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後篇

前篇と違う世界観です。

 私が通う高校は特にこれといって特徴のない学校だ。強いて言えば進学校というくらいだろう。生徒数もそれほど多いわけではない。制服だって可愛区内し、交通便も悪い。それでも家から一番近いのだから仕方ない。

 今日から文化祭ということもあってとても騒がしい。二つの校舎に囲まれた中庭には食品販売のテントが並んでいる。二階から見れば白いテントから忙しなく動き回る人しか楽しみはない。いつもなら中庭に集まる小鳥や、ごくたまに迷い込む猫を眺めて楽しんでいるのだが、仕方ない。おっと、そろそろ手を動かさないと準備が終わらない。急がないと!

 私は図書部の準備をしていた。図書部とは、簡単に言えば文芸クラブと漫画研究クラブを合わせたような部活だった。基本的に図書室で活動し、たまに小説と漫画を一緒にした部誌を発行している。ただ配布するだけではつまらないからと、栞を作れるスペースを作り、教室を飾りつけている。もうすぐお客さんを迎えられる準備を終えるところだ。私は自分の荷物をまとめて、私は放送部の部室へと走った。

 私は図書部と放送部を兼部している。図書部の人数が多く、「準備さえ手伝ってくれるなら放送部の方に詰めていいよ」と言われているため、ありがたく放送部の手伝いに行くことにしている。

 放送部の人数は決して少ないわけではない。図書部よりは少ないが十五人ほどいる。しかしその半数近くが私のように他の部と掛け持ちしているため、実際に来られる人は半数ほどしかいない。そのうえ、今年は焼きそばの販売もしている。それに放送部の本職である校内放送や落とし物、迷子のお知らせなど、やることはいっぱいある。全く、ちゃんと考えればこんなに切羽詰まることもなかっただろうに。

「遅くなりましたー! ……って、アレ?」

 放送部室に行くと誰もいなかった。荷物はあるので、それぞれの仕事をしに行っているのだろう。私も荷物を置いて、急いでテントへと走った。

 校内の外に設置された放送部の焼きそば販売テントには、またしても誰もいなかった。しかし準備だけはされていた。後は焼いていくだけだ。時計を見ると九時五十五分を過ぎていた。文化祭の開始は十時だ。今から焼き始めても間に合わない可能性が高い。それでもやらないよりはマシだった。

 鉄板を温めながらパックや割り箸、ビニールを取りやすい状態にした。油を敷いて野菜を炒める。

「遅くなりましたー」

 そう言ってテント内に入ってきたのは典代(のりよ)先輩と文明(ふみあき)先輩。二人とも三年生で、恋人同士だ。クラスでも食品関係らしく、いろいろと忙しいのだろう。典代先輩の服に着いていた野菜くずを、さりげなく取ってあげる文明先輩に、私も文明先輩のような紳士になりたいなと思いながら野菜を焼いた。


 文化祭が始まり、私たちの焼きそばの前にはたくさんのお客さんが並ぶようになっていた。焼いても焼いてもきりがなく、人手不足に悩まされながらもどうにかやりきった。担当は一時間半ずつのはずだが、二時間近くもしていたことに驚いた。暇になったら手伝いに来ないと本気でヤバイなと思いながら図書部の方へと向かった。

 図書部の方は建物の中にあるためか、外の騒がしさが嘘のように静かだった。まばらに眺めているお客さんをしり目に、私は部員のための小さなスペースに顔を出した。私の担当時間にはまだ少し早かった。栞作り用の折り紙や飾りの量を見ると初めに置いてあった分よりもだいぶ少なくなっていた。予備の折り紙と飾りを持って綺麗に並べていく。

ザク

「え?」

 左頬に小さな痛みが走った。真後ろに誰かがいるような気がして振り返ったが、誰もいなかった。しかしやはり誰かに見られているように感じて、後ろにあった白い壁をじっと睨んだ。

「ちょっと、大丈夫?」

「わっ! どうしたの?」

 私の足元には想像以上にたくさんの髪が落ちていた。どうやら左頬に走った痛みは何か鋭いモノが私の髪を、左頬を切ったらしい。散らばった髪を見たお客さんの悲鳴が小さく上がった。それだけで静かだった教室はざわめきに満ち溢れた。

他の部員が箒と塵取りを持ってきてくれた。一緒に片付けをし、動くとはらはらと落ちる髪が鬱陶しいと思った。さまざまな視線を背中に受けながら、私は教室を後にした。

 図書部室に戻るや否や鏡を見た。もともとセミロングほどあった髪はその半分ほどに切られていて、左はショート、右はセミロングという何とも残念な感じだった。仕方なく切られた髪にそろえることにした。

 しかし今は文化祭中。抜けることはできない。

「ハサミ、ある?」

「あるけど……まさか自分で切るの?」

 私は無言のままハサミを受け取った。そして後ろの髪を切った。見えないからこそ鏡や他の部員に見てもらいながら切りそろえた。

 しかし時間はなかった。もうすぐ図書部の担当時間になっていた。私の私情で他の人の予定を狂わせるわけにはいかなかった。不揃いな髪のままあの教室にいなければならない。先ほど騒ぎを起こした張本人が、不揃いな髪のまま。気乗りはしないが、行かない訳にはいかない。

「…………」

 不自然な髪を持った受付に注がれる視線をすべて無視しなから、私はじっと座っていた。それを見かねたのか、部長は少し早めに切り上げていいと言ってくれた。その申し出をありがたく、悲しく思いながら受け取った。

 放送部室に行くと、この時間帯の放送係りで三年生の智一(ともかず)先輩がとても驚いた顔をして私を見た。

「どうしたのそれ!」

 ちょうど音楽を流したばかりだったため、智一先輩はコンポから離れて私の髪をそっと撫でた。私は図書部にいたときに起こったことを話した。よく考えれば、私の髪を、左頬を切ったものは何だったのか分からず仕舞いだ。

 智一先輩はとても優しい人だった。私の隣で話を聞きながら、時折頭を優しく撫でてくれた。我慢していた何かがあふれそうになる頃、音楽が終わりを告げた。私は感情を再び抑え込んだ。

「じゃあ、私は向こうを手伝いに行きますね」

 智一先輩が何かを言う前に放送室を飛び出した。廊下を曲がった先で、図書部室から拝借したままのハサミで残りの長い髪を切った。切ってから、この髪をどこに捨てるか悩んだ。どちらの部室にも行きたくなかった。しかしその辺に捨てれば大きな騒ぎになるだろう。途方に暮れつつ、切った髪を持ったまま焼きそば販売をしているテントへと走った。

「お手伝いに気まし――」

「どうしたのそれ!」

 担当の時間でもないのに典代先輩と文明先輩がいた。どうやら私と同じで手伝いに来たみたいだ。けれど担当の子は誰もいない。野菜がほとんどなくなっている所を見ると、どうも買い物に走ったようだ。

 典代先輩が私の髪を見て、文明先輩が私の左手を見て驚いた声を出した。数時間前まではセミロングだった髪はショートに変わり、左手には先ほど切った髪を握っているのだ。驚かない方がおかしいのかもしれない。

「いろいろありまして……」

 言葉を濁したままそう言うと、典代先輩たちは本当に悲しそうな瞳で私を見てきた。隠さなくていいよ。そう言っているようだった。けれど、なぜだか平気だよと笑っていたかった。

「それじゃ、手伝えないだろ。ここはいいから休んでろ」

 文明先輩はそう、少し怒ったような瞳で言った。こういう時の文明先輩の迫力は怖くて苦手だ。

「文明君!」

「そう、します」

 典代先輩が文明先輩の態度に怒ったみたいだけれど、私は文明先輩の言う通りだと思った。だから逃げるようにその場から立ち去った。典代先輩が何か言っていたような気がするけれど、無視して走った。







 それからどれくらい走ったのだろう。気がつくと誰もいないアーケードの中にいた。高校から抜け出したみたいだ。

「……っ…………」

 誰もいないアーケードに私の嗚咽が響いた。悲しいほど空しく、笑えてくるほど哀しかった。

 風が私の背中を押す。小さく弱々しい、けれど確かな力のおかげか、私は一粒の雫を落としただけだった。

さあ、戻ろう。

 そう思って振り返った時だった。

ザク

「え?」

 弱々しい風の中から力強い何かが私の右頬を切った。短くなった髪のいくつかがまた宙に舞った。

「ヤっと、見つけた」

 振り返った先には微笑みを浮かべた少年が立っていた。漆黒の短い髪に天使の輪、少し日に焼けた肌、身長は私より少し大きいくらいだろうか。初めて出会ったはずなのにどこか懐かしいと感じた。

 少年は一歩ずつ確かめるように私の方へ歩いてきた。

「随分と探したんだよ」

 少年は笑顔のままそう言った。声は少年には不似合いなほど低く、どこか気色悪い雰囲気を醸し出していた。

「あれ? ……その髪、まだ持っていたんだね」

 どうして、と聞きたいのに体が思うように動かない。まるで蛇に睨まれた蛙のように。

「どうりで《来ない》はずだ。でも、おかげで見つけることができた」

 少年が何を言っているのかは分からない。けれど聞き覚えのある喋り方が、少年ではない何者かだと、コイツは危険だと、頭のどこかが警告してくる。しかし体は思うように動かない。

【逃げろ!!】

「サア、オイデ」

 少年が私を抱き寄せるより一瞬早く、私は後ろに走っていた。頭の中に響いた警告がなければ捕まっていただろう。どうして捕まってはいけないのかは分からない。けれど決して捕まってはいけない、そんな気がした。

 誰もいないアーケードの中に足跡が一つ響いている。そこまで大きなアーケードではないはずなのにどこまで走っても終わりは見えない。誰かの手の平で転がされているように、どれほど走っても少しも前に進んでいるように感じない。

走りながら恐々と後ろを振り返ると、少年は優雅に歩いていた。一歩、また一歩と確実に距離が縮まっていく。どんなに走っても、少年からは決して逃げられない。それでも逃げなければならないと頭の中に響いた警告は告げる。

「たす、けて……!!」

 弾んだ息の中、私の足が絡み合い転びそうになる。

「大丈夫?」

 気づいた時にはもう、微笑んだ少年の腕の中にいた。転びそうになった時に支えてくれたようだ。少年の微笑みからは追いかけられていた恐怖を感じることはなかった。何故あんなにも怖がっていたのか、不思議に思うほど優しく、温かいとまで感じる微笑みだった。

「……はい」

「よかった。……でも、落としてしまったんだね」

 何を落としたというのだろう。少年の向いた方、私の足元を見ると髪の毛が散らばっていた。ずっと左手に持っていた髪は転びそうになった時に手を離したので落としてしまったようだ。

 不意に、少年の腕が力強く抱きしめてきた。人の腕の中というより大蛇に巻きつかれたようだ。呼吸さえ苦しくて、抗議するように少年の顔を見ると、そこには少年の姿をした別人がいた。

 黄緑色の肌に、フラスコのような光沢をもつ異星人のような顔。妊婦のような丸い腹。不揃いな大きな歯をカタカタと鳴らしながら笑う男のボコボコした手の感触が気持ち悪かった。

「 ツ カ マ エ タ 」

 不揃いな歯が私に近づく。

【ごめんね】

 遠くの光の下にいる誰かがそう言って消えた。

 不揃いな歯が私に近づいて唇を、顔を、頭を、体を、繋げていった。

【ごめんなさい】

 誰かがそう言って、私の眼を閉じた。




前篇との関連性がほぼ皆無ですが、夢で見たものは大体そういうものなので変更しませんでした。

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