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屍の王--あるキョンシーの追憶 4

 バチバチバチバチバチバチ!


 五芒星は見事その役目を全うし、空駆ける六のキョンシー達の体を固定する。


 最も先行していた飛ぶ事の出来るキョンシー達の後方からは、跳ねるキョンシーと走るキョンシー達が爪を突き出していた。


 今、この場を逃してチャンスは無い。タローはセーマンの札を使い切ったのだ。


「行け!」


 タローは一息に右手に残ったドーマンの札八枚をキョンシー達へ投げ付ける。


 炎を出していたキョンシー達は今五芒星に捕らわれている。


 放たれたドーマンの札達は五芒星に捕まっているキョンシー達に三体、後方から跳び、走るキョンシー達五体に貼り付いた。


――良し!


 貼られなかったキョンシー達は多数居るがそんな事は問題では無い。


 庶民派陰陽師特性の護身法の効力は折り紙つきだ。


「切り裂け!」


 八重の巨大なドーマンの印がキョンシー達ごと空間を切断した。


 作戦は成功である。


 だが、ここでタローには信じられない事が起きた。


 体中を切断されたのにも関わらず、宙に飛んでいた六体のキョンシー達がその切断された肉片と共にタローへと飛んで来たのだ。


 完全に体の動きを止めてしまったタローでは避ける事が出来ない。


 腕、腹、太腿、足、頭、首。


 黒い布を絡み付かせた青白い肉片達は内臓をドボドボと落としながら、その体に黄緑色の炎を纏わせていき、それと共にバチバチバチと紫電を作る。


 セーマンの札は使い切ってしまった。ドーマンの札は炎を纏われては使えない。


「ッ!」


 せめて、と、タローは形ばかりの防御を取るため両腕を交差させた。


***


 カチ、コチ、カチ、コチ、カチ。


 時刻は秒針を見つめながら愛鈴はタロー達の無事を祈っていた。


 先ほどの違和感への答えは後少しで分かりそうだったが、答えに近付くほど、騙し絵の様に煙に巻かれていく感覚を覚えた。


 時刻盤を何度も回った秒針。今は十一時を回るかという所。タロー達が■■と相対して一時間は経った筈だ。


 戦況などの報告がありそうな物で、事実あるのだろうが、愛鈴を護っているハク達は彼女へ何の情報も流さない。


 確かに下手な事を伝えて護衛対象に暴走されては堪らないのだろうから、彼らの考えも分かる物だと、愛鈴は胸中で溜息を吐く。もしも、タロー達が追い詰められている等の事柄を自分が知ってしまえば、現場へと向かおうとしてしまう可能性を捨て切れないのだ。


「……愛鈴さん、ココアのおかわりはどう?」


 ハクがトコトコとギョロっとした眼を愛鈴が両手で持っていたマグカップへと向けた。マグカップに入っていた暖かく甘いココアはもう無くなっている。


「はい。いただきます」


 素直に愛鈴はハクの言葉に甘え、ボトルを持った鬼から湯気立つココアを注いで貰った。


 両手に再び生まれた熱を感じながら、愛鈴はハクへと問い掛けた。


「……タロー達は今どうなのですか?」


「う~ん。答えられないよ。まあ、オニロク達を信じてとしか言えないな」


「そうですか」


 思ったとおりの言葉がそのまま返ってきた事に愛鈴は苦笑する。


 この犬だか獅子だか分からない、ギョロギョロとした眼のハクから表情を読み取る事など愛鈴には出来なかった。できれば楽観視してタロー達が無事に■■を捕らえただろうと信じたかったが、不安が尽きる事は無い。


 分からない事だらけだと、愛鈴は思った。今の自分は何も分かっていない。タロー達が無事かどうかも、何故■■がこうも自分に固執するのかも、さっきから感じている違和感の正体も。


 李愛鈴という人間に、いや、キョンシーにこそ直接関係のある話だと言うのに、当の中心人物が一番真実から遠い所に居るのは何故なのだろうか。


 今度は胸中ではなく実際に溜息を吐いて、愛鈴は一口ココアを飲んだ。


 暖かくほろ苦い甘さが舌をなぞり、喉を通っていく。


「おいしい」


 ふうっと感想が漏れて、愛鈴は困ったように笑った。


 まったく自分はこんな環境であると言うのにどうしてココアを味わっているのだ。この間にもタロー達が自分の依頼の所為で戦っているというのに。


 けれど、おいしいものはおいしいのだ。人間だった頃でもキョンシーに成った今でもこの食事の美味しさは変わらない。


「……困りまし――」


――たね。


 と自嘲気味に再び笑おうとした時、唐突に李愛鈴の中の何かが警鐘を鳴らした。


 待て。


 気づけ。


 思い出せ。


 何を考えた?


 ちゃんと整理しろ。


 今、重大な何かに気づいたはずだ。


「……愛鈴さん? どうしたの?」


 突然黙り込んだ愛鈴にハクが近付いていくが、彼女は何の反応も返さなかった。


――何? 一体何がおかしいの?


 おかしい事は分かる。何かがおかしい。何かが致命的に間違っている。


 なら、その間違いとは何なのか。


 愛鈴は改めて、違和感を持っていた情報を思い出し、一つ一つ順に吟味した。


――違う。そうじゃない。


 すぐさま頭を振る。違う。一つ一つを考えてはいけない。全体で考えなければならない。


 今、李愛鈴の記憶と、李愛鈴が置かれた状況を同時に吟味するべきのはずだ。


 愛鈴は考え、


 思い出し、


 考え、


 吟味した。


 横から聞こえてくるハクの声も気に成らない。気にする余裕が無い。


 騙し絵に気付く為には視野を広く、視点を変える必要がある。


 李愛鈴の過去は何だっただろうか。



 村を病が襲った。愛鈴の家族は三つ上の姉以外全員死んだ。


 愛鈴自身も病に罹り、血を吐いて死を待つだけに成った。


 ■■が旅人として村を訪れ、愛鈴へ薬を渡す。


 その薬を飲んだら、たちまち愛鈴の病は完治し、■■は村全体へこの薬を配った。


 村中から病が消え、村人達は■■へ感謝した。



 これである。


 では、今、李愛鈴置かれた状況は?



 逃げ出した李愛鈴を追って、■■が浮世絵町に来た。



 言ってしまえばこれだけだ。


 ならば、何故、そんな状況に置かれたのか。



 李愛鈴が■■のキョンシーだから。



 愛鈴にはこれ以外思いつかない。


 これらの情報をまとめると、何がおかしいのだろうか。


 愛鈴は眼を瞑り、額に右手を当てた。半分に破かれた呪言の札の感触が伝わる。


 そして、


 考えて、


 思い出して、


 考えて、


 思い出して、


 ふと、視点を変えた時、


「………………………………あ」


 愛鈴は違和感の正体に気付いた。



 スクッと愛鈴は立ち上がった。その眼は見開かれ、ワナワナと震えている。


 愛鈴は自分が気付いてしまった事が恐ろしくて成らなかった。


 もし、もし、たった今浮かんで来たこの違和感の正体に対しての答えが、愛鈴の思った通りであるのなら、どれほど恐ろしい事だろう。


 今までの前提が全てひっくり返ってしまう。


「愛鈴さん、いきなり、どうしたの?」


 ハクが何か言うが、愛鈴には取り合う余裕が無い。


 彼女には一刻も早く確かめる必要があった。違和感の正体に対しての答えが、彼女の思った通りのなのか否かを知る必要があったのだ。


 愛鈴は、スタスタと超常現象対策第一課の部屋から出ようとドアへと足を進めていく。


 これを慌ててハクが止めた。ハクはトトトと軽やかに愛鈴の前方へと回り込み、門番の様にドアへと立ちふさがって、愛鈴へと向かい合う。


「……何処に行くつもり?」


「すいません。お手洗いに行きたくて」


「そんな風には見えないな」


「……どいてください。わたしは行かなければいけません。確かめなければ成らない事ができたのです」


 ハクは横に首を振り、ギョロリと愛鈴を見上げた。


「駄目だ。今ここで君を行かせたら、オニロク達の苦労が無駄に成る」


 ジリジリと愛鈴の背後へ鬼達が回り込んでくる。


「お願いです。ご主人様に聞かなければならない事ができたのです」


「駄目だと言っている」


 どうしてもハクは退く気が無いらしい。


 当たり前だ。自分の依頼のためにタローやオニロク達が今戦っている。そこへ護衛対象たる李愛鈴が向かってしまっては本末転倒。


 だが、それでも、愛鈴は確かめなければ成らない。


 彼女が先ほど導いた違和感の正体が勘違いも甚だしい的外れな物であると、答えを■■に問いかけなければいけないのだ。


 愛鈴はチラッと左を見た。書類が置かれたデスクにローラーが着いた椅子、窓からは真っ暗な夜空が広がっている。


 彼女の目の前にはドアに立ち塞がるハク。後ろには鬼が五体。


「……どいてください」


「だめだ」


 その言葉を聞き終わった瞬間、一息に愛鈴はハクでは無く、部屋の左側の窓へと走り出した。


「待て!」


 すぐさまハクと鬼達が愛鈴へと追うが、愛鈴は自分の小柄な体型を活かし、屈みながら、次々に椅子を掴み、後ろへと投げ付ける。


 椅子達はガラガラガラガラと後ろの鬼達へと転がっていくが、鬼達の足を一瞬とはいえ止め、その間に愛鈴は窓へと一直線に走っていく。


――あと少し!


 窓まで後三メートルの位置まで来た時、ハクがデスク上を駆け抜け、愛鈴の背中へと飛びかかった。


 このまま、ハクの牙と爪が愛鈴を襲うかと思われたその時、愛鈴の背を黄緑色の炎が包み込んだ。


 だが、愛鈴はそれに気付いていない。彼女は前だけしか見ていなかった。


「なっ!?」


 ハクの牙と爪は炎に阻まれ、この間に愛鈴は窓へと到達する。


「ごめんなさい!」


 愛鈴は謝罪の言葉を叫びながら窓を突き破って、ビルの二階から落ちていく。重力に体を引かれ加速していく体を感じながら、迫り来る地面を見ていた。


――二階からなら、きっと大丈夫。わたしはもう死んでいるんだから!


 はたして、愛鈴の思ったとおりだった。


 ドスン、と言うあっけなく鈍い音と共に赤いチャイナドレス然とした服に包まれたキョンシーの体はアスファルトの地面へと叩きつけられたが、傷一つ無く、愛鈴は立ち上がり、そのまま走り出した。


 彼女が向かうは黄城公園、■■の元である。

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