裏路地の聖女
完結した状態で投稿を続けておりましたが、いきなり作りたくなって、急遽ぶちこむことになった話です。
むしろ、(自分の中では)うまく出来た気がします。
突貫工事の話ですが、どうぞお楽しみください。
私はすべてを覚悟していたものの、いざ動こうとしても、なにをすればいいのかは全く分からなかった。
無意識にコートのポケットをまさぐると、古いタイプの携帯電話が見つかった。
なんだ、ポケットにある五百円玉でここにやってきたという彼女と一緒じゃないか。
その彼女は、今どこにいるのだろう。すべてを諦めてしまったのだろうか。
私は高倉に電話をかけた。数コールで電話は繋がった。
「どうしたんだ笹原」
二時間は待っているはずの彼の声は明るかった。
その明るさが、なぜか私にはつらかった。
「たいしたことじゃないよ。……妹さんはもう来たのか」
「まだ来てないよ」
少し残念そうではあったが、希望が満ちあふれている声音である。
「結構待っているんだろう?」
「まあね。でも、楓はよっぽどのことがない限り、きっと来るはずだから」
まさに今、よっぽどのことが起きているのだとは言えなかった。
「あのさ。妹さんに電話してくれないか」
「なんで?」
私は言葉に詰まる。事情を説明する訳にはいかない。頭をフル回転させ、私はあたりを見渡した。
駅が目に留まった。ーーそうだ、高倉が知らない事情をでっちあげればいい。
「今、雪で電車が止まってるんだ。振替輸送の情報が、あと少しで発表されるらしい」
「雪か、今更だな。それで、なんて言えばいいんだ」
「あんまりそこにいない方がいい、って」
「どうしてそういう話に繋がるんだよ」
高倉は不思議がりながらも、笑って伝言を約束してくれた。
やはり、高倉は高倉だ。
頼む、間に合ってくれ。
私は、彼女が既に自首をしていないことを祈りながら、私は駅に走った。階段を駆け上がる。私が求めているのは路線図だった。
彼女の家に行くしかない。
五百円が、ぎりぎり往復できる距離であること。
近くにテレビ局があること。
隣人の名前が香川であること。
手がかりはたくさんあった。そういえば、太陽放送が取材をしていた。
ふつう、ちょっとした取材で遠くまで出かけることはあるまい。恐らく、彼女の言うテレビ局とは太陽放送のことだ。
そこまで分かれば、彼女の最寄り駅は分かる。
私はホームに下りた。もはや、私はストーカーである。
電車を待っている間に、携帯が鳴った。
「笹原ァ」
高倉だった。
「一応、待っててくれるってさ。楓が乗ろうとした時には既に電車が止まってたらしくて、まだ下川だって」
「そうか、ありがとう」
私は礼もそこそこに電話を切った。ああ、彼女は話を合わせてくれたんだな、と気がついた。
下川は太陽放送のある駅である。残念ながら、彼女は、まだ、ではなくもう帰ってしまったらしい。
十分ほどで私は下川に降り立った。人通りは少ない。
いや、そうではなかった。奥に進めば進むほど、焦ったような人が増える。
人々に続いて進むと、救急車が見えた。ランプが暗闇に光っている。野次馬に混じって表札を見ると、「秋田」……ここだ。
人々の噂話によると、彼女の夫はなんとか生きているようだった。彼女が殺人者にならなかったことにはホッとしたが、それでも殺人未遂ではある。
彼女はいないようだった。しかし、急に、どうして自分がここにいるのかと不安になってきた。
焦ってここまでやってきたが、彼女がいない今、私にはどうすることもできない。とぼとぼと帰るしかない。いや、そもそも、私はここにいる資格すらないのかもしれないじゃないか。
その時だった。人ごみの中を走る女が私の肩にぶつかった。私は思わず振り返った。
「あっ」
彼女だった。
「どうして、あの、笹原さんが……」
「……探してました」
「えっ」
「言いたいことがあって」
「私は、今から行くところがあるので」
彼女は私から目を逸らした。その姿は、残業をした私のように、ずいぶん憔悴していたように見えた。