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出勤--プロローグ

 風神雷神一族のせいで青天の霹靂がさして珍しい物で無くなりつつある快晴の朝、師走の風に震え、ヒャッハーと元気豊かに騒いでいる雪女とスノーマンを横目に、彼――周囲の人間とオトギからはタローと呼ばれている――は革靴が痛むのも気にせず、黒いPコート棚引かせ、腿を振り上げて走っていた。


 タローは先々月に二十二歳となり、大学は中退した社会人である。在学中様々な事情が相まって、ユカリと名乗る女性の職場に就職したのだ。


 このユカリという女は絶世の美女である。まっすぐに伸びた赤髪と背筋は一目で周囲の眼を引いて、くわえ煙草は様になり、一部では赤の女王と呼ばれているようだ。


 そして、この赤の女王はまたえらく暴君である。一度怒れば机が割れて、二度怒れば職場が消えて、三度怒れば会社が沈む。


 事前に聞いた内容と明らかに違う職場の内容にタローは訴えようとも思ったが、赤の女王はタローの逃亡も反抗も許さず、何だかんだでタローは赤の女王の部下としての日々を送っていた。



 そして現在タローは絶賛遅刻の危機である。



 それというのもタローの隣の部屋に住む鎌鼬のサブローが昨日兄のイチローとジローを招待し、勢いで開いた突発的な宴会に巻き込まれた事が原因である。


 比喩でなく鬼を潰せる酒『鬼殺し』を開けた事をタローはひたすら後悔した。


 今朝起きて眠気眼にサブローの部屋の時計を見、現在時刻が七時四十三分であることを認識したタローはただ一言「やべえ」と呟き、サブロージローイチローの順に元凶を踏みつけながら部屋を飛び出した。


 タローの職場――といってもユカリとタローしか居ないが――の朝礼時刻は八時ジャストであり、それ以降は遅刻である。


 ユカリは厳格な暴君であり、怠慢を許さず、遅刻は許さない。昔集合場所を間違え遅刻したタローは気付いたら包帯まみれでベッドの上にいた。


 タローの暮らすアパート『チミモウリョウ』からユカリが待つ超常現象対策課があるビルまで直線距離で7キロ弱。自転車も自動二輪車も自動車も持ち合わせていないタローはただひたすらに包帯送りを回避すべく走るしか無かったのだ。


 と、大体半分ほどの距離まで走っていたタローの頭上より声がかかった。


「坊主、そんなに急いでどうした?」


 タローは走りながら声の主を探し見ると、全長三十メートルはあるかという青い鱗の龍が居た。


 この龍は浮世絵町町内会会長である龍田龍二、御年二百八十五歳である。二百年前からあるオトギと人の歴史の中で黎明期からいる生き字引。彼が知らぬ事の方が少ないとまで呼ばれる蒼き龍。最近の趣味はゲートボールらしい。


 予期せぬ救いの声にタローは直ぐ様飛び付いた。


「じいさん背中のせて!」


「は?」


「寝坊したこのままじゃユカリさんに遅刻で焼かれる会社まで連れてってください!」


 タローが一息に捲し立てると、龍田はその青眼を数回開閉させた。


「いや、しかしタローよ、ワシにはこれからダイダラさんと茶飲みの約束があってな」


「今度海野さんとのお茶会セッティングするから!」


「どうした? 早く乗れ? 急いどるんだろう?」


 気付いたら龍田はタローの高さまで下り、平行に飛んでいた。ちなみに海野さんとは日本海に居を構えるリヴァイサンの海野竜子さんの事である。


「ありがと! じいさん愛してる!」


 タローはそのまま龍田の胴に乗ってしがみつき、


「ちゃんと捕まっとれ。飛ばすぞ」


 この言葉から一拍、タローの体を多大な慣性が襲った。

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