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死者の慟哭--青年とキョンシー 7


 ゴオオオォオオオオォォォオォン!


 除夜の鐘が鳴り響く。


 愛鈴が王志文に近付いては離される事を四度繰り返した時、空と地より乱入者が現れた。


「……シッ!」


 空から先ほどタローを抱えていた妖狐が、その山吹色に光る九本の尾を一杯に広げてそれぞれの先から藍色の狐火を、


「うらぁっ!」


 森から飛び出したオニロクが、その剛腕を、それぞれ王志文へと放った。


 九つの藍色の狐火はゆらゆらと不規則に揺れ動き、それとは対照的にオニロクの巨体が真っ直ぐに王志文へと近付いてく。


「『絡め取れ』」


 王志文は猛烈な速度で自らへと近付いてくる鬼と狐火に対して、地面へ青と黒の紙を落とす事で対処した。


 短冊ほどの大きさの青と黒の紙は地面に触れた瞬間数十本の長い水を纏った蔦となり、それがオニロクと狐火を絡め取ったのだ。


 狐火は蔦を焦がす事もできず、九つ全てが蔦へと絞め潰された。


「ちっ!」


 空の九尾が強く舌打ちをし、パチンと右手の指を鳴らす。それと同時に王志文は後方へと飛び、たった今まで王志文が立っていた地面がくり貫かれるように陥没した。


 だが、その隙にオニロクは右半身に絡みついた蔦を引き千切り、即座に構え、王志文を睨み付けた。


 三秒にも満たないこの間、愛鈴は一歩も近寄る事ができなかった。突然現れた妖狐とオニロクに驚き、固まっていたのだ。


 彼らがこの場に現れる事はある種当然であり、むしろ、今李愛鈴というキョンシーがここに居る事こそ異常であると分かっていたけれど、愛鈴はオニロク達が現れた時、放心してしまったのだ。


 放心し、ハッと思考が再開した時、愛鈴は激怒した。


「邪魔を、するなぁ!」


 愛鈴は自分の敵では無いはずのオニロク達ごと、王志文へ竜巻を放った。今ままで最も大きく強い烈風は地面を抉り、土塊を辺りへと撒き散らしながら、全てを飲み込もうとその大口を開ける。


 許せないのだ。王志文の眼が自分以外へ向く事を愛鈴は許せなかった。今、愛鈴は復習者として相対しているのだ。自分以外の者へ眼を向けるなどあってたまる物か。


 李愛鈴の復讐なのだ。李愛鈴達の復讐なのだ。わたし達以外がこの場所に居てたまるか。そんなまとまりが無い、理性が働いていない思考が、愛鈴を凶行に走らせる。


――きっと、長くは持たない。


 愛鈴には分かっていた。額に貼られた呪言の札を剥がした時から、どんどん思考が働かなくなっている。体がみるみると腐り落ちている。このままではすぐに愛鈴の体はグジュグジュに腐り落ち、物言わぬ死体へと戻るだろう。


 死体に戻る前に、まだ意識がある内に愛鈴は、王志文への復讐を遂げなければならないのだ。


 それを邪魔するのならば、何物であろうと愛鈴の敵である。


「この馬鹿!」


 愛鈴が放った烈風に九尾の狐が苛立たしげに、両手の指をパチンと鳴らした。竜巻の左側方に何か強い力が巨大なハンマーのように叩きつけられたのが愛鈴には分かった。


 竜巻の進路は右へと変わり、間一髪でオニロクを巻き込まない。


 けれど、愛鈴はそれで止まらなかった。


「ああああああああああああ!」


 先ほど同サイズの烈風を、極大の緑炎を、白く光る紫電を、出鱈目に愛鈴はオニロクたちへと放ち続けた。一歩でも王志文に近付くために、邪魔者を排除するために、もうこのキョンシーには敵味方の区別は無かったのだ。


 しかし、


「ああ、もう!」


 山吹色の着物を着た艶かしい妖狐が心底うざったそうに、懐から山吹色の巾着袋を取り出した瞬間である。


「『分断しろ』」


 王志文の黄色い紙と共に、高さ百メートルほどの巨大な土壁が、愛鈴のみを分断するように一帯へと生えた。


 愛鈴が放った炎達は、全て土壁へとぶつかり、そこを削るだけに終わる。


 また、王志文の姿が愛鈴に見えなくなった。


――――――――――ッ!


 土壁を乗り越えようと、愛鈴は空へ飛ぼうとしたが、それは叶わなかった。


 空を飛び、後少し土壁を乗り越えられようとした時、誰かが愛鈴の体を体当たりするように抱き締めたのだ。


 愛鈴は彼女を抱き締めた誰かと共に、また土壁の向こう側へと叩き落される。


――――――――――$&*%!


 言葉にならない感情が爆発する。

また、新たなる邪魔者が現れたのだ。それは愛鈴が王志文の所へ行く事の邪魔をする。


 愛鈴は地面を背にして、自分を地面へと叩き落した者に馬乗りにされていた。


 何故、邪魔をするのか。わたしは復讐を遂げなければならないのに。


 愛鈴は自分を抱きとめた主をキッと睨み上げた。このまま燃やしてやると思ったのだ。


 だが、愛鈴はそうできなかった。


 彼女は眼を見開いた。目の前に居た者に眼を奪われていたからだ。


 その者は王志文の服と似て、けれど、やや流線型に近い黒の道士服を着ていた。黒い髪は首元から川の様に流れ落ちる。肌は白魚の様に真っ白で、黒曜石の瞳は見開かれ、左目蓋には泣き黒子があった。額には呪言の札が貼られ、その表情に色は無い。


 彼女の顔は酷く愛鈴と似ていた。いや、愛鈴が彼女と似ていると言った方が正しい。李愛鈴と言う少女が後三年もしたら、眼前の彼女のように成るだろう。


 愛鈴は彼女の顔に見覚えがあった。毎日朝昼晩と話し、自分を支え続けてくれた人の顔を忘れられるものか。


「……姉、さん」


「………………」


 見間違いようが無い。


 愛鈴の目の前には、彼女の最愛にして最後の家族、李明鈴が居た。


***


 空中より一体のキョンシーが李愛鈴を抱えて土壁の向こうへと落ちた。


――これは少しまずいわね。


 ココノエは上唇を一度舐めた。


 王志文によって愛鈴と自分達は巨大な土壁に分断されている。それ自体はココノエにとって都合が良かった。自分達へも攻撃を放つほど暴走しているあのキョンシーの攻撃を無視できるというだけで幾分か気持ちが楽である。


 けれど、わざわざこの様にしたという事は、王志文にも考えがあるという事だ。


 王志文の考えなどこの場にいる者ならばすぐに分かるだろう。


 宙を飛ぶココノエは下方の王志文から眼を離さず懐に手を入れた。


「……どうして、わざわざ愛しのキョンシーを壁の向こうに追いやったのかしら?」


「お前達と李愛鈴を同時に相手にするのは少々煩わしいからな。私はすぐに李愛鈴を調べたい。さっさとお前達を殺す事にした。愛鈴の相手はアレの姉の李明鈴がしてくれる。愛鈴には劣るが明鈴もまた素材としては申し分が無い。お前達を殺すまでの時間ぐらいは稼ぐだろう」


 いっそ王志文のみが力を振るうのではなく、キョンシー達を召還してくれた方がマシだった。キョンシー相手ならば用意してきたもち米で無力化できる。だが、それは王志文にも分かっている事だろう。彼は彼だけの力でココノエとオニロクを排除するつもりである。


「……我々がそう簡単にやられるとでも?」


「先ほどまでなら手こずった。それは認めよう。だが、五行が万全となった私をお前達程度が止められるはずがない」


 ココノエは顔をしかめた。神通力と水龍の突撃、そして李愛鈴の竜巻が仇となった。


 今自分達が居る一帯にあった黄城公園の木々は全て押し倒され引き抜かれている。こうなっては黄城公園のドライアド達では操れない。この場所ならば王志文は自由に木々を生やし操れるだろう。


 つまり、今の王志文は木、火、土、金、水全てを操れるという事だ。五行相剋、五行相生全て使う王志文には、自分とオニロク二人かかりでは相手にならない。


「へえ、九尾の狐も舐められたものね。まともに女も口説けない男が私を倒せるとでも思っているの?」


 しかし、ココノエは妖艶に王志文を挑発した。


 自分ではオニロクと共闘しても勝てない。実力差がありすぎる。普通のココノエならばここで切る手札は逃げの一択だった。


 それでも、ココノエはユカリが生き返るまで時間を稼ぐと。タローに約束したのだ。


 惚れた相手との約束を破ってはならない。それは良い女の条件である。


 ココノエは恋に生きる九尾の狐なのだ。


――けど、タロー君が今救いたい相手があのキョンシーってのは気に食わないわね。


 一度胸中で苦笑して、ココノエは懐から人形の紙を六枚取り出した。ココノエが持つ人形の紙はこれで最後である。


 ドロンとココノエは六体、最後の分身達を作り出した。これらを使えばこの場から逃げるのは簡単である。まあココノエは逃げる気などさらさらないが。


 戦うなど本来、自分のキャラではない。この様な野蛮な行為は、ユカリやオニロクなどの領分だ。けれど、まあ、想い人のためなのだ。無理をする事にしよう。


 ゴオォオォォォオオォォォオォン!


 ゴオオオオオォォォオオオオオン!


 残す鐘は後十二。


――さて、タロー君とのデートが待っているし、頑張りましょうか。


「…………」


一拍の沈黙の後、ココノエは妖艶に微笑み、それが合図だった。


「ラアァァァァァァァ!」


「捩れろ!」


 オニロクが突撃し、ココノエが分身たちと共にバアァチン! と指を鳴らす。


「『貫け』」


 王志文の周りに青竜刀や鉄鎗が数十生まれ、三人の力が激突した。

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