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青年と道士--大天狗の大晦日 3

「うわっ!」


「おっと!」


 タローとサブローが朱雀丸の望んだとおり跳びはねて驚いた。


「我の思った通り良い反応をするな貴様らは!」


 朱雀丸はカッカッカ! と胸を張って笑う。


 それにタロー達は苦笑して反応した。タロー達からすればこの様な悪戯はしょっちゅうの事なのである。


「いきなり何? 朱雀丸? びっくりしたじゃん」


「女の子達も驚いてるでしょ!」


 タローとサブローがそれぞれ別々の理由で文句を言う。サブローの言うとおり、確かに突然空より現れた朱雀丸に、周りに居た雪女や人魚や座敷わらし達が眼を丸くしていた。


 だが、それも長くも続かず、彼らはいつもの事かと各々の祭りへと戻っていく。


 朱雀丸が現れようとも、それもまた祭りの一場面である。突然のイベントが起これば起こるほど祭りは色を深くするのだ。


「カッカッカ! すまんすまん。つい速さを押さえられなかったのだ。許せ許せ!」


 笑いを抑える事もせず、朱雀丸はタローの肩をバンバンと叩いた。


「ちょ、痛い。マジで痛い。天狗の腕力考えてマジで」


「つれないことを言うなタロー。せっかくだ我とも共に祭りを回ろう」


「いや、俺後で喉自慢大会参加した後、囮の仕事あるから」


「構わん。我も参加する。久しぶりに歌うのも愉快そうだ」


 タローはやれやれと肩を竦めた。朱雀丸に何を言っても無駄だと悟っているのである。


「朱雀丸さん、じゃあ俺とガールウォッチングしましょうよ。タローはノリが悪くて」


「……タロー、いかんぞ。せっかくの祭りなのだ。いつもならば我が神通力で滅する所だが、祭りならば無礼講だ。普段押さえている情欲を解き放ち、思う存分女達を見るが良い」


「ほら、タロー、朱雀丸さんもこう言ってるんだ。良い加減素直になろうぜ? さあ、一緒に花を愛でようじゃないか」


 せっかく、朱雀丸達がタローへ手を伸ばしたというのに、タローはその手をパシーンと真下へ叩き落とし、隣の屋台へ声をかけた。


「……おじさん、焼きそば一つ」


「あいよ!」


 屋台の主の気前良い返事に、朱雀丸はカッカッカとまた笑った。

祭りはこうでなくてはならない。



 タローとサブローと共に祭りを回っていると、そろそろタローが参加するという喉自慢大会の時間である。


「ところでタロー、あのキョンシーは何処に行ったのだ?」


「愛鈴はオニロクさん達に預けてる。第一課の職場にでも居るんじゃない?」


「なんだと? では愛鈴は今日の祭りには来ないのか?」


「道士に見つかったら意味無いからね」


 タローの言葉に朱雀丸は少々肩を落とした。せっかくこの町へ来たと言うのに、彼女へ祭りを見せられない事が残念だったのである。


 超常現象対策第一課が愛鈴を匿っているならば、彼女らはせっかくの祭りに参加せず、閉じ篭っているという事だ。他の誰もがこうして楽しんでいる空気を彼らは味わえていない。


「至極残念。愛鈴にもこの祭りを見て欲しかったのだが」」


 朱雀丸の言葉にタローは苦笑した。


「俺もだよ。さっさと道士が捕まってれば愛鈴も一緒に連れて来れたんだけどね」


「そうすれば、愛鈴ちゃんがチョコバナナを食べている姿を網膜に保存でき――ぐふっ!」


 サブローがウンウンと頷きながらタローの肩を叩き、タローが左の裏拳がサブローの頬へ減り込んだ。


「お前らがそんなんだから、俺が変態の称号を与えられるんだよ。良い加減にしろよ?」


「いやいや、タローよ。我はお前も十分に変態だと思うぞ。隠す事は無い。情欲を持て余しては成らない。自分に正直になれ」


「顔役の一人とは言え、殴るぞ朱雀丸」


 カッカッカと笑う朱雀丸、苦笑しながら鈴カステラを口に入れるタロー、殴られた左頬を擦りながらガールウォッチングを再開したサブローと、三人は騒がしい一団と成って祭囃子の中を縫う様に歩いていく。


 そして、程無くして、喉自慢大会の会場へと彼ら三人は着いた。


***


 カチ、コチ、カチ、コチ。


「……」


 愛鈴はジーッと壁に掛けられた時計の秒針を椅子に腰掛けて見つめていた。時刻は午後六時を回る少し前。場所は初めてタロー達と出会ったビルの――オニロク達が所属する超常現象対策第一課がある――二階。彼女の近くにはぬりかべのハクとオニロクより一回り小さい鬼達が居た。


 もう、タローは■■と出会っただろうか。午後十時に黄城公園へ■■を誘き寄せると言っていたが、その前に■■が何か仕掛けて来ないとも限らない。


 そう成った時、はたしてタローが無事に済むのどうか。


 カチ、コチ、カチ、コチ。


 時計の針は中々進まない。


「愛鈴さん。そんなに心配する事は無いよ。オニロクが付いているんだから」


「……はい」


 ハクの労わりも愛鈴には慰めに成らなかった。


 オニロクの力を知らなかったが、この世に絶対は無い。どうしたってタローが無事に済む保障は無いのだ。


 何故、何故、■■はこうまでして自分の事を追って来るのだろう。李愛鈴は■■が作った百十数のキョンシーのたった一人。愛鈴が居なくなったからと言って■■にそこまでの被害は無いはずなのだ。


 にも関わらず、■■は海を渡ってまでこの町に来た。


 何処までも反魂の術に取り憑かれているのか。あれ程優しかった■■はもう居ないのか。


 生前、愛鈴がまだ人間だった頃、唐突に村を襲った病。村人の半分が死に絶えたあの悪夢を終わらせてくれたのが■■だった。


 全ての家で家族の誰かが死んで、次は自分かと絶望していた。


 愛鈴もまた病に罹り、床に伏せ、ただ死を待つばかりだった。


 そんな時、旅人として現れた■■が薬を持ってきた。


 初めは誰もが半信半疑だったが、死の淵に居た愛鈴が完治したのを見て誰もが眼の色を変えた。■■の薬の効果は絶大であり、この薬を飲んだ全ての村人が病から立ち直った。


 愛鈴の村は■■へ感謝した。病で後は滅びるだけだった村の救世主に感謝しない者など居るだろうか。


「………………………………あれ?」


 愛鈴は何か違和感を覚えた。色を間違えて絵を描いている様なちぐはぐとした感情。


 今、自分は何に違和感を覚えたのか。


 愛鈴は瞳を閉じて、先ほどした回想を何度も繰り返した。


 自分が人間だった頃、村を病が襲った。


 その病を■■が救った。


 そして、村人は■■へ感謝した。


…………何らおかしい事は無い。


「…………勘違い?」


 何度回想を繰り返しても、愛鈴は違和感が見付けられなかった。


 自分が人間だった頃、村を病が襲った。愛鈴の家族は三つ上の姉以外全員死んだ。


 愛鈴自身も病に罹り、血を吐いて死を待つだけに成った。


 ■■が旅人として村を訪れ、愛鈴へ薬を渡す。


 その薬を飲んだら、たちまち愛鈴の病は完治し、■■は村全体へこの薬を配った。


 村中から病が消え、村人達は■■へ感謝した。


「……………………」


 やはり、何処もおかしい所は無い。


 ■■が村を襲う病を治した。その結果、愛鈴達村人は救われた。


 この話の何処にも愛鈴にはおかしいところを見出せなかった。何もおかしくない。おかしくないはずだ。


 けれど、ならば、この首の後ろをちりちりと焦がす様な不快な感情は何なのか。


 愛鈴は周りを見た。ぬりかべのハクと鬼達しか居ない。彼らへ今自分が感じた違和感を相談するのは気が引けた。


 これがタローであったのなら愛鈴は相談しただろう。二週間以上の間共に暮らした彼相手なら、愛鈴も安心して疑問をぶつける事が出来た。


「……………………タロー」


 つい洩れた言葉を聞きつけたのか、ハクがペロリと愛鈴の右手を舐めた。


「ひゃっ!」


「やっと気付いた。硬い顔をしてばっかじゃ気が滅入るよ。ココアでもどうだい?」


 ハクの視線を追うと、二本角の鬼がお盆に湯気立つココアを入れて愛鈴の前に立っていた。


「あ、ありがとうございます。いただきます」


 受け取ったココアを一口愛鈴は飲み、甘苦い暖かさが喉を通っていった。


「……ふぅ」


「さっきから恐い顔をしてたよ。やっぱりタローが心配?」


 自身の回想に違和感を覚えたから沈黙していたのだが、愛鈴はそれを話さない事にした。タローが心配で成らないという事も真実である。


「え、ええ。ご主人様が本気になればタローは簡単に殺されてしまいます。やはり心配です。タローにも作戦があるのでしょうが、いざその作戦が失敗に終わった時の事を考えると恐ろしいのです」


「なら、尚の事心配ないよ」


 ハクの言葉は確信に満ちていた。


「何故ですか?」


「タローにはすごい護衛が付いているからね。そうそう死ぬ事は無いさ。知らぬは本人ばかりなりだけどね」


「……?」


 ハクの言葉に近くに居た鬼達が揃って噴出した。


 愛鈴は小首を傾げながらココアをもう一口飲んだ。


 気付いたら時間は午後七時半を回っている。タローが黄城公園と言う場所へ行くまで後二時間半。


 どう成るにせよ、今日何かが変わるはずだ。タロー達超常現象対策課の作戦が上手くいけば愛鈴は程無くして■■と会えるはずである。


 今の彼女には待つという選択肢しか存在せず、だから、愛鈴は先ほどの違和感についてまた考える事にした。


 一体、自分は何に違和感を覚えたのだろう?

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