深夜の繁華街
残業を終えたのは、予定より一時間半ほど後だった。まあ誤差である。なにせ、サービスだし。
妖しい雰囲気の街は、深夜と言える時刻になっても眠る素振りを見せない。繁華街のネオンに夜空は照らされ、星は全く見えなかった。
昼に聞いた限りでは、高倉は既に買うものを決めているように思えた。彼は、私など視界に入っていないかのように大股で進んでゆく。そのまま得体の知れない小道に入り、私は慌てて彼のコートの袖を掴んだ。
「おい高倉、道、間違ってんじゃないのか」
「合ってる合ってる」
高倉は私に一瞥もくれない。並ぶ店の看板はどんどん煤けてゆく。姉の趣味と似た品を扱う店に辿り着くとは到底思えなかった。
「知ってるか? 全ての道はローマに通じてるんだよ」
高倉は、まるで私の心を見透かしたかのように言った。
「こんなところにあるもんか」
「まあ普通そうだよなぁ」
高倉は笑った。つられて私も笑った。疲れた体ででも笑えるのだなと、妙な部分に私は納得していた。残業の疲れは体ではなく、精神にくるものだと知ってはいるのだが。
「じゃあこんな道、通る必要ないじゃないか」
「大丈夫大丈夫」
引き返すのを拒まれているような気がして、しぶしぶ一本道を進んでいた。
いきなり視界が開けた。
深夜然とした暗い裏路地とは違い、場違いなネオンが街と空を照らす駅前はあまりにも明るい。明るいが、私が毎日使っている駅前である。見慣れた場所に対する安心感に、私は思わず目を細めた。
「ほらな。全ての道は、ローマに通じているんだ」
「まさか、こんな近道があるなんてな」
「便利だろ。今度から使えば?」
高倉はのんきにまた笑う。高倉には、疲れなんてなさそうだ。
そうして、軽い足取りのまま高倉にほいほいついて行った私は、いつの間にか会社から数駅離れた有名雑貨店にいた。名前は知っているが、見たことも入ったこともない。
「こんな夜中にやってる店なんてあるんだな」
「ここ、珍しく十一時までやってるんだ」
閉店間近だからだろうか、客は多くない。が、少ないわけではなく、客の多くは若者である。三十路のおじさんが二人で入って浮きはしないかと心配はしたが、帰るわけにも行かない。
高倉と顔を見合わせ、意を決して私たちは入り込んだ。
「十一時には、もう人は少ないな」
「みんな、おうちで大人しく寝てるんだろ」
「じゃあ、二十四時間営業の店なんか、需要ないだろうなぁ」
「あるんじゃないか? 少なくても、少なくない需要があるんだろ」
へえ、と生返事を返して、私は売場を見渡す。姉や、おそらく彼の妹も喜びそうな品が並んでいた。
「妹さんの名前、教えてよ」
「なんで?」
あっけらかんと言い放ち、そして私に不審者を見るまなざしを向ける高倉に若干殺意がわいた。
「名前由来のプレゼントだと嬉しいだろ? そういうのが基本だよ」
「ああ、そうか」高倉の目が輝いた。「妹を俺にくださいとかそういうのかと思った。妹は既婚者だから無理だぞ」
「やめてくれぇ」
「すごいな、『もののあはれ』を知ってる男は発想が違う」
「そんな褒め方いらん!」
あまりの疲れに、途中から半分わめきだした私は、多分不審人物に見えていただろう。
「うちの妹な、楓っていうんだ。いい名前だろ、な?」
いや、別に高倉の手柄ではないな。と思うと、急に冷静になれた。
「じゃあ、二十分後にここに集合。楓関連じゃなくてもいいから、互いにグッズを集めてくること」
私がそういうと、おまえだけずるい、俺が選んでたら浮くじゃないか、と高倉は口をとがらせた。
私も同じ条件だというのに。