死者の慟哭--青年とキョンシー 3
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「しつこい男は嫌われるわよ!」
タローの耳元でココノエが吠えた。ココノエ達が通った森は道士の火球でくっきりと燃え跡と成っている。ドライアド達は声無き悲鳴を上げているだろう。
道士は水を、火を、鉄槍を、土を、木以外の全てを使ってココノエを追い詰めようとしていく。もう道士はココノエの後方二十メートルに迫っていた。
ココノエは神通力に分身、もち米の津波、そして、稀に藍色の狐火さえ出しながら道士を撹乱する。むしろ、ここまで逃げ切っている事が奇跡の技だった。ココノエはタローというお荷物を抱えているのだ。タローを抱えなければ、その九本の尾を更に逃走に使えるはずだ。
ココノエの力の源はこの毛並み豊かな九本の尾である。これらを思う存分に奮えるのなら今のように道士に距離を詰められていないだろう。
だが、だからと言ってタローは『自分を降ろせ』などとココノエには言わない。今、ココノエの力がなければタローはおそらく死んでいるし、彼女もそれを望まないと分かっている。
『さあさあ、皆! そろそろ鳴らすぜ除夜の鐘! 一年最後の俺の音、煩悩数えて聞き惚れろ!』
いきなり唐突も脈絡も無くウツセミ神社の方から極大の大声が浮世絵町へと響き渡った。
除夜の鐘が鳴るのだ。今から百八回目の鐘が鳴った瞬間、今年が終わり、新年が始まる。
突然の爆音に道士の体が少しだけ固まった。
絶好の好奇。
「ココノエさん!」
「分かってるわ!」
タローの言葉にココノエは飛びながらくるりと道士へと振り向いて、懐から人形の紙をばら撒いた。
百を越える分身が生まれ、本体含めて全ての九尾が道士へと両手を向ける。
ゴオオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオオオォォォォォォォオオオオォォォン!
一度目の除夜の鐘の中、ココノエはその耳をピンとさせながら叫んだ。
山吹色に光るココノエの尾が一際強く発光する。
「大盤振る舞いよ! くらいなさい!」
バァァァァァァァァァァァァァチンっ!
二百を越える音は寸分たがわず同時に鳴り響き、瞬間九尾の狐の全力の神通力が百数倍と成って道士を襲う。
道士が初めて顔色を変えた。彼は懐から赤、黄、黒の紙、そして、鉄串を取り出した。前方へと投げ付けた。
「『押し流せ』!」
火、土、金、水と、五行相生の流れに乗り、先ほどとは比べ物に成らない程巨大な水龍が生まれ、それが道士の前に彼を守るようにと立ち塞がる。
「捩れなさい!」
「『行け』!」
水龍の体は超大な神通力にひしゃげ、見るも無残な螺旋となるが、それでも水の龍は主の明に従って、ココノエ達へと突進していく。
周囲の木々は水龍と神通力に押し潰され、平地と化した。
ゴオオオオォォォォォォオオオオオオオオオオオオオォオオオオォォォオオオオォォォン!
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオォオオオオォォォオオオオオオオオオオォォォン!
ゴオオオオォォォォォォオオオオオォォォォォォォオオオオオオォォォオオオオォォォン!
二度目の除夜の鐘が鳴り、それが三度、四度と続いていく。
神通力と水龍の力は釣り合いはじけ飛びそうな均衡と成った。
タローは少しでも力負けしたら自分達がこの水龍に押し潰されると理解して身構える。
これが伝わったのだろう。ココノエの尾が強くタローを抱き、彼女は高らかに叫ぶ。
「大丈夫! タロー君を抱いているんだもの! 私が負けるはずが無いわ!」
ココノエはもう一度、指を鳴らした。
***
『皆盛り上がってるか! この年最後の時間を楽しんでるか! 終わり良ければ全て良し! 精一杯に騒げ楽しめ! 一年最後何をしても無礼講!』
十一時五十八分。除夜の鐘がイエイイエイと自身を打ち鳴らす。
鐘の音は轟音であるのにも関わらず、住民達の会話を邪魔しない。たとえ、目の前で鳴っていたとしても、住民達は互いの声を何時もの様に聞き取る事ができた。
如何なる力が働いているのか浮世絵町の誰も知らなかったが、この鐘の音はとても心地が良い。一説では浮世絵町の創成期、龍田と朱雀丸、そして竹虎達と同時期からこの鐘は毎年毎年響いているようだ。
浮世絵町を見守り続けた鐘の音は今年最後を彩る様に締め括る様にしんみりとされど華やかに轟音を鳴らす。
その音を聞きながら、コマメは未だ時子と共に黄城公園を見つめていた。
「ねえ、時子。そろそろ今年が終わってしまうよ。まだタロー達は戦っているようだね」
「そうだな。あの馬鹿達は大晦日を楽しむ頭が無いらしい。どうやら私の新年一日目は診察から始まりそうだ。まったく、診察料をふんだくってやる」
時子の言葉にコマメはハハっと笑った。法外の診察料を請求され眼を丸くするタロー達と頭を抱える超常現象対策第三課の姿が目に浮かんだからだ。
「それは良い。タロー達もそれだけ請求されれば少しは懲りるだろう。もっと平和的に戦ってくれるはずさ」
コマメはグルグルと包帯を巻かれ固定された自分の足と腕を見た。自分の四肢を追ったあの黒い服を着た道士が今タロー達と戦っているのだ。ユカリと戦い生き残れた相手なのだから間違い無く実力は確かである。
――また、タロー達に大福を振舞いたいな。
前回、愛鈴を連れてタローがアズキ堂に来た時の事をコマメは思い出した。タローはアズキ堂の常連客であったが、あの日以降一度もタローはアズキ堂へ来なかった。
コマメは自分が作った大福や団子やおはぎをタロー達に食べてもらうのがとても好きだった。客達が談笑しながら品を食べ、茶を啜る。コマメは小豆色の制服を着てその様子を見つめ、偶には彼らの和の中に加わる。
コマメは早くまたタローにアズキ堂へと来て欲しかった。
これからの穏やかな時間の中にはあのキョンシー、愛鈴が加わるだろう。彼女はコマメの大福をとても気に入ってくれていた。
タローは今全力を持って愛鈴のために戦っているだろう。
だが、コマメは複雑な気持ちだった。
「ねえ、時子。僕はタロー達に頑張って欲しいけど、タローに頑張って欲しくないんだ」
素直に吐露したコマメの気持ちに時子は短く沈黙した。
「……ああ、私もそう思う」
「もう何度か聞いているけど、タローは加減できないのかな?」
「加減するための経験をあいつは積めないからな」
「そうだよね。そうなんだよね」
コマメは溜息を付いた。何度も聞いている事だった。
タローはこの浮世絵町で誰よりも頑張ってはならない人間だ。それをコマメは良く知っている。
「……タローはあんな〝力〟を持たなければ良かったんだ。タローが持つには過ぎた〝力〟だ。両刃の剣はあの馬鹿に重過ぎる」
ふうっと吐かれた時子の言葉に、コマメは眼を丸くした。
「珍しいね。時子がそんな事を言うなんて。いつもの君ならもっと淡白に言うと思うけど」
「今日は大晦日で今除夜の鐘が鳴っている。私だって少しは失言するさ」
「うん。ならしょうがない」
後ろ振り向いてコマメは時子と眼を合わせ、もう一度ハハッと笑った。
何はともあれ何を言ったとしても、コマメはここでタロー達の無事を祈るしかない。
ゴオオオオォォォォオオオオオオォォォオオオオオオオオオオォォォオオオオオォォォン!
除夜の鐘の音に耳を澄ましてコマメは瞳を閉じた。
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「何でマイクが飛んでくるかなぁ」
サブローは自分の後頭部に薬壷の薬を塗りながら、ため息を付いていた。
この鎌鼬の前にはカッカッカと赤い杯で酒を飲む法被姿の朱雀丸達が居る。彼らは今年最後の宴会をしている様だ。
つい先ほど、除夜の鐘の音でサブローは眼が醒めた。喉自慢大会に吹き荒れた朱雀丸の暴風の中、巻き上げられたスノーマーメイド達の下着を求めた結果、後頭部へのマイクによって気絶していたのである。
――惜しかった。あと一秒、あと一秒マイクが飛んでくるのが遅かったら、エデンが見えていたのに。
サブローは唇を噛み締めた。何故、自分はマイク如きで気を失ってしまったのか。ガールズウォッチングをしに来たあのガッツは何処へ行ってしまったのか。
ため息を付いたが既に後の祭り。未だ祭りのボルテージは高まっているが、後の祭りなのだ。サブローはスノーマーメイド達の下着という滅多にお目にかかれない激レアなエデンを見逃してしまったのだ。
この傷ついた心は朱雀丸達の宴会を通り過ぎる色鮮やかな着物で自身を彩った女性達で癒すしかないだろう。
そんな傷心のガールズウォッチングの中、ふとサブローはタローの事を思い出した。眼が覚めたら先ほどまで一緒に居たあの青年の姿は無く、目の前には豪快に笑う天狗や鬼や付喪神やらが居た。タローの仕事に行ったのだろう。彼は本日愛鈴の依頼のため道士とやらと戦っているのだ。
「タローはどうしてっかねぇ」
年が明けるまで後三分と成っていて、百八つの除夜の鐘の音の間隔が少しだけ早くなっていった。鐘のテンションが上がってきているのだ。
まだタローは戦っているに違いない。タローが無事と分かればこの天狗が無理やりでも宴会に連れてくるからだ。
――そういえば、タローとの付き合いももう八年くらいになるのか。
八年前のある日。タローはユカリに連れられて突然この浮世絵町に現れた。そしてタローはサブローの隣の部屋、チミモウリョウの202号室の住民となり、思えばその頃からサブローはタローと付き合いがある。
考えてみれば長いものであり、それだけの時間タローの事を何度も知る機会を持てば飲み会に誘うようになる物だ。
――タロー、今回はどうする?
サブローは胸中で問い掛けた。
必要と有らば、タローは彼の持つ〝力〟を躊躇いながらも使うだろう。サブローはその事を経験から知っていた。
では、自爆に近いあの力をタローが使ってしまったとして、どうするかサブローは考えた。
答えはとっくの昔に経験的に決まっている。
――まあ、とりあえず、飲み会に誘うか。
起こりうる可能性への対応を決めて、サブローはガールズウォッチングを再会した。
――やべえ、あの雪女めちゃくちゃエロい!
ゴオオォォォオオオオオォォオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォン!
除夜の鐘の中、この鎌鼬は何処までもいつも通りだった。
***
均衡が終わり、どちらとも無く神通力と水龍が掻き消えたのは二十一度目の鐘が鳴った時だった。ココノエの周りに居た分身達はその力を出し尽くしたのか、全てただの人形の紙に戻っている。
道士とココノエの距離は何時の間にか百メートル強まで離れていた。
けれど、未だ道士は健在である。
――あれを耐えるか!
タローは驚愕したが、ココノエはにやりと笑った。
最初からココノエは道士を倒す気など無い。彼女は時間一杯まで逃げ切れれば良いのである。
距離さえ開けばまだまだ逃げ切れる。九尾の狐は自身の逃走術に絶対の自信を持っていた。
タローを抱くココノエの尾の力が一度強くなり、再び、タローはココノエに抱えられ空を飛んだ。
ゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォオオオオォォォオオオオオオオオオオォォォン!
「さあ、仕切り直しよ!」
みるみるとタローの視界に移る地面は小さくなっていき、道士がココノエを追おうと立ち上がる姿が見えた。このまま、また先ほどと同じ空中戦が始まる事は想像に難くない。
されど、その瞬間である。
「っ!」
タローは眼を見開いた。
敗北条件がのこのことその姿を現したのだ。
――くそっ! 勘弁しろよ!
「ココノエさん、下だ!」
「!」
ココノエはすぐさまタローの意図を察知し、急上昇した体を急降下させる。
「待て!」
タローは叫ぶが、少女は止まらない。
少女は赤いチャイナドレス然とした服を来て、薙ぎ倒された木々を越え、真っ直ぐに道士の元へ飛んで来る。
距離はもうすぐそこまで迫っていて止める事は叶わない。
少女の額に貼られた下半分が破かれた呪言の札が風に吹かれて揺れ動く。
「ご主人様ぁ!」
李愛鈴が空を飛び、道士の眼前へと舞い降りた。




