空漠の花嫁(後編)
????年?月?日
【迎撃】
時刻は深夜3時を回ろうとしていた。
この時間になるとさすがに人通りもなくなり、たまに巡回を行っている市営軍の兵を見かけるくらいしか気配というものがない。
遠くへ目をやると数区画離れた場所にある歓楽街の明かりが微かに見てとれる。
のんびりと担当区域を見て回り、一度休憩をして再び見回りを開始して暫くたったときだった。
ズンッと鈍い爆発音が響き、少し離れた場所にある高い尖塔を持った建物が沈んでいくのが手前の建物越しに見えた。
それと同時に市営軍の警戒警報が鳴り響く。
アリスはとっさに駆け出し、現場へと駆けつけた。
現場では市営軍の兵が集まり、周辺の捜査を行っていた。
「逃走した方角は分かるか?」
何人かの兵を捕まえ、詰問するが”捜査中です”としか返ってこない。
そのまま数分が過ぎた時に歓楽街寄りの方角から銃声が聞こえてきた。
地を蹴り建物を飛び越えて、数秒で銃声のした辺りに辿り着く。
屋根の上から見渡すと、犯人を見逃してしまったのか右往左往する市営軍の兵が3名見えた。
しかし、気が昂り神経が鋭敏になったアリスの感覚は、目の前の路地の先の闇に消えた場所を音も無く移動するものを的確に捉えていた。
屋根を蹴って地面に降り立つと、驚く兵たちを無視して闇の中へと飛び込んでいった。
一瞬で間合いを詰め、右の拳を繰り出す。
ヒットする瞬間に、驚いて振り返った相手と目が合った。
その一瞬で誰であるか分かってしまった。
アリスは攻撃を止めようとしたが、勢いがついていたために完全には止められなかった。
拳が肉に食い込み勢いのままに相手を壁際まで吹き飛ばした。
アリスは急いで近寄ると声を潜めた。
「なにやってんだ。
俺がせっかく忠告してやったのに無駄にする気か?」
しかし、リディスは何も言わずただ俯いていた。
その時、ジャリッと言う音と共に人が近付いてくる気配があった。
先ほどの市営軍の兵士であろう。
静かになったので様子を見に来ようとしている・・・と言うところか。
アリスはチッと一つ舌打ちすると、リディスの耳元に囁いた。
「逃げろ。」
そう言って右手を振りかざす。
そこには既に魔法の発動を示す魔法紋様が淡く光っていた。
かなり強力な魔法らしく、幾重にも魔法紋様が折り重なっている。
アリスはその右の掌を勢いをつけて思いっきり自分の胸に叩きつけた。
衝撃と熱が身体を突き抜け、肉の焼ける臭いと骨がきしむ音がはっきりと聞こえる。
衝撃波でアリスの身体は吹き飛び、路地裏の壁にめり込んだ。
熱いものがこみ上げ、勢いのままに吐き出した。
アリスが顔を上げると、目を見開いて見つめているリディスの顔がそこにはあった。
唇で”行け!”と形作り目で合図を送ると、ようやくリディスは起き上がり、アリスを気にしながらも走り出した。
リディスが闇に消えたのを確認すると、アリスは背中に力を込めて壁を突き崩した。
がらがら・・・と壁が崩れアリスの身体に降り注ぐ。
兵士が走り寄って来るのを確認して、アリスは降り注いだ瓦礫を吹き飛ばす勢いで起き上がった。
路地裏に降り立ち膝をついた所に兵士が駆けつけて来た。
「大丈夫ですか?」
心配そうにこちらをのぞきこんでくる。
「くそっ、やられた・・・・・
すまんが衛生兵を頼めるか?」
「はい、少しの間我慢してください。」
そう言って、3人のうちの一人が先ほどの現場へと戻っていった。
残りの2人のうち一人がリディスの後を追おうと路地の奥へ歩き出す。
その背中にアリスは声をかけた。
「やめとけ、お前らでどうにかなる相手じゃない。」
その言葉を受けて、兵士はその場に立ち止まり警戒するのみにした。
暫くして駆けつけた衛生兵の手当てを受け、本部への通達を頼むとアリスは犯人の追跡に入った。
夜が開けるまで探索をし、本部へと戻る。
現場で受けた簡単な手当てのまま指揮本部へと出頭をした。
リセットはアリスのひどい姿に顔を一瞬しかめる。
「怪我は大丈夫なのですか?大尉。」
「応急手当は済ませています。」
「そうですか、では報告を聞きましょう。」
「敵は私が確認しただけで3人でした。
最後尾の敵を捕らえるべく取り押さえたのですが、不意討ちを受けご覧の通りの有様です。
受けた感じからA+~SA-の魔法士だと思われます。
まさか、このレベルの魔法士がまだ残っているとは思わなかったために油断してしまいました。
申し訳ありません。
以上です。」
「つまり、高レベルの魔法士の襲撃の可能性があると言うことですか・・・」
「それはどうかと思います。
昨夜の接触でまともにやりあえば勝てないことは分かったでしょうから、よほどの準備と自信がつくまでは無いと思われます。」
「確かに一理ありますね。
ともかく暫くは警戒を厳重にしましょう。
大尉は明日まで静養しなさい。
それから、きちんと衛生班に寄ってから戻るように。」
「ありがとうございます。
では、失礼します。」
短いやり取りの後、アリスは手当てを済ませて宿舎に戻った。
身体は悲鳴を上げているのに、ベッドに入ってもなかなか眠れなかった。
「やべぇなぁ・・・」
それだけ呟くと、寝返りをうって毛布に包まった。
【心惹】
目が覚めると既に部屋は真っ暗になっていた。
起き上がって時計を見ると8時半過ぎを指している。
胸がまだ痛むがリディスの様子を見に行きたいので無理やり起き上がった。
一瞬息ができなくなるが、なんとか立ち上がれた。
「自分でやっておいてなんだが、もう少し手加減しておけばよかったな。」
苦笑いして呟くと、着替えを済ませて部屋を出た。
梟の森は相変わらずの盛況振りを見せていた。
リディスが見当たらないのが気になったがそのままいつもの奥の席に座った。
すぐにウェイトレスの1人が来て注文をとる。
ついでにリディスの様子を聞いてみることにした。
「今日はリディスがいないみたいだけどどうしたの?」
「ああ、あの子、今は奥に荷降ろしに行っているだけですよ。
すぐ戻ってくると思いますよ。
ほら、あの子ってば凄い力持ちだから。」
「そうか、いつもの皿が飛んでこないからどうしたのかと思ったよ。」
「あなたも良く付き合いますよね。」
クスクスと笑いながら、そのウェートレスはカウンターの方に戻っていった。
料理を待っていると奥からリディスが戻ってくるのが見えた。
一瞬目が合ったが、後ろめたさからか急いで目を逸らした。
それでも仕事は仕事。
料理はいつものようにリディスが運んできた。
目を合わせないように無言で皿を並べていく。
一通り並べ、注文表を台のクリップに止める。
皿は並べたはずなのにリディスはその場をなかなか動こうとしなかった。
あらぬ方向を見てもじもじしている。
それが気になって、アリスは料理に手を付けずにリディスを見つめた。
「どうかしたのか?」
そうアリスが問うとようやくリディスも口を開いた。
「怪我・・・大丈夫なん?」
「まぁ、たいしたことは無いよ。」
「そっか・・・」
それでも、リディスは立ち去ろうとしなかった。
「まだなんかあんの?」
「・・・・・・・・・昨日はありがと。
そんだけ。」
そう言って、さっと戻っていった。
素っ気無さを装っているが、微妙に赤くなっている頬に苦笑しながらフォークを取り上げようとした。
しかし、一瞬眩暈がし、フォークを取り落とす。
フォークを取ろうと身をかがめたアリスの背中を激痛が襲った。
体勢を立て直すこともできず、そのまま床に倒れ、わずかに血を吐いた。
その様子を見ていたウェートレスの子が悲鳴を上げ駆け寄った。
「大丈夫ですか?
アリスさん。」
抱き起こそうとするウェートレスを近くの男性客が留める。
「このまま触らん方がいい。
早く救急隊に連絡を。」
はい、と言って立ち上がったウェートレスをレディアスが後ろから止めた。
「まて、アリスは中央軍の将校だ。
軍病院に連絡を入れた方がいい。」
そう言ってウェートレスを送り出し、レディアスはアリスの様子を見た。
気を失っているのか微動だにしない。
レディアスは、その顔が血の気を失っていくのをただ見ているしかない自分に苛立ちを感じていた。
暫くして軍病院の救急班を伴ったウェートレスが戻ってくる。
アリスはそのまま軍病院へと搬送されていった。
そこまで経って、ようやくレディアスはリディスが青白い顔をしたまま立ち尽くしているの気付いた。
「リディス、アリスなら大丈夫だ。
あいつはお前の攻撃を食らってもぴんぴんしてるやつだぞ。
そうそうくたばりゃしないさ。」
声をかけられてようやくレディアスの存在に気付いたように、ハッとその顔を見つめてきた。
「なに?別にあいつのことなんか気にしてないよ。」
言い訳っぽいことを口にしているリディスを気遣ってか、そのことに気付かない振りをする。
「ごめん、気分悪いから少し奥で休む。」
それだけ言って、リディスはさっさと奥へ引っ込んでしまった。
リディスの様子がおかしいのは朝から気付いていたが、アリスと何か関係があるのか・・・?
そう疑ってはみるが何の確証も無い。
こういう時、父親ってぇのは不甲斐ないよな、などと考えながらレディアスは厨房へと戻っていった。
【逢瀬】
アリスが目を覚ましたのは倒れた次の日のことだった。
初めは自分がどこにいるのか分からずに少々焦ったが、背中の痛みで自分が倒れたことを思い出していた。
「軍病院・・・かな?」
暫くしてやってきた看護婦が”気分はいかがですか?”と型通りの事を聞いてくる。
適当に答えておき、その後、医師の診察を受けて1週間安静との診断を貰ったのは正午近くになってからだった。
医師の話では背骨にひびが入っていたらしい。
無理な体勢になったせいで、骨がずれたことが原因のように言っていた。
ずっと痛かったのが胸だったので、まさか背骨をやっていようとは思わなかった。
見舞いに来たリセット中佐には”この忙しい時期にxxx”と嫌味を言われたが、臨時休暇と思ってのんびり過ごすことに決める。
そう決意したらこの入院も悪くは無いと思い始めた。
看護婦さんは可愛いし・・・鼻の下が伸びているのが自分でも分かる。
リディスをからかえない分、看護婦さんをからかって遊んでいる自分がそこにいた。
入院して2日は何事も無く平穏な日だった。
ところが3日目のことである。
いつものように検温に来た看護婦さんにいたずらしていると何やら奇妙な視線を感じた。
(どこからだ・・・・・?)
少し緊張して気配を探る。
すると、”ちゃんと体温測らせてください!”と凄い剣幕の看護婦さんの向こう。
部屋の出入り口のところに、こっそりのつもりだろうか、こちらの様子を伺っている人間がいた。
あの赤味がかった金髪はリディスに間違いない。
よく見ていると、ちょっと覗いては引っ込んでを繰り返している。
なぁ~にをやっとるんだか・・・・・
そこでピーンと何かがアリスの中で閃いた。
看護婦さんを招き寄せ、自分の考えた作戦を伝える。
結構ノリの良い人で二つ返事で引き受けてくれた。
すぅはぁすぅはぁと息を整える。
別に何の後ろめたい物などあるはずも無いのだけれど何故か緊張する。
アリスの見舞いに来たのはいいけれど、さっきから入ろうかどうしようかと悩んでいる始末。
何度か中を覗いては入りきれずにまた戻ってしまう。
看護婦さんが見えたので、今は検診中なのかもしれない。
待合室で少し待ってからもう一度来よう、そう決心した時に中で看護婦さんの息を呑む音が聞こえた。
「どうしました?エイルヴォルさん?大丈夫ですか?」
しかし、苦しそうに呻く声が聞こえるだけで、アリスは何も答えなかった。
「まずいわ、発作が起きてるわね。
心拍数も上がってる・・・このままじゃ持たないわ。」
ぇ・・・?さっきまであんなに元気そうだったのに、なんで?何が起きてるの?
訳が分からなくなってリディスは病室に駆け込んだ。
「どうしたんですか?アリスは大丈夫なんですか?」
突然の闖入者にわずかばかり驚いたようだが、看護婦は勤めて冷静に答えた。
「発作が起きているんです。このまま放っておくとまずいことになるかもしれません。」
「何とかできないんですか?先生はどこにいるんですか?」
「先生は今は他の患者さんにかかりっきりで・・・暫くは来られないんです。
手が無いわけではないんですけど。」
そこで看護婦は言い澱んでしまった。
「なんですか?何でも良いから早くしてください。」
「分かりました。
では、エイルヴォルさんの側まで行ってくださいますか?」
訝しげな表情をしながらもリディスはベッドの側までやってきた。
「エイルヴォルさんの発作は・・・・・・・・・
セクハラしたい病です。」
はい?????
リディスは完全に呆気に取られてしまい、次のアリスの行動に対応できなかった。
アリスは布団を跳ね除けると、リディスの胸に抱きついた。
そしてそのまま頬擦りを始める。
「あらまぁ、意外に育ってるじゃないの。」
段々と状況がつかめるに従ってリディスの中で何かが膨れ上がって行った。
気付くと先ほどの看護婦は既にいなくなっている。
怒りの全てが拳に集中し、アリスへと向かって振り下ろされた。
今度こそ本当に苦痛のうめきを上げてアリスはベッドにうずくまった。
「怪我人を本気で殴るなんて信じらんねぇよ。」
「へぇ~、怪我人の割にはずいぶん元気じゃない。」
リディスは地獄の門番のような恐ろしい声を出す。
「身体全体をコルセットで固めてるからな、ほとんど痛まねぇ。
だからわざわざ来なくったって良いんだよ。」
「うちの医師は優秀だしな、来週には退院できるよ。」
「うるさいわね、来ようが来なかろうが私の勝手でしょ。」
それだけ言うと、アリスの意図を察したリディスは押し黙った。
アリスも次の言葉が見つからず、結局沈黙が支配することになる。
先に口を開いたのはアリスだった。
「で、手土産は?まさか見舞いに来るのに手ぶらってことはないよなぁ。」
そう言ってリディスの荷物を漁り始める。
しかし、リディスは動じなかった。
「誤魔化さないで。」
それだけ言って、じっとアリスを見つめた。
アリスも観念したのか静かにベッドに横になった。
「そんな怪我してまで、なんで私を助けたの?」
ぼそっと、呟くようにリディスが尋ねる。
「さぁなぁ・・・俺にも分からんよ。」
「よくわかんなくて助けたの?あなたは。」
「まぁ、強いて言えば惚れた弱みってやつかな?」
そのまま再び沈黙が訪れた。
普段のリディスなら突っかかってくるのに、黙ったままなのを不思議に思い、リディスのほうに目をやる。
すると、リディスは耳まで真っ赤にしてうつむいていた。
アリスは驚いたが、それを表に出さずに自分の手をベッドの上に置かれたリディスの手に重ねた。
「脈ありと思っちまうぞ?」
「す、好きにしたらいいでしょ。」
答えるリディスの声が1オクターブ高くなっている。
「わかった、ならそうさせてもらうよ。」
アリスはリディスの手を引き、抱き寄せると驚くリディスに構わずに唇を重ねた。
しかし、リディスの平手打ちですぐに離れてしまう。
「そそそ、そういう意味じゃないわよ!」
リディスは顔をさらに真っ赤にさせて、荷物を急いでかき集めた。
「また来るね。」
短く言うと、慌てて部屋を後にした。
慌てたせいか出入り口にいた女性に気付かずに肩が当たってしまう。
「あ、すいません。」
「いえ、お気になさらずに。」
ぺこっと軽く頭を下げて、リディスは帰って行った。
リセットは病室に入ると花をベッド脇のテーブルに置いた。
「体調はどうですか?大尉。」
「もう痛みはありません。
来週早々にも復帰できそうです。」
「そうでしょうね。
病室に恋人を連れ込めるほど回復しているようですし。」
「いえ・・・恋人と言いますか・・・その・・・」
リセットへの苦手意識が先行し、上手い言い訳が思いつかない。
「まだ残党狩りが残っています。
早く復帰してください。」
「はい。」
短いやり取りのみでリセットは病室を出て行った。
やっぱあの人苦手だぁと考えつつも、リディスのことで頭がいっぱいのアリスだった。
週が開け、アリスは驚異的な回復力で退院を果たした。
魔法士とは言え、その獣並みの回復力に医師が”やること無い”と呟いたほどだ。
とは言え、アリスは魔力での肉体操作を得意とするタイプの魔法士なので、本人に言わせればこれくらいは当然のことだった。
一度宿舎に戻って夜を待ち、薄暗くなってから梟の森へと向かった。
中へ入るとそのままいつもの席へ座る。
すぐにリディスがメニュー表を持って来た。
「今日はなんにするんや?」
リディスが嬉しそうにメニューを聞く。
この様子に周辺からわずかなどよめきが湧き起こった。
アリスが来たのに物が飛んで行かないので、皆おかしいと訝しんでいた。
そこにリディスの笑顔である。
全てを察した客たちは、お楽しみが減ったのを悲しみながらも賭札を放り投げて食事に戻っていった。
レディアスも複雑な心境ではあるが、リディスの変化を嬉しく思っていた。
【崩壊】
アリスは退院して1週間、ずっと見回りばかりだった。
他のメンバーが他件で動いているせいで、かなりの広範囲をカバーしなければならなかった。
しかし、夜勤が主になるので、出勤前に梟の森へ寄ることができるからアリスには都合が良いくらいだった。
ところが・・・そんな幸せな日々はある日突然崩壊することになってしまった。
夜勤明けで寝ていたアリスは、部屋の扉を激しく叩かれる音で眼が覚めた。
時計に目をやるとまだ昼を少し回ったくらいだ。
8時に引継ぎを済ませ、布団に入ったのは11時頃だった。
眠い目をこすりながら扉を開けると、見知らぬ男が立っている。
その男は開いたドアからさっと中に入ると後ろ手にドアを閉めた。
「アリセルサス・エイルヴォル大尉ですね?」
男はアリス本人であることを知っている上で尋ねてきた印象があった。
「ああ、そうだが。
俺になんか用か?」
そこで男は声を潜めると信じられないことを口にしてきた。
「私は楡の森の守護者の諜報を担当しています、フォラスという者です。
つい先ほどのことですが、楡の杜の守護者メンバーの何人かが中央特務軍特殊部隊員を名乗る者達に連行されました。」
「なに!?」
驚いたアリスはフォラスと名乗った男に詰め寄った。
「それはどういうことだ?」
「反社会活動容疑、つまりはテロ活動容疑での連行でした。」
「そんな莫迦な!そんな話は全く聞いていないぞ。」
「そうですか・・・あなたなら何か知っていらっしゃるのではと思ったのですが。」
「リディスは?リディスはどうしてる?レディアスもだ。」
「2人は真っ先に連れて行かれましたよ。
それも実行犯としてね。
他の連行者は活動幇助容疑でした。」
何を言われているのか理解できなかった。
リディスが逮捕された?
朝別れたときはそんな素振りは全く無かった。
今朝の部隊もいつも通りだった。
何が・・・何が起きたんだ?
しかし、すぐに我に返ると制服に着替え部屋を飛び出した。
真直ぐに作戦本部へと直行する。
「中佐、エイルヴォル大尉が来ました。」
本部からの連絡を受けた通信兵がリセットへと報告をする。
「では、こちらへ向かうように伝えさせなさい。」
「了解しました。」
乾いた風が吹き抜け、リセットの髪を揺らしていく。
兵士の訓練用に設けられた運動場に、楡の杜の守護者のメンバー8名が拘束され座らさられていた。
中央特務軍ギグ・シティ駐屯地は海岸沿いの場所に置かれていた。
作戦本部はこの駐屯地の端に設営されているため、アリスが来るのに数分もいらないだろう。
はたして、予想通りに若干の時間を置いてアリスが到着した。
荒い息が整う暇さえ惜しんで奥へと向かう。
そこに、楡の杜の守護者のメンバーと中佐を筆頭とした特殊部隊のメンバーがいた。
初めにリディスたちの安否を確認する。
リディスは衣服を裂かれ、乳房が半分ほど露になった胸元に魔力封印の刻印が刻まれていた。
見えはしないが、両掌にも同じ刻印が焼き付けられているはずだ。
他のメンバーは拘束されている以外はいたっていつも通りだった。
「中佐、これは一体どういうことですか?」
「見たままです。
テロの容疑者として逮捕しました。
とは言え、自供しましたから数日以内には処刑されることとなるでしょう。」
アリスは拳を握り締めて耐えていた。
なんとかして助けられないかと模索をしていた。
「大尉、あなたが何を考えているのか良く分かる。
しかし、止めておいたほうがいい。」
はっとして中佐を見つめた。
自分が捜査からはずされていた時点で気付くべきだった。
「あなたはその女に騙されていたのです。
全て自供しました。
自分達に有利に働くよう、軍内にパイプを作ろうとしたこと。
意のままに操ろうと色仕掛けで君を陥落したこと。」
リセットはリディスが自供したらしいことを並べる。
が、アリスにはそれが全てリディスの嘘であることが分かりすぎるほどに分かった。
アリスはリディスがそんな器用な女じゃないことを良く知っていたからだ。
「あなたにも相応の処分を覚悟して貰うことになります。」
何もできない自分への無力感に苛まれながらただ地面を見つめるしかできなかった。
「そう思いましたが、あなたほどの実力者を失うのはこちらもかなりの痛手です。
そこで、あなたが処刑をするのです。
ここで。」
何を言い出すのかと、信じられない顔で穴が開くほどリセットの目を見つめる。
「俺にみんなを殺せと言うのですか?」
「いえ・・・処刑が決まっているのは実行犯の2人です。
女の方は魔力を封じてありますし、あなたなら一瞬で終わる仕事でしょう?」
アリスは拳を震わせながら擦れるような声で答えた。
「できません・・・」
「そうですか、では仕方がありませんね。」
アリスの答えは分かっていたのだろう、改めてアリスへ声をかけた。
「アリセルサス・エイルヴォル大尉。」
別段何かの力が働いたとかそういうわけでもなく、静かに呼びかけられただけなのにアリスの様子が変わった。
「あなたの信頼を取り戻すためにもやってもらわなければならないんです。
これはあなたのためなんですよ。
レディアス・リオル、リディス・リオル両名をこの場で処刑しなさい。」
アリスは空ろな目で腰のナイフを引き抜いた。
いつもと違う様子のアリスを見て、レディアスもリディスも覚悟を決めた。
アリスは後ろ手に縛られ座らされたレディアスの前に膝をつくと、何のためらいも無く手のナイフをレディアスの胸へと滑り込ませた。
心臓を正確に貫かれたレディアスは一瞬で命を削られた。
痛みを感じる暇も無かっただろう。
ナイフが抜かれるとレディアスは力なく地面に横たわった。
立ち上がったアリスがリディスの前に移動する。
ナイフを構えるアリスを見たリディスは穏やかな表情だった。
まるでアリスになら殺されても構わない、そう言っているようだった。
振るわれるナイフを見ながら、リディスは聞こえてはいないだろうと思ったがアリスに言葉をかけた。
たった一言だけ。
「アリス、ごめんね。」
しかし、予想外にアリスが反応した。
ナイフの軌道が反れ、心臓から外れた位置にナイフが突き立つ。
自分のした行為に驚くようにアリスがナイフを引き抜いた。
心臓からは外れたが、かなりの量の血が噴出す。
アリスはナイフを投げ捨て、リディスを抱きしめた。
出血から意識を失ったリディスの身体は力をなくし、まるで死んでしまったようだった。
「俺は・・・何をしたんだ。
レディアス、そんな所で寝てないで答えてくれよ。」
ただならぬ様子のアリスを眺めながら、リセットは自分の詰の甘さを痛感していた。
「精神操作系の魔法はまだムラがありすぎますね。
こう簡単に支配が解けるようでは使えません。」
そう呟き、アリスを再び支配下に治めるべく魔法を唱えながら近付いていった。
「ハハッ・・・
そうか、応えられるわけ無いよな。
俺が殺したんだからな。
リディスも・・・・・リディスも俺が殺したんだ。」
リセットが魔法を発動させるべくアリスの後ろに立った。
” ッッッッッ!”
アリスの声にならない悲鳴が波動となって周囲を吹きぬけた。
その衝撃で周囲にいたものが全てが弾き飛ばされた。
「な、なに?」
跳ね起きたリセットがアリスを見ると、アリスの回りにピンク色のもやが漂っていた。
そのもやは次第にアリスの周りを巡りはじめ、アリスの姿が見えないほどに覆っていく。
リセットはかつてない危機感を覚えていた。
アレは危険だ、そう本能が囁きかけてくる。
このままでは部隊が危険に曝されると判断し、アリスへ攻撃を仕掛けた。
しかし、周囲を巡るもやによって弾かれてしまった。
アリスの身を思うあまり威力を加減してしまったせいだろうか?そう自問自答しながら、今度は情け容赦ない攻撃を加えた。
しかし、やはりもやに弾かれ攻撃はアリスまで届かなかった。
今の攻撃が引き金となったのかは不明だが、アリスを覆うピンク色のもやが突然膨張を開始した。
初めはゆっくりと、だんだんと加速度的に速度を増しながら広がる。
「総員退避!」
リセットの叫びで我に返った特殊部隊員達がそれぞれに避難をしていく。
捕らえていた楡の杜の守護者のメンバーも何人かで手分けして退避させた。
駐屯地まで全員が退避した時には、もやは既に運動場をすっぽり覆うほど広がっていた。
膨張の速度は緩んで来ているが、駐屯地も危険であると判断したリセットは駐屯地の放棄と周辺住民への避難勧告を決定した。
【空漠の花嫁】
誰かの泣き声が聞こえる
魂が砕けそうな
そんな危ういバランス
泣き叫ぶことで
少しでも平衡を保とうと
ココロではなく
本能がさせる
そんな泣き声が聞こえる
聞いているだけで
涙が溢れてくる
私の心まで
張り裂けてしまいそうな
そんな叫び
意識が戻った時、そこはピンク色一色の世界だった。
胸の傷が痛むが、致命傷ではなさそうだ。
見上げると、私を胸に抱いて何もない虚空を見つめるアリスの顔が見えた。
「アリス、もういいよ。
私はここにいるよ。」
そう言って右手で優しくアリスの顔を撫でる。
しかし、アリスは何の反応も示さなかった。
リディスはアリスの身体を抱きしめ、もう一度アリスに囁きかけた。
「ねぇ、帰って来てよ。
そして、今朝みたいにまた優しく私を抱きしめてよ。」
アリスの顔を両手で包み、軽く、本当に一瞬だけ唇を重ねた。
今この世界にはアリスとリディスの2人っきりだった。
2人の邪魔をするものは何者も無く、2人のためだけの世界であった。
悲しくて嬉しくて寂しくて幸せで。
他の何にも譬えようの無い、ごちゃ混ぜでいてシンプルな気持ちがリディスを支配していた。
リセットは普段は使われることのない特殊部隊の指令執務室にいた。
広がり続けるもやを見つめ、自分が犯した失態を悔いていた。
仲間と住民を危険に曝していること・・・ではなく、彼を助けられなかったことを悔いていた。
いつか振り向いてくれるのでは?と夢見ていた自分に来たチャンスだと思い込んでしまった。
何もせず、自分を晒すことも無く気付いて欲しいなどそんな甘えた考えで行動してしまった自分を呪ってさえいた。
そんなリセットの側においてある通信機から明瞭な声が流れてきた。
「中佐、メレディスです。
駐屯地の撤退は順調に進んでいます。
後15分以内には全職員の退避が完了します。
周辺住民の避難ですが、こちらは数時間はかかるかと思います。
いかがいたしましょう?」
「職員の撤退を優先させ、住民へは避難勧告ではなく警告を出しなさい。
それで十分です。」
「了解しました。」
ここから何が起こるのかリセットにも分からなかった。
このような現象は初めて聞くものだった。
あの時、大尉の周囲で魔法による魔力の流れは感知されなかった。
このまま広がり続けるにしても大尉の魔力でどこまでが可能なのか?
ところが・・・
もやが駐屯地を飲み込もうとし、リセット自身も退避しようとした時にもやの膨張が急激に停止した。
そして、今度は収縮を開始したのである。
それも膨張した時の何倍、何十倍もの速度で。
もやが肉眼で捉えられないほどに収縮した時、収縮点を中心に光が広がった。
その光は瞬きするよりも素早くギグ・シティを飲み込んでいった。
リセットはただ一言、”ごめんなさい”と呟き、一粒の涙を残して光に飲み込まれたいった。
アリスの両腕はだらりと下げられ、抱きしめるリディスに答えてはくれなかった。
それでもリディスはアリスを抱きしめ続けた。
2人の時間は永遠のものに感じたけれど、リディスはその終わりを察していた。
周囲に漂うピンク色のもやが、二人に向かって落ちてくる様子が感じられたからだ。
「大丈夫、私がいるわ。
一緒に行きましょう。」
抱きしめるリディスの頬に何かが滴り落ちてきた。
アリスから身体を離し見上げると、アリスが涙を流している。
目は虚空を見つめながら、まるで壊れた蛇口のように涙は流れていた。
わずかに口が動き、何かを呟いている。
リディスは耳を近づけ、なんと言っているのか聞き取ろうとした。
しかし、直接聞くまでもなかった。
アリスの口は同じ言葉を繰り返している。
”ごめん、リディス”
それが分かった時、リディスも涙を流していた。
もう何も分からなくなっているはずなのに、ただ一心にリディスへの謝罪の言葉を呟いている。
アリスの愛を感じて、リディスは今までよりいっそう強くアリスを抱きしめた。
そのリディスの腰にアリスの手がかかる。
気のせいのはずなのに、リディスはアリスが自分に答えてくれたと思った。
リディスにはそれだけで共に逝く理由となった。
周囲を覆っていたもやが晴れ、アリスの肩越しに青空が見えた。
見てアリス
こんな透き通った青空
私初めて見るわ
この物語はここで終わります。
アリスの精神崩壊によってギグ・シティは消滅してしまいます。
(精神崩壊に関しては裏設定に触れるのでひみつ!)
これをミレニアムの仕業と誤認したナイック大陸政府は、ミレニアムに対して宣戦布告を行い、世界は史上最悪と言われる魔法大戦へと向かっていきます。