兄貴は不審者
見も知らぬ既婚女性の為に、私は一生懸命、メイプル関連の品を選んでいた。たまに出会う高倉のカゴにはほとんど商品が入っていない。
「へぇすごいな。それ、どこにおいてあったわけ?」
「そんなこと言う前に、自分で探せ」
「だって難しいんだもーん」
やる気のない返事をしながら、スーツを着たおっさんはゆらゆらと向こうに歩いてゆく。正直あまり期待はしていなかった。
そして、やはり私の予想は正しかった。
「……人にプレゼントというものを贈ったことはないのか?」
「適当に目に付いたものを大体プレゼントにしてるな。ガチャガチャとかが多いけど」
「贈られた人がかわいそうだ」
「言っただろ、だって難しいんだもん」
「愛しい妹の為じゃないのか」
「妹の為だ。だから笹原を呼んだんだ」
高倉はさらにまくしたて始めた。
優秀な営業成績を上げる高倉に、私が口でかなうはずもなく、諦めて私はカゴの中身を取り出した。
片手で持つのはつらいほど選んできた私に対し、高倉のカゴの中身はイヤホンジャック一つである。
しかも、全くメイプルとは関係なく、私の姉や彼の妹の趣味とも合わない。
「なんじゃこりゃ」
「いや、結構かわいいだろ?」
「どこがだよ」
私は毛虫形のよくわからないイヤホンジャックを棚に戻した。妹が泣いても知らんぞ。
「まず、これがメイプルの香りのコンディショナーだ」
「コンディショナーってなに?」
高倉は髪が短かった。だが、コンディショナーも知らないということにはならない。こんな知識じゃ、まともな雑貨が見つからないわけだ。ああ……。
「リンスだよ、リンス」
「ああ。じゃあそう言えよ」
「コンディショナーを知らないとは思わんかったわ!」
万事がこんな具合だから割愛するが、高倉は結局私が選んだメイプル柄の高尚そうなモビールとカレンダーを買った。
「いや、前に楓ん家に行ったとき、殺風景な部屋だったんだよなぁ。きっと喜ぶわ」
「いつ渡すんだ」
「結婚してるんだから特別忙しいってこともないだろ。誕生日に渡すよ」
ありがとう、と高倉は笑う。その暢気な笑いに、私も思わず笑みがこぼれた。そうだ、高倉の笑顔にあるのは、とてつもない破壊力だ。
「クリスマスに渡すのか。ロマンチックなこった」
「しかも、教会の裏の公園だぜ」
「そんな場所あったっけ?」
彼は雑貨店の窓に走っていく。百万ドルではないが、美しい夜景である。
高倉は、左奥の暗い坂道を指さした。
「あの教会だよ。クリスマスの日、深夜零時からミサをするんだってさ。妹にぴったりだろ」
妹に会ったことがないのだから、訊かれてもどうしようもないはずなのだが、とりあえず私は頷いておいた。
「そうだろう? 楽しみだなぁ」
高倉の笑顔は、いつの間にか不審者のものとなっていた。
人が見てるぞ、おまえ。