恐怖は計り知れなかった。


 それでも、明鈴はたった十五歳の少女であるのにも関わらず、愛鈴の姉として気丈に振る舞い続けたのだ。


 あの時、床に伏せながら愛鈴はそんな姉を見て感謝とも後悔とも取れない複雑な感情を持っていた。自分さえ病気に成らなければ、明鈴があのように苦しむ事は無かったとも思ったし、何で明鈴は病に侵されず自分だけが死んでいくのかとも考えた。


 あの時点では健康だった明鈴の事を恨んだ日もあるが、それと同じくらいあの時の愛鈴は明鈴を愛していたのだ。


 そんな、愛鈴の最愛が目の前に居る。愛鈴は何かしようとしたけれど、何をすれば良いのか分からなかった。


 だから、愛鈴の口は壊れたスピーカーのように同じ言葉を繰り返す。


「姉、さん」


 明鈴が自分と同じ様にキョンシーと成っていて、しかし自分と違って王志文の支配から抜け出していない事は分かっていたけれど、それでも愛鈴の口は最愛から返事を求めて声を紡ぎ続けた。


「姉さん」


 だが、明鈴の返答は非常である。


「………………」


 明鈴はその右手で愛鈴の首を抑え、左手を真っ直ぐにゆっくりと引いたのだ。


 左手の指はピンと伸ばされている。


――――――――――ッ!


「…………」


 愛鈴の意識が明確に戻ったのと、明鈴の左手が愛鈴へと突き降ろされたのはほぼ同時だった。


 明鈴の左手の指と愛鈴の両目の距離がコマ送りに近付いてくる。


 愛鈴の体は既に死んでいて、とうに痛みを感じなくなっているが、それでも本能は未だ健在だった。


 愛鈴は両手で無意識に自分の顔を庇い、気付いたら明鈴と自分の間に烈風を作っていた。


 キョンシー姉妹の間に一瞬小さな旋風が渦を巻き、弾かれた様にゴオォゥ! と爆発する。愛鈴を地面へと押させえつけていた明鈴の体はその体格らしく軽々と浮かび上がり、加減を忘れた烈風は向かいの土壁へと明鈴を叩き付けた。


 愛鈴は何の思考もできないまま立ち上がり、眼を見開きながら、土壁に背を預けた自分の姉の姿を見て呼吸を止めた。


「………………」


 おかしな方向に土壁に叩きつけたのか、明鈴の右腕はおよそ人間では曲がってはいけない方向に曲がっていた。肘が砕けたのか彼女の右腕は外側へと逆方向に向いていてだらんと力なく垂れている。


 誰が明鈴の右腕を壊したのか。


――わたしが、壊した?


 愛鈴である。たった今加減を忘れた愛鈴の狂風が最愛の姉の右腕を壊したのだ。


 額に呪言の札を貼った頭をぐらりと前へ動かしながら、明鈴は不気味で不自然な動きをしながら土壁から背を離した。


「どい、て」


 意味が無いと分かっていたけれど、愛鈴は明鈴へと口を開いた。それは幼子が聞き分け悪く家族へ我儘を言っている様だった。

愛鈴の我儘は聞き届けられる事は無い。


「………………」


 明鈴は沈黙を保ち、体へと緑炎を纏わせ、バチバチと紫電を帯電し始めた。


「い、や」


 愛鈴はジリッと後ずさりをした。彼女の視線は無残に捩じれた姉の右腕に固定されている。これ以上最愛の姉を壊したくなかったのだ。


「………………」


 けれど、キョンシーと成った明鈴は最愛の妹の願いを叶える事は無い。今の彼女は王志文の命令に従うだけのただの人形である。


 ゴオオォォォォオオオォオオオン!


 鐘の音が合図だった。


「………………」


 残った左腕を振り上げて緑炎を纏った明鈴が紫電を放ちながら愛鈴へと突撃する。


 愛鈴はブラブラと揺れる明鈴の右腕から眼を離せなかった。


 これ以上最愛の姉を傷つけたくなかったのだ。だが、さりとて、壁一枚を挟んだところに王志文が居るためここから逃げる事もできなかった。


 すぐ眼と鼻の先に土壁の向こうで轟音を立てながら、王志文が立っているのだ。


――――――――。


 思考がもう纏まらなくなってきていると愛鈴には分かっていた。時間は悠々と残されていない。だが、手段が思いつかない。


 そのため、愛鈴はその場から上空へと飛び上がった。


 逃げるためではない。時間を稼ぐためである。刻一刻とスカスカに成っていく頭ではまともな思考ができそうになかった。ならば思考時間を稼ぐしかない。


 明鈴はすぐさま進路を前方から上方へと変え、ピッタリと愛鈴へ距離を詰めて、左腕から緑炎や紫電を愛鈴へと打ち出した。


――――――――。


 愛鈴はそれらを右に左に避けながらこの場を打開するために、考えたそばから霞みのように消えていく思考を必死に掻き集める。


 何とかして明鈴を傷つけずに王志文のところまで行くのだと愛鈴は幼い顔を苦痛に歪ませて涙を滲ませた。

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